第28話 銃を撃った男

 ――――ホテル十二階。

 エレベーター前と、彼女達がいる部屋の前に、それぞれホテルの警備スタッフがついてガードしていた。


 木下は想像以上に、たくさんの警備スタッフがいるのだと驚く。


「…ここのホテルスタッフは、ハウスキーパーから、料理人まで全てのスタッフに、警備の訓練を積んだ者達が努めている…」


「なるほど。それは……、凄いです」


 頭を下げるスタッフの前を、悠然と歩く灯夜の後ろで、場違いな木下の背中が丸くなった。


「――灯夜サン!!」


 ドアを開けると、桜が飛びついてきた。

 

「あー、もう本当に心配したんだからね!!

 一人で、行っちゃうなんて…、もう絶対やめてよ……っ」


 怒っているのか、心配しているのか…。たぶん両方なんだろう。桜が子供の頃よくそうしていたように、灯夜の身体を抱きしめて無事を確認する。


 だが、木下が後ろにいる事に気づくと目を吊り上げた。


「――――!! なんでこの人がいるのよう?! 葵…っ! さっさと捕まえなさいよ!!」


 桜に八つ当たりされても、葵も困る。本来葵だって、このまま窓から放り投げたい。


 葵を睨む桜に、灯夜はくっと、喉の奥で笑いながらなだめた。


「…桜、大丈夫だ。――叔母様、足止めして申し訳ありません。ご不便はありませんでしたか?」


「……」


 和服のまま背を伸ばしてソファーに座っていた桜の母親が、すくっと立ち上がり灯夜の前に立つ。

 そして―――、葵が止める間もない素早い動作で、灯夜の頬を叩いた。


 パン――……という乾いた音。


 目を見開いた灯夜の身体を、今度は叔母がきつく抱きしめる……。


「…あまり、心配をさせないでちょうだい…っ」


 彼女の怒りと、安堵。

 ――――ついさっき、灯夜が黒田に向けた感情もこれだ。

 

「……ご心配おかけして、申し訳ありません」


 灯夜は、自分より小柄な叔母の身体が、かすかに震えていることを感じ取り、それほど心配をしてくれていたのかと、ふっと身体の緊張を抜いた。


「……っ、ばかな子ね。あなたに何かあったらどうするの…っ。私はね、姉が亡くなった時、誓ったのよ! 何があってもあなたを守ろうって! 私より…、先に逝っていたら、悪鬼にかえてでも呼び戻していたわよっ」


「……はい」


 灯夜にとっては、母親代わりのような存在の彼女だが、彼女もまた、灯夜を実の息子のように愛情をかけてくれていたのだとわかる。


 親子揃って同じ行動が、微笑ましい。


 ―――そんな彼女が池田達と繋がっているとは、考えにくかった。


 だが…………。


「……叔母様、それで…、少し話を聞きたいのですが……?」


 二人をソファーに座るよう促した灯夜は、どこから聞くべきか思案していた。


 ……そもそも、聞いてもいいのだろうか?

 聞き出したところで、二人を悲しませるだけになってしまわないか……。

 自分を許せなくなるほど、追い込んでしまわないだろうか?


 それでも…、聞かなくては解決しない。


 新野親子が並んで座ったソファーに向き合う形で、灯夜も座る。

 

 横に座るよう促された葵は、やはり木下への警戒心が捨てきれず、後ろに立った。


 桜達の給仕の世話をやいているのか…、女がお茶を運んで来る。その女に木下は見覚えがあった。


 記憶をたどっていた木下は、思わず「あっ!」と叫んでいた。


 ……そうだ!!  

 先月、蒼月館での藤宮社長就任パーティー。

 悪鬼襲撃のあと、立て続けに社長が銃で撃たれた…。

 その犯人は取り押さえられたあと、自害したと聞いたが……、彼女は、彼の奥さんじゃないか?!


 池田が始末するよう命じたのを知って、助けることはできないかと、なんとか居場所を探るも、木下一人の力ではどうすることもできずに時間だけが経ってしまい、ずっと苦い思いをしていた。


 そうか……。

 助けられていたのか……。

 ――――よかった。


 ……あの時、まだ幼い子供も一緒にいたはずだが……。


 木下の驚く気配に気付いた女が、なぜか柔らかく笑い頭を下げ、ベッドルームの方に目線を向ける。


 そこには、まだあどけない顔の男の子と……――――!!

 例の自害したはずの男が、少年の肩に手をおいて立っていた。


「…あ、彼等はここで働いてもらっている」


 なんでもないように言う灯夜に、更に驚く。


「―――てっ。自分を撃った人間を?」


 いや、木下が言える立場ではない…。


 それでも…、良かった。この親子が…、生きていてくれて良かった――――。


 ガクリ……と膝がおれるのを、葵が面倒そうに腕をとり、乱暴に引っ張られる。


「……ちゃんと立て」


 冷え切った低い声。


 くっ! 駄目だ。こんな事でいちいちフラついていたら、彼のために働けないぞ!


 木下は、今日だけで、もう、なんど、藤宮灯夜と藤宮グループの組織力に、驚かされたかわからない…。

 それでも、足に力を入れ、歯を食いしばり灯夜を見る。


 ……池田たちは、この家族が生きていることを知らないはずだ。 

 彼等は…、きっと使える。


「……叔母様。単刀直入に伺いますが、今日ここへ来られることを、誰かにお話ししましたか?」


「葵と、本部を通して父に連絡を入れたわ」


 彼女は、キリリと背筋を伸ばし、淀みなく答えた。


「……本部へ連絡をしたとき、誰が会長へつなぎました?」


「ちょうど、主人が出たの。だから娘のことも含めて、少しあなたのことを話したわ」


「……そのさい、ここに来る事も?」


「ええ…、そうね。夕方、桜を連れて会いに行って来るって」


「……それから?」 


「……同じように父にも。父…会長が、あなたの事をすごく心配していたの。だから、あとから又電話をするって伝えておいたわ。ふふ。…そんなに心配なら、自分から電話をすればいいのにね」


 思い出したのか…「冷静なあの会長が、あなたの事になると、ただのおじいちゃんね」と笑う。


「……では、夕方でなく早くホテルに着いたのは偶然ですか?」


「え?」  


 笑っていた彼女の顔が…みるみる青ざめた……。


「……叔母様?」


「…っ。まさか……」


 言葉にできないでいる彼女に、追い打ちをかけるよう、灯夜はここに連れてきた役目を果たさせるため、木下に投げかけた。


「木下…、君はなぜ、あの時間に俺がラウンジにいることを知った?」


 急にふられた木下だが、直ぐに灯夜の言わんとする事を理解する。


「……池田からの指示です」


「その間、途中で時間が変更されることはあったか?」

 

「……いいえ」


 揺れる彼女の瞳を黙ってじっと見つめながら…、灯夜は彼女の心の整理がつくまで待つ。


 やがて大きく息を吐き出した彼女は、先程より五歳は年をとったような顔で、灯夜に頭を下げた……。


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