第12話 闇濃い時代

「池田支部長…。やっぱり、この前のパーティー事件もあなたの仕業ね?」


 関西地区の重鎮、池田克重いけだかつしげ

 同じ術師でありながら、この男が藤宮の当主交代に不満をもっていたのは周知の事実。桜も、パーティーの前日、灯夜に注意を促した西の不穏な動きとは池田を含めた関西地区の術師達の事だった。まさかここまで大胆な行動をとるとは思わなかったが…。


 術師であれば、歴代最高の霊力を保持すると言われる灯夜が、若くして藤宮グループのトップに立つ本当の意味を誉れとしてうけとめるべきだ。彼がどれ程悪鬼と対峙してきたのか知れば、それはもう、尊敬の念しか抱かない。


 この男だって、共に闘った事もあるはず。それなのに…。


 桜は冷静に男を分析した。藤宮グループの金と、名誉。池田はその両方がほしいのだろう。


 ヒステリックを起こさない桜の態度に、池田が『桜お嬢様』に描いていたものとは違ったようで、気持ちの悪い赤い舌で自身の唇を濡らしながらおどけて見せる。


「いやいや。お嬢様と侮れませんなぁ。なかなかの洞察力をお持ちのようだ」


 ゆっくりとした喋り。だがどんなに穏やかに見せても、男のギラついた目は隠せない。池田の後ろに控える二人は、同じ関西支部の術師だろう。彼等に共通するのは、その狂気にも近い目だ。男達に後ろめたさは感じない。

 

 桜はとにかく池田がこの騒動の中心人物と決めて男を正面から見上げた。


「わたしのおニューのワンピースを切り刻んだのはどなた? 女のコの服を破くなんて、たいしたご趣味を持っているのね! それとも自分が何をやっているのか分かっていないのかしら?」


 桜は、ボロ布にかわり果てたワンピース姿で胸を張る。


 …絶対、怯えて見せるなんてしないんだから!


 手も足も縛られ、逃げ出せれる状況じゃない。それでも、今は時間稼ぎと情報集めが、唯一桜にできること。


 必ず助けが来る。それまで、聞き出せれるだけの事は聞いておかないと!


 そしておそらく…、池田克重にも、桜の考えている事などわかっているのだろう。

 それでも顔を隠そうともせずに、この余裕の態度は、よほどこの場所がみつからないと思っているのか…、それとも最初から裏切り行為を正当化できるとでも考えているのかもしれない。


「いやいや。お嬢さん。我等は強い志しで動いているのでね。その為に必要な事をしている。我々の部下達も同じですよ」


「じゃあ、わたしのこの格好は?」


「あー…。洋服のことでしたら…、GPS や、追跡装置などが付いていないか、ボタン一つまで確認しろと伝えてありましてね。君には、ちと手荒な真似をさせていただきました。お詫びしましょう」


「ふん! そんな気もないくせに!」


 桜は怒りを込めて言い放つ。しかし池田は穏やかに笑っただけ。その笑いは暗い闇に落ちていくようで、気味が悪い。

 池田は薄ら笑いのまま続けた。 


「君にはね、大変な価値があるのですよ。大事な藤宮の血を継ぐ姫君だ。君が産むお子は、特別な金を持って生まれるかもしれない」


「どういうこと?」


「五百年に一度…、生まれるとされている藤宮の莫大な霊力を持つ子供。いにしえより伝わる伝承を我々が知らないとでも思っていらしたか?」


 この男…、どこまで知っているの?


 数百年に一人、藤宮の血を引く者から輪廻転生リンカネーションする霊力を持つ者が生まれるとされている。


『その者が生まれ出る時、闇濃やみこい世界は自死や殺しに溢れ、大量の悪鬼がはびこる』

 

 …これは、いにしえより伝えられている伝承。

 そう。まさに、今が『闇濃い時代』だ。


 そして藤宮灯夜が輪廻転生の霊力を持って生まれたのは、藤宮に仕えるすべての者が知っているはず。


 しかし…輪廻転生リンカネーションの霊力をあわせ持つもう一つの秘話。翼持つばさも種族しゅぞく


 藤宮こそ、その種族であり、実際に翼を持って生まれた灯夜に、先代の当主がすぐに箝口令を出し、徹底して灯夜の翼を隠してきたのだ。 


 桜だって知ったのは、ほんの一年程前。それも本当に偶然…。


 だが、藤宮が悪鬼を退治する組織のトップに立つ理由は、やはり圧倒的な霊力の差。どれほど力に恵まれていようと、どんなに鍛錬を積んで力に磨きをかけようと、藤宮直系の血を引く者の足元にも及ばない。


