第3話 桜の宣言

 不穏な空気をただ寄せた二人の前で朝食をすませ、コーヒーの香りに包まれた頃、ようやく桜の怒りが治ったようだった。


「で、本当の要件は?」


 灯夜の問いに、桜は忘れていたとでも言うようにイタズラっぽく笑う。


「今夜のパーティー、わたしも出席していいかしら?」


「パーティー?」


 不審人物でも見る顔の葵。灯夜もそういえば今夜だったなぁと思い出す。


「母に許可はもらっているの。表向きは灯夜サンの就任パーティーだけど、ホントは藤宮の当主お披露目でしょう? それならわたしが行ってもいいんじゃない? 目立つような事はしないわ! ただ、ちょっと、心配なだけ」


 桜は珍しく真剣な顔になって男二人を交互に見つめた。


「なんだかね、女の勘が働くのよ。今夜のパーティーは嫌な感じがするわ! それにわたしなら、灯夜サンの側にいても下世話な噂がたつことはないでしょう? ついでに近づいてくる香水臭い女は、わたしが全部、追い払ってあげる!」


 桜にとって小さい頃より側にいた灯夜は、誰よりも頼れる自慢の兄のような存在だった。幼少期より人目を引く存在であった灯夜に、桜の友人だけでなく、年上の女の人から手紙やプレゼントを預かった事は、一度や二度ではない。


 桜自身、何を隠そう初恋の相手だ。だが、いつしか家の事情を知り、祖父の灯夜への厳しい教育、灯夜が抱えなければいけないあまりにも大きな責務。

 そういうものを理解できるようになると、少しでも力になりたいと思うようになり、恋は尊敬に変わっていった。今でも彼が好きか?と聞かれれば、大好き!と答えるが…。灯夜が自分を身内として大切にしているのがわかり、今はそれで良いと思っていた。

 灯夜を自分の物にしたいなど、あまりにもおこがましい。いつしか、自分が彼の助けになれる存在でいることが桜の願いになっていた。


 だから、自分に術師の血が流れていると分かった時、凄く嬉しかったし術を磨く鍛錬も辛いと感じる事は一切無かった。

 今は、術師として灯夜の横に肩を並べれる事が何より嬉しい。


 彼の力になりたい。今の灯夜に反感を持つ者がいるのならば、何が何でも自分は味方なのだと声をあげよう…と、桜は心に決めている。


 桜の秘めた決意が垣間見え、葵も彼女の言葉に援護した。


「桜サマが、ご一緒なら重鎮方のお嬢様方に囲まれることはないでしょう。少しは灯夜様が気を使う相手が減るのではないでしょうか?」


 灯夜にとって重鎮連中に品定めされる事も、下心が見え隠れする女性達に愛想を振りまく事も面倒な事このうえない。だからと言って、灯夜自身がパーティーに出席しないという選択肢は無い。

 いや、行きたくないと言ってはみたいが、流石に子供じみている。

 せめて、早めに終わってくれればと思うくらい許されるだろう。


 灯夜がうなずくと、桜は満足げに右手を左胸に当て、頬を上気させ高らかに宣言した。


「ありがとう。任せといて! わたしが灯夜サンを必ず守るからね!」

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