第5話 誰か知らないけど裁いときますね②


「お待たせしましたぁ~‼」


 ふすまが勢いよく開き、かれんが明るい声でお茶を運んできた。


 先程までとは雰囲気があまりにも違うので反応に困ったが、悠斗ゆうとはこのテンションに覚えがある。眼科の時のヤブ医者モードだ。


「かれんさんて二重人格なの……⁉」


「違うよ~? ながーく真面目に生きてるとね~疲れちゃうんだよ。だからぁ立場によって性格を切り替える事にしてるんだ~!」


「長くって言うほどの年齢には見えないんだけど……」


「まぁまぁ~! そんな事より私の同居人を紹介しまーす! 入っておいで~」


 ふすまの影に隠れていたのか、十四歳ぐらいの女の子が恥ずかしそうにしながら部屋に入ってきた。


 そして一言。



「……か、かぐやでしゅ!」



「…………」


 自己紹介で盛大に噛んだその子は、肩の下まで伸ばした黒髪を首のあたりで両サイドにまとめ、胸の下辺りを絞った白のワンピースを着ていた。


「か~わいいーっ‼」


 テンションの上がった莉奈りなが駆け寄っていき、かがんで目線を合わせながら尋ねる。


「ねぇねぇ、苗字は何ていうの?」


「うぅ……苗字は……」


 目線を斜め下にそらしながら、両腕を胸の辺りに当てて躊躇ためらっている様子はとても可愛らしい。


「ほらほら~! かわいい名前なんだから、大丈夫だよ!」


 かれんに背中を押されて意を決したのか、ようやく彼女がフルネームを名乗る。




「──煌々きらきら輝夜かぐや




 きらきらかぐや。


「魔法少女⁉」


 悠斗がそう言った途端、輝夜は顔を真っ赤にして部屋の隅にしゃがみ込んだ。


「だからいやだったのに……」


 どうやら気にしていたらしい。


「ちょっと悠斗、何て事言うの……‼」


「ご、ごめんな……かぐやちゃん」


 悠斗はとっさに謝ったが、輝夜はしゃがみ込んだまま動かない。


「みんな家まで安心して着けるように、輝夜ちゃんに付いて行ってもらうからね!」


「えぇ⁉ むしろこの子を外に出す方が危ないんじゃ……⁉」


 悠斗の心配をよそに、かれんが親指を立てながら言い切る。


「だいじょ~ぶ‼ この子とーっても強いから‼」


「ホントに⁉」




 出されたお茶を飲み終えてから、悠斗達は部屋を出ようと立ち上がった。


 だがその時、先程から妙に静かだった水月みずきがふらついていることに気づく。


「お、おい水月……どうした⁉」


「わたし、なん……だか……くらくらする……」


 そして水月が崩れるように倒れ込んだ。


「水月‼」


「水月⁉ 大丈夫⁉」


「当然だ……水月には今日だけで色々な事がありすぎた。私も色々話過ぎたようだ、すまない。これでも私は医者だ、任せなさい」


 真剣な口調に変わったかれんに水月を任せ、悠斗達はその背中を見守る事しかできなかった。



     ◇



 水月を運んだ部屋からかれんが出てきた。


 それを見るなり悠斗が問いかける。


「かれんさん! 水月は⁉」


「ああ、水月が倒れたのは精神的な負担が原因だ。命に係わるような事はない。目を覚ますまで見守るしかないな」


「……かれんさん、お願いがあるんだけど」


「なんだ?」


「おれ、水月が目を覚ますまでここに残ってもいい? 明日は土曜で学校もないし、その……できればそばにいてあげたいから……」


「構わないよ。莉奈はどうする? 一緒に残るか?」


「悠斗がいてくれるなら……あたしは一度家に帰る。きっと執事が心配してるから」


 それぞれの行動が決まり、悠斗は水月が横になっている部屋に入った。


 壁に寄りかかって腰を下ろし、今日の出来事に考えを巡らせる。


(おれが魔眼持ちだとか、世界が滅びかけたとか、現実味がなさすぎるだろ……! しかも本当は今が二一〇〇年で世界は再構築された? このまま眠ったら、これが夢だったりした方が……)


 そんな考えがよぎった時、気になって水月の方に視線を向けた。


(でも──この出会いだけは、夢になって欲しくないな……)


 目覚めぬ水月の横顔を見つめながら、悠斗はゆっくりと眠りに落ちていった。




 ──翌日、日が沈む頃にようやく水月が目を覚ました。


「水月! よかった……!」


 胸を撫で下ろした悠斗と共に、莉奈と輝夜かぐやも水月の顔を覗き込んでいる。


「みんな――わたし生きてる……んだよね……」


 自分の名を呼ばれて安堵したように水月が息をつく。


魔力子まりょくしでできた体……いつか消えちゃうのかな……わたし」


 不安を口にした水月に輝夜が声を掛ける。


「だ、大丈夫だよ、水月ちゃん……かぐや達がついてるから」


「ありがとう、輝夜ちゃん」


「水月が消えてしまうような事、あたし達が絶対させないから安心してね。とりあえず、かれんさんがお風呂使っていいよって言ってくれてるから、入ってきたらどう?」


「莉奈もありがとう。それじゃあお風呂、入ってこようかな」



     ◇



 服を脱いだ水月が浴室の扉を開けた。


「すごい、綺麗……」


 そこはまるで、高級な温泉宿にあるような和風のお風呂になっていて、思わず感嘆の声が漏れる。湯船は手足を伸ばすのに十分な広さで、ほのかにともる温かい色の灯りによって湯煙がキラキラと輝いていた。


 慎重に、丁寧に、撫でるように髪と体を洗う。


 魔力子まりょくしでできた体だと聞いてから不安ではあったが、柔らかくモチモチした感触はいつもと変わらない。


「ん~、まだ確信が持てない」 


 少し考えて、もう一つ確認することにした。


 順調に大きくなっているおっぱいを下から包むように持ち上げ、そして手を離す。


「揺れ方にも問題なし……っと」


 ぽよんぽよん揺れるおっぱいを視て、「うんうん」とうなずく。


「……何やってんだろ、わたし……」


 水月の頬が赤く染まった。


「まぁ、安心するためだもんね! 全身くまなく触って確かめておこう!」


 〝水月の体・詳細確認作業〟が始まった。


 二の腕、良好。


 太もも、良好。


 くびれ、かなり良好。


 腰回り、ナイスバディ。


 おしり、かなりナイスバディ。


「──よし、我ながらいい女だ」


 腰に両手を当てながら、鏡の前で仁王立ちする水月。


 確認作業が終わったので、湯あみをしてから湯船にそっと体を沈める。


 程よい熱さのお湯が体を包み込むのを肌で感じ取り、水月はようやく生きている実感を得た。


「ん~っ気持ちいい~! それにしても……こーんなにいい体してるのに、それが見える男はユートだけだなんて……」


 口元まで湯船につけて泡を吹かす。


(それも悪くない、のかな……?)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る