第6話
ザックの言う通り、ベイの村は中心部に向かうにつれて徐々に活気づき始めた。
通りの両端には等間隔で赤と白の花が植えられたプランターが置かれていた。
通りに面した建物には国旗と村章が描かれたのぼりが交互に掲げられていた。
広場には露店が連なり、旅人と思しき人達がちらほらと目についた。
広場の入り口には大きな垂れ幕が掲げられており、「星空保護区 ベイの村」「星祭り」と書かれていた。
「いやあ、思っていた以上に祭りだね」
広場の手前にある露店で金貨20枚を支払って手に入れた天体望遠鏡を抱えて、ザックは嬉しそうに言った。
「宿を押さえてさ、僕たちも露店を冷やかしてまわろう」
背中に自分の上半身よりも大きく分厚い荷を背負ったバートは、黙ってザックの後を歩いていた。
何が楽しくて、男二人で露天を巡らなければならないのか。
バートは言ってやりたいことを幾つか思いついたが、どれを言い放っても自分の気持ちが晴れることはないとわかっていたので、黙っていた。
ザックは通りの両端に連なる露店を交互に見て回りながら、時に通行人とぶつかりながら、ふらふらと歩いていた。
その様子を後ろから観察しながら、バートは思った。
今、ザック頭の中は露店めぐりでいっぱいになっている。
この様子では宿で昼食を取るつもりなどないだろう。
荷をおろすや否や露店に出向き、思いつくままに買って、食い散らかすに違いない。
そしてバートは、それに最後まで付き合わなければならない。
(それならいっそ、山中を切り拓いて遺跡に向かう方がどれだけマシか)
バートは短くため息をついた。
自身に考えても仕方ないと言い聞かせても、考えてしまうものは仕方ない。
余計なことを考えてしまうからこそ、その都度、考えても仕方ないと自分に言い聞かせることになるのだ。
バートがそんなことをつらつらと考えている間に、ザックは広場から少し離れた宿の前に立っていた。
お伽話にでも出てきそうな、こじんまりとした宿だった。
窓のすぐ側にはウインドウボックスが置かれ、赤と白の花がふんだんに植えられていた。
入り口の扉にはフラワーリーフが飾られており、そのすぐ下に「空き部屋あり〼」と几帳面な字で手書きされたプレートが下がっていた。
いかにも田舎にありそうな、素朴な宿だった。
天体観測をしたいのなら、もっと広場から離れた方が良さそうなものだが、ザックは天体観測よりも露店を優先したようだった。
「バート、ここにしようよ」
いかにも提案しているかのような言い方だったが、バートに選択肢などあるはずがなかった。
バートが返事をするよりも先に、ザックは扉を押してさっさと中に入っていった。
もとより、バートには宿にこだわりなどなかった。
食事が出て、寝床があればそれでいい。バートは黙ってザックの後に続いた。
「いらっしゃい。お泊まりですか?」
宿に入ってすぐに、可愛らしい声が二人を出迎えた。
一階奥の厨房らしき部屋から小走りで出てきた声の主は、小柄な少年だった。
歳の頃は12、3歳くらいか。
白いバンダナを頭に巻いて、少しサイズの大きなコックコートを着ていた。
女の子と見紛えるような声だったが、語尾にはかすかに変声期に差し掛かりかけの特有の声色が混じっていた。
「お客さん、お二人ですね。すみません、今ちょうど受付をやっている者が出ていて」
少年は慣れない手つきで帳簿とペンを取り出しながら、はにかむように笑った。笑うと左だけ僅かに八重歯が見えた。
「こんにちは。しばらく滞在したいんだ。部屋の空きはいくつあるのかな。ベッドが二人分あるなら一部屋でも構わないけれど」
ザックは慣れた手つきで帳簿に名前を書きながら尋ねた。少年はグラスに氷を入れながら答えた。
「部屋はお一人ずつ用意できますよ。今日、お出になられたお客さんがいたので。ちょうどよかったですね。この時期になると、普通はもうどこの宿にも部屋の空きはありませんよ」
「お客さん達、星祭りに来られたんですか?あと数日待てば、今年最大の流星群が見られますよ」
少年は受付の手続きには多少もたついたものの、話しかけるタイミングやカウンターへの誘導など、如才のなさが至る所に感じられた。
二人はあっという間にカウンターに通され、気づけばよく冷えたレモネードまで出てきていた。
(この宿は当たりだな)
バートはレモネードを飲みながら、そう思った。
同じ料金でも、客への対応がお粗末なだけでなく、食事や部屋の清掃が杜撰な宿は少なくない。
しかもそういった外れの宿は郊外に行くほど多くなる。そう考えると、こんな田舎でここまで丁寧な対応をする宿は間違いなく当たりだった。
しかも、各自部屋が用意されている。せめて寝るときだけでも一人の時間を確保できることは、バートにとって大きかった。
実際に、案内された部屋も多少の古臭さを感じるものの、綺麗に掃除されていた。
何より嬉しかったのは、ベッドがダブルサイズであったことだった。
(こんな些細なことで浮かれるとは)
バートは苦笑した。
部屋の外からザックがバートを呼ぶ声が聞こえた。
一刻も早く露店に行きたいのだろう。
(今回の滞在は、仕事の合間の気分転換とでも思えば良い)
そう思うと、先程の気持ちのざわつきが嘘のように消え去ったように感じられた。
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