「…五百年に一度、生まれる特別な霊力者が灯夜サンなら、次に生まれるのは五百年後ね。せいぜい長生きしたらいいわ!」


「いや。我々はそれほど気長の方ではないのでね」


 池田はそれ以上、灯夜の事には触れなかった。かわりに桜のワンピースとは呼べない布から見える生足に鼻息を荒くして笑う。


「まあ、それより、お嬢様はいくつになったかな? そろそろ結婚を考えても良い年頃なんじゃないかね? どうだろう? 我等の息子もなかなかの優秀揃い。学歴に問題はないよ。まあ、君を娶ればそれなりの魔力のある子供が生まれるだろう?」


「は?!」


 思わず立ち上がりかけた桜は、足首の紐がくい込む激痛で前に崩れる。肩を強打したが、全身の毛が逆立つほどの怒りが、桜の身体に力を与え、ぐっ…と顔を起こし叫んでいた。


「バカも休み休み言って欲しいわね!! 私は灯夜サンのいとこよ。それでも彼の力には到底及ばないわ! 猫と、虎が同じ猫科だからって虎の牙は持てないのよ!!」


 一気に言い放った桜は、肩を揺らして息をする。


 おかしい…。この池田克重は頭がおかしいの?! 血によって霊力の強い子供を産ませようとするなんて、いったいいつの時代なのよ!!


「まあまあ。ものは試しというものだよ。一度目がダメでも二度、三度、君が子供が産めれる間は生かしといてあげるからね。心配しなさんな」


「ほんと、最低ね!!」


「おやおや、お褒めに頂きありがとう。君にはどの息子が良いか、選ぶ権利を与えてあげるよ。まあ五人ほどいるがね。結局は全員と試していただくが。いやあ、孫の顔を見るのが楽しみですよ。わはははは―――」


「…っ!」


 桜が怒りで震える。一か八か、自分の脚力を信じて飛びかかろうと、体勢を整えたその時…、今までじっと黙って桜と池田のやり取りを見ていた左馬武が、膝を滑らせジリ…と桜の前に移動した。

 大きな背が桜の視界を遮る。


「…池田支部長。なぜ藤宮に反旗なさる? 霊力、魔力、いずれの力も、藤宮の当主にまさる者などいない。いにしえより続くトップの座を奪った所で、どれだけの術師があんたについてくるのか?」


 桜との会話で、気持ちが高ぶっていた池田は、左馬武が前に出たことに眉間を引きつらせた。しかし桜同様、腕も足も縛られた大男の無惨な姿に己の優越を感じで再び興奮する。


「ふふ。君の事は、部下に動けなくなる程度には、しておくよう言っておいたはずなんだが…。まあ、いい。思っていたよりも君は頑丈な身体なんだね」


 池田は左馬武の鍛えられた身体を舐めるようにまじまじと見た。


「そうだね。君がいう事は、わかるよ。藤宮のトップはいにしえより守られしもの。術師にとって藤宮は、敬い仕える存在。だが我等も特別な物を手に入れていてね…」


「…特別な物?」


「そう。それがあれば、藤宮当主程の霊力が無い限り、悪鬼に餐まれて命を落とすか…、我等にくだるか…。選択は二つしかないんだ。悪鬼と対峙する恐怖は術師にとって、一生ついて回るさだめだからね。誰もが、君のように優秀なガードを側に置けれるわけではないのだよ」


 池田がギラついた目を眇める。


「左馬武 直久。君はどちらにつく? さすがは藤宮の信頼を得ているだけあって、君は頭も良いし、腕もたつ。是非とも我等と共にこの腐りきった日本を、本来の正しい未来へ導いてみないか?」


「…なお?」 


 桜がたまらず背中をむけている男に呼びかけた。左馬武がどんな顔をして話をしているのかわからず不安でしかたがない。

 どんな時でも桜を安心させてきた男の背中が、今は聞いた事がないような低く冷たい声で池田に問う。


「…あの集団で襲った悪鬼に関係が、おありか?」


「それは、我々と行動を共にすればわかる事だよ」


「…何人の術師があんたに落ちた?」


「それも我等と来ればわかる。興味があるなら我等の手を取れ。君が我々につくのならそれなりの立場を約束しよう。わがままな娘の相手をするよりは、十分な報酬と、やりがいのある仕事が手にできると思うがね?」


「……」


 息苦しい程の静寂が、薄暗い部屋の温度を零下まで下げた気がした。


 

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