第30話 眠れますか?
死者の霊魂をコントロールして、悪鬼封じに使う……。
考えた事もなかったが、そもそも封じる役目として、いにしえより術を伝承してきた魔力をそんなふうに使えるのだろうか?
「……彼等は当時、どうやって、死者の魂をコントロールしようと……?」
そう、疑問でしかない。
彼女もバカバカしいと言わんばかりで答える。
「……藤宮の血を使えばできるのじゃないかって」
「藤宮の血? 藤宮直系の者なら…と言う意味か……?」
灯夜は考えに集中するあまり、叔母への敬語があやしくなっている事にきづいていない。
「…ええ。姉夫婦、あなたの両親がね、凄い反対をしたのよ。もちろん私も反対したわ。たとえ藤宮の血があっても私にはそんな力ないし…。それから少しして、あなたのご両親が事故にあった。だから、この案は結局それっきりになって…」
その後、事故でショックを受けていた会長が、自ら術師達を労いながら、地方を回るようになった。会長が出向く事で少しづつ悪鬼の数も減っていき、術師達の志気も高まっていった。
それから数年後、歴代最高の力を灯夜が発揮する事により、以前のように悪鬼が蔓延する事はなくなったのだという。
……確かに、悪鬼封じの案件をこなし始めた頃は、悪鬼の数も多く、かなりきつかったと覚えている。
まだなれない霊力の使いすぎと、経験不足なのだと思っていたが…。
「……叔母様。…両親のことを、聞かせてもらってもいいですか?」
部屋の灯りのせいなのか…、灯夜の顔色があまり良くない事に気づいた葵が暖房の温度を上げる。
ウ―――……と、微かに存在を主張するエアコンに、自然と皆の目が集中する。
暖かい風が、灯夜の色素の薄い髪を優しく揺らした。
「……あなたの両親は、誰もが羨む美男美女って感じだったわ」
落ち着きを取り戻した和服美人が、背筋を伸ばし、ゆっくり話し出す。
私はあまり姉に似てなかったけど…と、笑う姿は、灯夜の記憶に残る母親の笑顔と重なった。
「……あなたのお父さんはね、姉のボディガードだったのよ。知っていた?」
「―――!!」
いや、……初めて聞いた。
そういえば、改めて両親の話を聞くのは初めてかもしれない。祖父も話そうとしなかったし、聞いてはいけないような気もした…。
たとえ時が経っても…、娘を喪った悲しみを忘れるわけがないのだから……。
「……姉はね。藤宮の長女として、あなたと同じように子供の頃から、厳しく育てられたわ。姉が藤宮の案件を手伝うようになった頃、会長が、義兄さんをボディガードにつかせて、自然に恋に落ちたのよ」
「……祖父…会長は、反対したのでしょうか?」
「いいえ! もう大喜びだったわよ」
灯夜の心配をよそに彼女は満面の笑みで笑う。
「…当然、信頼してなきゃ自分の娘のボディガードなんかにつかせないでしょ? そしてあなたが生まれた。二人ともとても喜んでいたのに…、まさか突然あんなことになるなんて」
彼女は笑顔を消して…、目を伏せる。
――――あんな事…。
「……交通事故だと、聞いていますが」
「…ええ。そうね。交通事故には間違いないけど…、不可解な点がいくつかあるのよ」
入れ直された温かいお茶を、両手に包んだ彼女が、言い難いのだと喉の湿りを求めてお茶を飲む。
「……それはどういう?」
灯夜も、お茶で舌を湿らせてからゆっくりと湯呑みを置いた。
「―――私が…、話してもいいのかしら?」
お茶から上がる湯気が、流れた風に踊り消える。
「……自分の親の死の真相を、知りたいと思うのは、当然のことでしょう?」
ゆっくりと…、だが確実に合わさるピースを灯夜は手繰り寄せていた。
そんな灯夜に、彼女は心の中で姉に語った。
―――姉さん…。あなたの息子は本当に、立派になったわ…。
