第2話 美人対クールな秘書
大都会 東京。千四百万人の人々が生活し、さらに近隣都市からビジネスや学びを求めて老若男女が集まって来る 。
ここ十年ほどは東京オリンピックが開催されるとあってさらに人口が増えたのだが、ご存知の通り世界中を巻き込んだ疫病のおかげでオリンピックは無観客。
それでもアスリートファーストでやり遂げた日本の評価は上々。
当初の目標であるおもてなしはできたといえよう。
しかし日本の経済はめちゃくちゃだ。航空会社、観光業、飲食業、接客業。倒産件数は過去トップを数え生き残りをかけた会社も縮小を重ねなんとか踏ん張っている状態。
そんな中、景気の悪化を感じさせないのが藤宮グループ。主に観光業を主体としている為、大打撃を被っているはずなのに
各地にあるホテルや旅館を家族で過ごせる空間にコンセプトを変え、ビジネス向けには商談やリモートとして快適な空間を提供した。元々世界中に顧客を持ち、政治家や有名人などがその名を連ねていたため、巣ごもり需要にまさにはまった形だった。
そんな藤宮グループが社長交代を発表したのは三ヶ月前。
前社長が会長に退き、社長に抜擢されたのが会長の孫にあたる
それに拍車を付けたのが彼の容姿である。
日本人にしては少し色素の薄い癖のある柔らかな髪と茶色の瞳。
パリコレのランウェイを歩かせても不思議ではないほど均整の取れたスタイル。
何よりその甘いマスクは、スマホの待機画面にする者までいるとか。
お高くて気の強いことで有名なアナウンサーが、彼にマイクを向けた瞬間そのまま失神してしまった失態は、つい最近までネットニュースを騒がせていた。
そんなわけで、最近は非常に忙しい日々をすごしていた灯夜は、薄暗い自室で目を覚ました。身体と頭が覚醒してくるまで、暫く
ベッドサイドの時計は八時を回ったところ。外は、出勤ラッシュで恐ろしいような混み合いだろうがこの部屋は心地よい静かさ。
灯夜の住まいは都心から少し離れた藤宮グループが経営するホテルの最上階。
三ヶ月前の就任後、側近の勧めもあり身の安全の確保をかねこちらに移った。
そして、秘書の
ある日、葵が急ぎの案件を伝えておこうと灯夜のスマホに電話したのだが応答がない。
不審に思い部屋を尋ねるが呼び鈴に応答はなく、防犯係りに確認しても外出した形跡はなかった。
この時の葵の焦りはかなりのものだったらしい。部屋のカードキーがなければ間違いなくドアを
危うく緊急招集メールを鳴らすところで、バスルームに気配を感じ、断りもなく開けた先には、バスタブに浸かった状態の灯夜を発見したのだった。
「あれは、きつかったな…」
灯夜は以前の出来事をなんとなく思い出していた。
「バスタオルをあるだけ持って来い!!」
すぐ近くで聞こえる大声でさすがに目を覚ますと、すごい形相の葵の顔が目の前にあった。
葵は、灯夜をバスタブから抱き上げ内線電話を左肩に挟んでいる。普段憎たらしいくらい冷静で沈着な男の顔とは程遠い。
こいつもこんな顔をするんだなぁ、なんてよく回らない頭でなんとなく呟いたのを覚えている。
「……おまえ、びしょ濡れでどうした?」
「―──―──!!!」
いや多分抱きかかえられた状態で言う言葉ではなかった。まずかったと思う。風呂お湯も冷えきっていたようで寒いし……。
その後、暖房を暑いくらい利かせた部屋で三十分ぐらい説教が続いた。
「ちょっと、寝てしまっただけなんだけどなぁ」
居心地が悪くなりもぞもぞと起きようと思った時、寝室の扉がノックなしに大きく開いた。
「おはよう! 灯夜サン♡ 起きてるかしら?」
「…………今、起きた」
「イヤーん! 灯夜サンの寝起き姿、色っぽい〜♡♡」
「
灯夜の伯母の娘。つまりイトコである。
明るい髪色のショートカットが似合う女子大生。なかなかの美人だ。
桜の後ろには、不機嫌そうな葵の姿も見える。
「おはようございます。灯夜様。起こしてしまい申し訳ございません。リビングでお待ちするよう言ったのですが。桜サマ、ご用件は私がお聞きしますが?」
冷えきった葵の声。だが、その程度では桜のバラ色の心が折れたりしない。
「え~! 葵じゃ、イヤだ~」
「「……」」
「……桜、大学は?」
「午後から行くわ!」
「……
「下に待たせているわ! この部屋入るのに、ボディガードは必要ないでしょ?」
「こんな時間まで寝ているなんて灯夜サン疲れているのね。わたしマッサージしてあげるわ♡」
「却下です」
「もう! なんで葵が応えるのよ! これでも美人のつもりなの! わたしが介抱してあげるって言ってイヤがる男がこの世にいると思うの?」
「少なくとも、この部屋にはおります」
「ふん! 女を見る目がない男はキライよ! 優しくない男もキライ! わたしだって、灯夜サンの役にたつわ! 役立たずの男どもよりよっぽどね!」
桜は顔にかかる柔らかな髪を色っぽくかき上げてウインクをし、先ほどより声のトーンを少し下げる。
「知ってる? 最近、西側が不穏なのよ…。今、調べさせてるけど年寄りのひがみだけなら良いけど、それだけでは無い気がするの」
桜が言う西側とは、灯夜の藤宮当主への反対派の事だろう。
今の状況を誰もが手放しで喜んでいるわけでもない。
知っている。
分かってはいる。
理解もできる。
それでも自分という存在が、藤宮にも今の世の中にも不可欠な存在だということが、ひどく肩に重くのしかかる。
灯夜の表情に暗い陰りを宿した為か、部屋の空気がひんやりと冷えた。
葵の複雑な色と柔らかな慈しみを帯びた目線には、気づかない。
「灯夜様……」
ふと、我に返ると葵が桜に気づかれないよう目配せした。軽く頷き答える。
彼女が持ってきた情報は、すでに把握している内容。しかしそれはあえて言わない。彼女の好意と努力をくむのは当然の事だ。
それよりこれ以上の深追いをさせないことが最優先だろう。
「分かりました。私も調べてみます」
珍しく葵の素直な態度に、桜はパンと手を叩き上機嫌で頬を上気させる。
「ふふん! 見直した? わたしは、できる女を目指してるの!」
「なるほど」
「女が弱いと思っている男はアホよ! アホ! 女の方が情報を得るのに長けているわ。交渉術もね。それに、わたしは美人で頭も良くて強いでしょう?」
「「……」」
「ん〜でも、やっぱり女は、守ってくれる王子様に憧れるのよね。お姫様の為なら、たとえ火の中、水の中って感じ! うふん〜。いいわぁ〜、そんな強い男♡」
桜の話がだんだんずれだした。実に興味深い理論だが、そろそろ止めるべきなのか?
夢心地の女性に、爆弾を落とすのは葵がアホな男だからかもしれない。
「どこに姫がいるのでしょう?」
「「…………」」
ピキン!と、聞こえたような気がしたのは間違いではない。
ため息をついた灯夜は、二人を連れてリビングに移動した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます