第5話 キザな男の恋敵

 一息ついた頃、ダンディなスーツをスマートに着こなし、手には大きな花束を抱えた長身の男が手を振りながら近付いて来た。


 そのキザな男に、葵は珍しく嫌そうな顔を隠さない。


「やあ……。こちらだったか。おや、姫さんも来てたのかい? しばらくぶりに大人っぽくなったな〜」


 姫さんと呼ばれた桜も、苦手意識から灯夜の後ろに隠れるように一歩下がる。心做こころなしか軽蔑の眼差しを向けている。


「久しぶりだ…、灯夜。君の横では、姫さんでも引き立て役だな。相変わらず、壮絶な色香だ」


「……おい」


 腰に男の手が回された。灯夜は、咎めるように睨む。

 本人は、つい手が勝手に伸びた…と、言わんばかりで悪びれるそぶりはない。


 黒田義隆くろだよしたか

 九州地区をまとめているかなりキレ者の術師である。この男と、灯夜は七年ほど前に大きな捕物があった事件で一緒になり、それ以来旧知の仲だ。


 当時学生だった灯夜だが、術師として既に一目置かれた存在ではあった。

 黒田は、歳が十以上離れていた灯夜の事を、ただの若造と扱うかと思いきや、彼は正しく灯夜の霊力を判断した。


 ほとんどの術師が手をこまねいていた案件を、灯夜の霊力を導きながら黒田は余力を持って解決したのだ。


 灯夜にとっては、数少ない友人と呼べる存在だろう。サバサバした性格で気を使う所がなく、それでいて情に厚い男が灯夜の立場と責務を知って手を差し伸べないわけがない。

 キザで女にモテるが、男からの人望もある。


 ただ一つ困ったことといえば…、黒田義隆というキザな男は、灯夜に会うたび、必ず甘く口説く。


「我らが当主、及び社長就任おめでとう」


 黒田は、抱えていた真っ赤な薔薇ばらの花束を灯夜に差し出した。


「……イヤミか?」


「いや。今日はそのためのパーティーだろ? 君に捧げるなら赤い薔薇だと思ってね。赤い薔薇は、絶対神アラーの象徴といわれてるんだ。君に相応しい」


「俺は、神ではない……」


「そんなことはわかっているさ。例えの話だよ。我らにとって君は、神々こうごうしい存在だからね。それにバラ水は聖水の役割も果たす国もある。浄化と言う意味では、ピッタリじゃないか?」


 抱えた真紅の花束に、黒田は口づけする仕草を見せつける。

 灯夜が何とも言えない顔で薔薇の花束を受け取ると、そのまま後ろにいる葵へと渡した。

 葵は恭しく受け取る。だがただでさえ冷たく感じる容姿に不機嫌を上乗せさせて見える。

 しかし、灯夜も今更詰問する事柄でもないように思え、黒田に視線を戻した。


「あちら側(九州地区)は、どうなんだ?」


「ん? そうだな~。阿蘇が噴火したけど…、まあ、君がいない事以外は何も問題ないじゃないか?」


 灯夜は黒田の含みに、今ここで話ができない内容だと受け取った。

 端から見ればふざけているようにしか見えないが、この男の真意が感じ取れるくらいには長く付き合っている。


 黒田の指が、灯夜の頬と耳を遠慮無くなぞった。


「っ! 義隆よしたか!」


 灯夜は、諌めるように払う。 


 黒田は、楽しそうにクッと喉奥で笑っただけ。からかっている様な、それでいて真剣な目は獲物に狙いを定めた鷹のようで、艶のある黒髪と切れ長の目に、大人の男の色香が漂う。


 黒田は、灯夜を欲している事を隠そうとしない。応えられないと、はっきり言っても黒田の態度が変わる事は今まで無かった。それは、出逢った当時と変らない。


 もう、何年も同じやり取りをしているのに、黒田が諦める気配は全く無く、そうかと言って、灯夜自身も不思議と頭ごなしに腹が立ってしかたがない、というような事もなかった。理由は分からないが、黒田は求めてくるが、無理強いはしない…。

 ―――たぶん。


 なんだかんだ言っても、友人関係でいれるのは黒田が誠実な男で、今も口説いてくるが重鎮共の目から懐に入れて守っているよう牽制しているともとれた。

 それに面倒だが、いざという時は背を任せれる男で心強い。

  

「後で、話がしたい……。良いかい?」


 黒田は、払われた手を気に止める様子もない。スルリ…と、灯夜の耳元に唇を寄せ囁くと、彼の背を指先でなぞるように触れた。


「よせ……。分かった。この後、時間をつくるから」


「ありがとう。君の部屋へ、俺が出向いたほうが良いかい? ……それとも、君のすべてを俺の部屋で見せてくれるなら……」


「――――――っ! いい、か、げんっ」


 ゾワゾワした感覚に反射的に押し退けようとした時、逆にグイっと後ろへ手を引かれた。

 不安定にできた黒田との空間に、葵が身体を入れ込んで来る。


「……私のあるじに、軽々しく触れないでいただきたい」


 葵の声は、冷水の如く冷え切っている。対する黒田は、少し眉をあげたが面白そうに口角をあげた。


「君の? ふーん。お〜こわいね。同じ人間を守るという点では、君の事は認めてるけど、恋路の邪魔を付き人がするのはよくない。それとも、あれか? 俺の恋敵こいがたきになる気なのかな?」


「……下がりますか?」


 黒田の面白がる挑発に、葵は至って冷静に後ろを振り返り灯夜を見た。

 その目は貴方の指示に従います…と、ある。


 灯夜は、下がる必要なし! とばかりに、大きくかぶりを振った。面倒だから黒田を押し付けようとした時。


 ゾワリと鳥肌がたった。

 !!!

 何か来る!

 そう感じた瞬間、灯夜は叫んだ。


「バチを持て!!」


 葵が瞬時に動いた。灯夜が警戒を向けている視線の先から隠すように自らの身体を盾にし、手にはバチを抜き身の刀のように握る。


 草薙剣くさなぎのつるぎを模して塚杜らが造るヒノキの木刀、通称【バチ】。

 悪鬼を封じ込むまでの魔力を持たない者が所持し、水に油のごとく悪鬼を弾くことができる。


 バチの由来は長さ50センチほどで大太鼓おおだいこのバチに似ているからだ。


 バチを握って三秒ほどのタイムラグがあっただろうか。あきらかに異変と感じるものがその場にいる者達の目にも入った。


 驚きと、狼狽で会場内がざわつく。


 それは外に面したガラス越し、月夜と庭園を照らし出すライトの影に照らされ、おぞましくうごめいていた。

 黒く渦巻く何かは、意志を持ってまっすぐにこちらに突っ込んで来るのが分かる。


「来る!!」


 ガッシャ――ン!!!!


 周囲にガラスの雨が散乱した。


 灯夜をかばうように抱え込んだ葵の目に、十数体の悪鬼と化した霊体が、統率のとれたけものの群れとなり襲いかかってきた。


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