第19話 黒い悪鬼の出現 後編
灯夜は現場に着くまでの車の中で、首謀者は池田だと知らされた。予想していた男の名前に、今更驚きはないが、やはり複雑な気分は拭えない。
「…池田か。他に誰がいる?」
「奴の部下が数人と、浅野と木下がいるようだ」
調べがついている内容を、黒田が手短に話す。現場に着くと、そこはかつての藤宮高級旅館。この豪邸を譲り受けた意味。それは池田が、藤宮に対し、身も心も仕えていた証なのではないのだろうか?
「池田同様、浅野と木下は一時代を支えた術師ではある。だが、今回の行いは明確な反旗だよ」
…確かに、藤宮新当主への反感を、こんな派手にされてしまえば、罰するしかない。
「いいかい、灯夜。君が今の藤宮の当主だ。それは君が歴代の中でも、最高の霊力を保持しているという事実があるからで、ただ先代の孫だからとか、年の若さだとか、そういったくだらないものしか見ようとしない連中に、情けは無用だぞ」
「…あぁ。わかってる」
「…どれだけ奴らが卑劣な事をしてきても、たくさんの人がお前を尊敬し、支えている。それを忘れるな」
「わかった…」
黒田はこの時も「俺を信じろ!」と、いつもの熱い腕と、父親のような威厳で、灯夜に前だけを向かせた。…いつもそう。黒田は灯夜に前だけをむかせる。後ろには必ず自分がいてやると…。
…雨は相変わらず止む気配がない。藤宮の警備部は出動服を着ているが、その上に着たレインコートなど役に立たない状態だろう。でも、灯夜だけは随分薄着で、濡れそぼった服が身体に張り付いていた。
林の木々に打ち付ける雨が、視界を悪くする。夜目に慣れているはずの術師でさえも、時折ふく突風で木々が横に揺れ、葉を舞い散らす度に視野が遮られ、かなりキツイ。
目を凝らして見上げれば、木々の間に枝や葉ではない黒い塊が蠢く。
「又、上から!」
「…っ」
灯夜は、雨に打たれながらも、目的の黒い塊に向かって霊力を放った。霊力は灯夜の血肉そのもの。…まるで体から何かが抜け出るような感覚で灯夜の足元がふらついた。葵がすぐさま彼の背を支える。
「秘書君! 灯夜を建物の中へ! あとは俺達で、何とかする!!」
黒田が地面から這い出てきた二体の悪鬼を捕らえながら葵に叫んだ。激しい雨のせいで、お互いのやり取りがどうしても大声になってしまう。
葵が灯夜を抱き上げようとすると、それを灯夜が止めた。
「待て。まだ、大丈夫だ」
灯夜の唇が青い。身体も冷え切っていて、小刻みに震えている。だが、確かに悪鬼の数が多すぎる。灯夜なしでは苦戦を強いられるだろう。
ぱぁ…!と、空が黄金色に染まった。捕らえたままになっていた林の悪鬼を、灯夜が握りつぶすように小豆色の石に変えて封印する。もう、悪鬼を正気に戻す余裕などどこにもない。
ただ封印する…、それが精一杯だった。
いったい…、どれだけの数を封じれば終わるのだろうか。
黒田にも、本部の警備部の者達にも、疲労が見えていた。だからこそ…、灯夜は、やらなければならない。それが自分の、藤宮当主の責務だから…。
灯夜はぐっと踏みとどまり、今、当に目の前の泥水から浮かび上がった、黒い悪鬼を捕らえようとした…。
「――!!」
ビクリっと、何かに驚いた灯夜は放った霊力を緩めてしまう。
「おい! 灯夜!」
その隙に灯夜に捕らえられた筈の黒い悪鬼が、スルリと灯夜の青い熾火から抜け出した。
そして驚いた事に、まるで他の悪鬼を統率するよう、四方八方に真っ黒の帯を伸ばしはじめたのだ。
それはまるで、この黒い悪鬼が墨汁のような帯で、他の悪鬼を操っているかのよう…。
すぐさま黒田が黒い悪鬼に魔力を放つ。だが、バチが悪鬼を
黒田でさえ初めての経験で呆然とした。しかし、今は一体でも悪鬼を減らさなければならない。考えるよりは、回りの悪鬼を先に捕らえていく。
他の術師が、同じように黒い悪鬼に魔力を放つが結果は同じ。魔力が効かない云々ではなく、弾かれてしまうのだ。
気がつけば、黒い悪鬼の上を、数十体の悪鬼がぐるぐると円を描きながら集まって来ていた。
「あいつが、悪鬼を統率している…。灯夜!
何とか、あいつだけでも捕まえることはできないか?!」
「……」
「灯夜? …灯夜!!」
黒田の叫びで葵も彼の異変に気付いた。彼の背を支えるのと、地面から這い出てくる悪鬼を弾くのに精一杯で、彼の異変に気付くのが遅れたのだ。
「灯夜様?」
灯夜の様子は明らかにおかしい。霊力を使いすぎていて、体力的に限界に近いのもそうだが、それより、この黒い悪鬼に何か思い当たるものがあるような…。それは灯夜にとって、これ程の衝撃を与える何かなのか…?
「灯夜さ…」
ギギィ―――――!!
頭上で渦を巻いていた悪鬼が、統率のとれた一つの塊となって襲いかかって来た!
「くっ! 灯夜!!」
黒田がレインコートのフードを外し、再度叫ぶ! はっ…と我に返った灯夜が悪鬼の塊に向かって
花火のように爆ぜた雷は、中心にいる悪鬼を捕らえるまではいかなかったが、それでも、他の二十体以上の悪鬼は粉々に弾き飛ばされ、星砂のように散り散りに
当に、空に上がった打ち上げ花火のようだった。
本来捕えて封印するのが、術師の役目。実際、これほどの数の悪鬼をまるで塵のようにして燃え尽くしてしまう力は、灯夜以外に持ち合わせない。
しばらくの間、残された黒い悪鬼だけは、空中で灯夜を見つめていたように見えた。しかし暗闇の林の中、スルリと雨に紛れ込むと、どこかへ消えていった。
激しい雨だけは変わることがないが、それでも、皆がホッと息を吐く。ガクリと膝をつく者に、余力があるスタッフが手を貸し、互いの身体を支え合う。
だが、池田達には逃げられ、悪鬼を操れる秘密もわからず、さらに他の悪鬼を統率していた謎の黒い悪鬼が出現したのにもかかわらず、目の前で逃がしてしまった。
この特別な黒い悪鬼は、なぜ、術師達の魔力を
当初の目的である桜の救出には成功したが、灯夜と、黒田。警備部の人員、これだけの人数が動いてのこの結果は、敗退に等しいものだった。
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