「……地方での案件を済まして帰る途中だったのよ」
灯夜は、初めて両親の事故の詳細を聞いた。
……その日は、朝から雨が激しく降っていて、時折雷もなるあれた天気だったという。
午後十一時をまわった頃、母が運転する車で山道を…、かなりのスピードで走らせていたらしい。
なぜ、そんな時間に、何を、そんなに急いでいたのか……。
その時…、とつぜん起きた崖崩れに巻き込まれた――――。
場所が悪かったのか、そのまま車は斜面に投げ出され、五十メートル下の谷に転落した。
父親の遺体は車に残されていたが、母の遺体は見つからず…、川の水量が上がっていたから、たぶん流されてしまったのだろう…と。
「……かなり探したのよ。地元の警察も入って…。でも結局見つからなかった。だからね…、私時々思うの。もしかしたら…、どこかで生きているんじゃないか…なんてね。ごめんなさいね。ただオバさんの干渉よ」
彼女は思い出した悲しみを払うように微笑むのを見て、灯夜はつい聞いてみたくなった。
「…叔母様は、母の事を…疎ましく思う事はなかったのですか?」
彼女は、穏やかにふふと笑う。
「主人の長年の想い人だから…?」
「……」
「姉は、私にはいつも優しかったのよ。だからそんなふうに思ったことはないわ。むしろ人妻に何時までも未練たらしい目をむけ、義兄を敵視する主人の方に腹がたっていたのよ…」
それでも、仲の良い夫婦であり続けようとした叔母の努力を、あの男はどこまで知っているのだろう。
今は彼女が、何かに吹っ切れたような顔で笑うことに、少しだけ救われた思いがした。
新野親子にはホテルの部屋に泊まってもらい、話を聞きに来た警察へは、ホテル爆破未遂と、爆弾の説明を長々させられ、あとはコイツからよろしくと木下を引き渡した。
藤宮本部から話がいけば、明日にでも木下は帰されるだろう。
そう心配することでもなさそうだ。
とにかく、やっと葵と灯夜が自室の最上階へ戻ったのは夜十時を回っていた。
葵は軽い食事を部屋へ届けるよう指示し、グリューワインを少しだけグラスにあけた。
食事を終えた灯夜に、温めたグラスをそっと渡す。
「はあ、長い一日だったな」
「そうですね…」
確かに今日一日で色々あった。
――早朝まで高熱にうなされていた灯夜の体力も、限界なのだろう。
目を閉じ…、ソファーに身体を預けた姿は、さっきまで見せていた隙のない仕草とは程遠い。
いつも優雅な仕草に、比類なき美貌とカリスマ性に甘い笑みを浮かべた灯夜が…、無防備に長い手足を投げ出す。
女が熱い溜息を漏らすセピア色の瞳は…、長いまつ毛で隠されているのに…、指先で持つ耐熱ガラスでさえ、卑猥な色香をただよせる道具に見せていた。
疲れを出した美貌は、かえって葵の欲情を煽り、灯夜も熱い血が流れる同じ人間なのだと抑えていた怒りをぶつけてみたくなる。
「……どうした?」
じっと自分を見ている葵の視線に気づいたのだろう。
ふさりと、長い睫毛が持ち上がった。セピア色の瞳に葵の姿が映る。
「……眠れそうですか?」
「眠れなくても、寝るしかないだろ…?」
おそらく眠れない。身体は疲れているが、たくさんの情報が入ったせいで頭が冴え、昼間の爆破事件は、酷く灯夜の感覚を敏感にしていた。
眠れたところで、悪夢にうなされそうだ。
それでも…、寝なくては身体がもたない。
「おまえも、もう部屋に戻って寝ろよ」
灯夜は残っていた果実の濃いワインを飲み干し、グラスをテーブルへ置こうとした。
――――その細く長い手を、葵は取った。
「……あいにく、私は眠れそうにないです」
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