第5話

ベイの村は、バートン・シティから馬車を3時間ほど走らせると見えてきた。


よく言えば長閑だが、何もないただの農村だった。


星空保護区と言えば聞こえはいいが、街灯のないただの田舎だ、とバートは思った。


この半月、ザックと巡ってきた歴史的建造物のある街や特殊な地層で有名な渓谷などとは異なり、ベイの村は全くと言っていいほど目ぼしいものがない。

周辺に遺跡があるわけでも発掘場があるわけでもなかった。

図書館さえあるのか疑わしかった。


(まさか、本当に星を見にきたのか)


馬車から荷を下ろし、村の入り口に立ったバートは、隣で大あくびしながら伸びをするザックを見た。

あくびと一緒に出た涙を右袖で拭って、ザックは言った。


「うん、田舎だね。何もない。いいね、たまにはこういう所も悪くない」


言いたいことが幾つか思い浮かんだが、バートはその中で最も有意義な台詞を選ぶことにした。


「これからどうするんだ?」


半月間の付き合いの中で、バートはいくつかのことを学んだ。

バートの問いかけに対して、ザックは自分が答えたいことしか答えない。

他愛ない会話においてもそうだった。


ザックは興味のあることにしか反応しない。


今のような状況だと、ザックが答えてくれそうな問いかけは一つしかない。


今から何をするのか(何がしたいのか)。


バートの選択は正しかった。ザックは「にんまり」と笑って答えた。


「昼ご飯を食べよう。ついでに宿を確保したい。」


ザックにしては珍しく、まともな返答だとバートは思った。


「わかった。宿を探そう。」


「ここまで田舎だと宿があるのか甚だ不安だが、酒場か教会はあるだろう」


バートは足元の荷物を抱え上げた。ザックは小さな斜めがけの布製バッグだけを肩にかけ、軽い足取りでバートの数歩前を歩き始めた。


「宿ならあるよ。ここは星空保護区だからね。昼間は何もなくても、夜になれば星の川が空一面に広がって、星の雨が降る」


ザックは嬉しくてはしゃぐ子供のようにバートの周りをうろちょろしながら言った。


「特にこれからの時期は、星祭りが始まる頃だよ。天体観測にぴったりの季節だ。きっと僕たち以外にも旅人がいるはずだよ。露店も出ているはずさ。広場に行ってみよう」


(本当に、星を見にきたのか)


バートは、浮かれた様子で足早に歩いていくザックの後を追った。


これまでも彼のフィールドワークに関して説明は一切なかった。

目的地の設定や滞在期間も計画的なのか無計画なのかわからず、言われるがままに同行してきた。


今回も目的があるのかもしれない。


少なくとも、今までは行く先々で何かしら仕事らしいことをしている気配はあった。

倒れるまで研究に没頭する姿勢は未だに理解できないが、少なくとも仕事に対して誠実なところはバートも認めていた。

ベイの村に向かうと言い出したときも、口には出さないだけで明確な目的があるのだろうと思っていた。


(こんなことは、考えても仕方のないことだ)


たとえ星を愛でるためだけにここにきたとしても、バートがやることは変わらない。


変わらないが。


「ねえ!バート!天体望遠鏡を買いたいんだけど、ちょっと寄り道していいかな」


遥か前方から聞こえるザックの能天気な声に、なぜかバートの心はささくれ立った。

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