第29話 毒をもって毒を制す
「……ごめんなさい。あなたを危険な目に合わせたのは…、私のせいだったのね」
目を伏せ、正確に理解をしてくれた叔母に感謝しつつ、灯夜もまた…、やはりこんな悲しい顔をさせてしまったと、心が痛んだ。
「……もっと、疑わなくちゃいけなかったわ…」
――そうかもしれない。だが、そうではないのかもしれない。
人というのは、疑い出したらきりがない。
どこまでが敵で誰が味方か……。
信じたい……。
愛されたい……。
そう思うのはあまりに当たりまえの事だと思う。
だが、自分が思うほど、相手が同じだけの愛情を返してくれていなかったのだと気付いた時、人はこんなにも弱くなる。
和服の袖口から伸びた彼女の細い腕が、自らを落ち着かせる為に湯呑みを手にした。
「信じたかったの…。愛されていると……」
「…………」
ポツリと呟くも、薄っすら苦い笑いを見せる彼女の姿が痛々しい。
「……っ! 母さま、わたしが話すわ!」
母親のそんな姿を、見て入れなかったのか、桜がずいっと前のめりに膝をだす。
「……桜」
彼女は、やはり愛情深く娘の頭を撫でるが、かえって桜の庇護欲に火をつけた。
桜だって、大切な人を危険にさらされ、母を悲しませた相手を、許せるわけがない。
今まさに病院に担ぎ込まれたであろう左馬武を思うと、黙って聞いているなんて、できるわけがなかった。
「……父よ! 母さまがお祖父様と電話で話したあと、父から直接母さまの携帯に連絡があって…、灯夜サンが用事があるから三時ぐらいに行くようにって…、父が言ったのよっ!」
それを聞いた灯夜と葵が目を合わせ、ベッドルームの入口で待機していた男に頷く。
飛びつくようパソコンとスマホがあるデスクに移動し、早口でことの事情を警備室に説明した。
あとは、警備が、藤宮本部に連絡をすれば新野は拘束されるだろう。
――――そこに、いればだが…。
「………ごめんなさい」
「―――伯母様は何も悪くないですよ…」
「いいえ。こんな時、全てを疑わなくてはいけなかったわ。たとえそれが主人でもね。……ごめんなさい」
「……あまり、自分を責めないで欲しい」
「……優しいのね」
「あなたの夫がしたことは、あなたがしたことではない…。むしろ伯母様は被害者です」
「ふふ……。そうね」
彼女は部屋の窓から見える景色に目を向ける。外はすっかり暗くなり、灯りが灯った東京の夜景が美しく光っていた。
暫く外の景色を見ていた彼女が、吐き出すように続ける。
「……主人にはね、私と結婚が決まる前から、好きな人がいたのよ」
「――えっ?」
思いもよらない話題にどうしたものかと戸惑った。
伯母達にだって、きっとそれなりの波乱があったとは、思う。
だが、なぜ今話す……? 必要な事か?
