第4話 塚の守人

 夕刻を過ぎたおり、灯夜は桜を伴ってパーティー会場に入った。


 桜は淡いピンク色の膝上丈ドレスで、足があらわになった魅力的な格好だ。

 見たければどうぞ! と言わんばかりに注目を浴びる足はご自慢の脚線美。肩にかけた薄いショールは背中で軽く結び桜のはつらつとした若さが一層際立てられている。

 胸元には、桜貝で細工されたネックレスが品良く主張していた。


 その若さと輝きに引けを取らない艶麗えんれいさと秋波を匂わす仕草で、会場の注目を一身に浴びているのは灯夜だ。

 色素の薄い髪はパーティー会場の光を反射しより一層煌めかせ、長いまつげから見え隠れする瞳が会場をひと撫でするだけで、ほぅ…と、ため息が漏れる。


 数カ所開け放した窓からの、柔らかな風が灯夜の身体を撫でるように吹き抜けば、風をはらんだ上着がひらりと踊った。

 女性的な線の細さでない華やいだ装いはモード・エ・モードの表紙を飾れるほどだ。


 会場は、都会の一角とは思えないような行き届いた庭園に、涼の如く造られた池の上を通る風は、不浄を清めたような涼やかさで、室内を自然の夜風が、快適な空間を作り出していた。


 灯夜が進めば、次から次へと好意的な祝辞や、世間一般的会話から身内の紹介までする者もいる。少しでもお近づきになりたい一心で近寄ってくる女性には、宣言通り桜がニンマリ笑ってあしらった。


 明らかに舌打ちし、不快をあらわにした女には桜の後ろで控えるボディガードの左馬武さまたけが睨みを利かせ退ける。


「今宵はまた、一段とお美しいですな」


 六十代後半と思わせる好々爺が親しげに歩み寄ってきた。

 ここホテル蒼月舘そうげっかんの総支配人だ。

 藤宮グループの中でも高級五つ星ホテルとされているが、何よりこのホテルを任されているという重要度が彼への信頼度の高さだった。


津神守つかもり、あなたも元気そうで何よりだ」


 ようやく気の許せる知人を目の前にし、灯夜も自然と柔らかな笑みがこぼれる。


 灯夜の形の良い唇が和らいだことに、彼の目に見えない緊張度が傷ましく、津神守は白髪が混じった眉尻を下げた。


「本日のお料理はお召し上がりになりましたかな? 満足に食べることは出来ないかもしれませんが、何よりあなたに召し上がって頂く為、料理長をはじめ、料飲課りょういんかの全てのスタッフが気持ちを込めご用意致しました。会場に運び込まれているものは全て信頼あるスタッフで用意しています。どうぞにつけてください」


 灯夜を幼い頃から知っている津神守にとって、彼が背負っているものがどれほど重いものなのかを知る一人であり、彼が押し潰されることなく、今の今まで健やかに過ごされてきたことを喜びと感じずにはいられない。


「……昨夜届けられた結晶、無事、朝露あさつゆを浴びて白百合のつぼみに魂がうつりましたぞ。あとは蕾が開花すれば天に登るでしょう」


「…そうか。よかった」


 心底ほっとしたような表情の灯夜と津神守を、交互に見ていた桜が唇を尖らせて話に割り込んできた。


「憎たらしいわね! 灯夜サンにそんな顔をさせるなんて!」


「桜……、は、塚杜つかもりだ。藤宮の役割は、彼等なしではなし得ない」


「わかってるわ。でも、今の世の術師は私を含めて皆、悪鬼を封じ込めるだけの魔力ちからしかないわ。魔力の多少の差はあるけど、はどんなに時を重ねても輪廻転生リンカーネイションは、しないんでしょう?」


「そうですな……。灯夜様が創り出すの結晶以外は…」


「じゃあ、黒結晶が塚に収まらなくなる事はないの? そうなったらどうするの?」


「今のところ、そのような心配は必要ないですな。塚も各地に分けられておりますし、数百年時が経ったものは大抵灰になります。魂が転生てんせいすることはないですがうらつらみ、かなしみも数百年経てばほとんどの魂が維持できず、消失してしまうのでしょうな」


 ……数百年。

 それは途方もない時のように感じるが、塚は遥かいにしえから存在し、術師も又同じ歴史を共に歩んでいる。 


 さかのぼれは、もとは天文博士の家柄で天皇や貴族の間から信頼を得て政家まつりごとや催事の日取りを決めていたと言う。

 病気や災害が怨霊の仕業と考えられていた平安時代に、怨霊に対抗できる術師が頭角を現し、重宝され、明治時代に改暦されるまで国の役人として仕えていた。


 以降は政権を握るごく少数の役人にしか知らていない極秘組織として、今に至る。


「津神守、あなた方にも苦労かける」


 ふと暗く陰りある灯夜の声に、津神守は慈愛に満ちた表情で笑った。


「いやいや……。あなた様という存在が現れなければ、とうに捨てていた命です」


 灯夜より背の低い津神守は、少しだけ上目遣いに顔を上げ、安心させるかのように彼の肩に手を載せた。

 慈愛に溢れた暖かさが手の温もりから伝わり、灯夜の心をふわりと包む。荒波の中、明かりを灯した小艇に引き揚げられるかのように…。


 津神守は「こちらの事はお任せください」と、軽く頭を下げ、手をヒラヒラさせ離れて行った。


 会場料理とは別に、重箱につめた料理を部屋に届ける約束をもらい、この後の楽しみが出来て気分が浮上する。


 だいぶ挨拶に疲れて(……飽きて)来た頃合いを見図り、葵がグラスを差し出してきた。

 休憩をしてくださいとのことだろう。


 冷たい飲み物を口につけると想像以上に喉が渇いていたことに気がつく。


 隣にいる桜は豪快にグラスを一息にあけ、ぷは~と満足顔は、仕事終わりのサラリーマンのようでとても女子大生のようには見えない。だが自然と力が入っていた身体も思わず緩み、リセットするきっかけとしてはありがたかった。


 


 


 

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