知らなかったと答える灯夜に、彼女は他人事のように「そう?」と、おどけたように笑って続けた。
「ふふふ。いいのよ。私だって、知っていた…というより、あの人が公の場でのアプローチや、プレゼント攻撃は有名だったから――」
「……相手は?」
「……あなたのお母さん」
「―――!!」
「でも…、姉が結婚してしまって、暫くしてから私との縁談が決まった。あの人も、彼女の妹なら側にいれるとでも思ったんじゃないかしらね…」
シャ……と、外の冷気を遮断する部屋のカーテンが閉められる。
…そういえば、昼食を食べてから、何も口にしていない。空腹は感じないが、一緒に行動している葵も食べていないのだと気づき、ここに来る前に何か食べておくべきだったと後悔した。
「…私にできる事があったら、なんでも言ってね?」
どこか投げやりな叔母とは対照的に、灯夜の頭は冴えてくる。
まるで、ジグソーパズルのピースが合わさるように、ひとつひとつ繋がっていく。
それでも、まだピースが足りない。
「……では、叔母様。いくつかお聞きしたいことがあります。まず……、死者の魂を悪鬼に作り出すことは可能なのですか?」
ひゅっ…と、息を飲む彼女の顔色が変わった。
「……なぜ、そんなことを聞くの?」
用心深く聞く声がかわいている。
「伯母様は…、さっき、自分より先に逝っていたら、悪鬼にかえてでも呼び戻す…と、言いましたよね……?」
「……あなたを失うぐらいならっていう、ただの例えよ」
「ええ。そうともとれます。ですが、俺…私を、想ってくれるからこそ、本音が漏れたのでは?」
「…………」
彼女が迷っているのはわかる。だが、ここで灯夜も引くわけにはいかない。
「―――伯母様。もし…、何か聞いた事や、知っている事があるのでしたら、教えて頂きたい…」
「…………」
それでも…、彼女はキレイに引いた口紅がとれてしまうのも忘れ唇を噛んだ。
「……伯母様?」
それ以上は聞かないで…というように、じっと正面から灯夜を見つめる。
どれほど…、互いの瞳に映る自分の姿を見ていただろうか…。
桜が隣に座る母親の手を握った。ぎゅっと強く握り、彼女の目が自分に向けられると、涙を浮かべた顔で笑う。
「……母さま。母さまが、灯夜サンの為に生きろって、わたしに言ったのよ。今、灯夜サンを狙う悪鬼がいる以上、母さまが持つ知識が役に立つんだわ。わたしは何があっても、母さまの味方よ。灯夜サンだって、葵だって!」
「そうよね!」という脅迫じみた桜の剣幕に、灯夜も葵も苦笑して頷く。
「お願いっ。何か知っているなら教えて…。母さまっ」
娘の剣幕におされた彼女は、大きなため息をついた。
「……もう、十年以上前の事だけど…、悪鬼が日本中に蔓延していた時があってね…。術師だけでは封じる数も限度があって…。封じても、封じても、あとからあとから悪鬼が生まれてくるの…」
当時の事を思い出し、彼女はげんなりと肩を落とす。
その様子に、どれほど大変な事だったのか理解でき、術師達の苦労を偲んだ。
「……必死だったわよ。術師たちは寝る暇もないくらい国や地方からの依頼におわれて…、疲れがとれないまま次の案件をこなさなくてはいけなくて。…会長も何とか重要性を重視した所から、割り振っていたのだけど、とうとう術師の犠牲者がでてしまったのよ」
そこに灯夜がいれば……。おそらく、そこまで酷い事態には陥らなかっただろう。
――だが、あまりにも幼かった灯夜を悪鬼封じに駆り出す訳にはいかない。
「……そんな時、術師がコントロールした霊魂をつかって、悪鬼を追い込む事はできないかって案があがったの。毒をもって毒を制すって所ね」
「……そんなこと、可能なのか…?」
「そうね。できるわけがないっていう考えがほとんどだったわ。死者の魂をコントロールしていいわけがないっていう反対もあったしね」
「では、実際にはその実験は行われなかったということですね?」
「ええ……。そうなの」
後味悪く言葉を切った彼女の様子に、…それでも、その実験を続けていた者がいたのだと確信を持つ。
という事は…、すでに悪鬼襲撃事件の時、うすうす当時の事を知るものの仕業だと気づいていたのではないか?
誰かが、死者の霊魂をコントロールして悪鬼を動かしている?
死者の魂……。
「……当時、その案を進めようとした者が――?」
「ええ。池田と、浅野。木下と……、主人ね」
吐き捨てるような叔母の顔は、嫌悪に満ちている。
反対していたという彼女の言葉は、本当の事なのだろう。
……当時は、純粋に悪鬼封じの役に立ちたくて始めた実験だったかもしれない。
だが、いつからそれが、人を襲う実験に変えられてしまったのだろうか…。
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