第6話 黒結晶とアズキ色

 ガッシャ――ン!!!!


 渦巻く悪鬼あっきは、意志を持ってパーティー会場にいる人間を襲った。


 パーティー会場は一瞬にして一変。

 皿やグラスが割れる音。

 人々が叫ぶ声。

 我先に逃げ惑う者もいれば、責務や庇護欲ひごよくでその場に留まる者。


 何人かの術師が魔力を悪鬼に放つが、数の多さで思うよう捕らえられない。


「バチが、効かない!!」


 誰かが叫んだ。


 本来、悪鬼にバチを斬り込めば、水に油の如く大きくはじく事ができる。そのすきに、術師は精神を集中させ魔力を発動させる事ができるのだ。


 だが、今はその一時いっときがかせげない。憎悪をまとう悪鬼は、ほんの少しの後退を見せるだけで、すぐさま嘲笑うかのように襲い掛かってくる。


 それでもバチを振り続けなければ悪鬼にまれてしまう。


 このままでは消耗戦だ。


 まさに桜の盾になっていた左馬武直久さまたけなおひさの手に、黒の煙が絡みついた。


「なお!!!!」


 桜が、すぐさま魔力で悪鬼を弾く。

 だが、弾くのが精一杯。 


「はっ! 桜様!!」


 桜の足にグルっと黒い塊が絡みついた。


 引きずられる!


 左馬武が身体ごと桜を抱え込む。

 桜は、ドス黒い影の中に敵意に満ちた二つの光る目を見た。

 今までそれなりの数の案件をこなしてきた桜だが、危険を感じることがあっても恐怖を感じることはなかったはず。


 だが、今は怖い。

 餐まれてしまう!

 なんとかしないと!!


 我が身をかえりみず、必死に抱え込んでくる左馬武に左手で捕まり、右手は魔力を悪鬼に放とうと集中した。


 ふと、今朝、みずからが言った言葉を思い出す。


『お姫様の為なら、たとえ火の中、水の中って感じ。そんな王子様がイイ』


 あぁ、なんで今、こんな時に思い出すんだろう……。


 黒い塊が、二人の人間を意図も簡単に餐みこもうとした…その時。


 バン! ギ―――!! 


 大きな声ともつかない耳触りな音響とともに、襲いかかっていた悪鬼が大きく弾き飛ばされた。


 ホッとした桜が見上げた先に、葵の木刀の切っ先が振り下ろされている。


「!! なんで葵のバチだけ効いているの!」


「私のは、特注でして」


 しれっと答えるあおいに、俄然がぜん負けん気な桜が復活する。


「なぁ~にが特注よ! 季節限定商品みたいな事言わないで! それ、なおにもよこしなさい!」


 左馬武も助けられた礼を律儀にしながらも、桜の手をとり同様恨めしそうに葵のバチを見定めた。


 見たところ何も変らないのだが…。


 だが、内輪揉めしている訳にはいかない。


 悪鬼は、弾く木刀が気に入らないのか、それとも元々意思などなく、ただ暴れたいだけなのか、人間に襲いかかる勢いが増した。


 バタン!!


 誰かの身内と思われる女性が悪鬼に絡みつかれ倒れる。直ぐに近くにいた術師が、魔力を放とうと手をかざすが、その手も別の黒い霧に捕まり阻まれた。


 灯夜は、葵の後ろから女性を救わんと飛び出そうとした。しかし、葵が許さない。強い力で灯夜を押し止める。

 葵の目は、霊力ちからを使うなと…。


「っ! ――――今は!」


 出し惜しみしている時ではない…と、反論しようとした時。


「とーや―――!!」


 会場に新しい風が吹き込んだ。


 白いコックコートを身に着け、腰に巻いた黒いソムリエエプロンがヒラリと舞った。


 男は手に持つバチを大きく振り下ろし、まさに今喰われかかっていた女性から悪鬼を弾き飛ばした。


 ギ――――!


 ガラスの引っ掻き音のような奇声に、思わず耳を塞ぐ。


 灯夜は、乱入男を目線の隅で確認すると黒田に叫んだ。


義隆よしたか!」


 黒田は灯夜の背中を合わせるよう後ろに立つ。


「二体、同時にイケるか?」


「もちろん。当主のご指示とあらば!」


「――やれ!!」


 黒田は、両手から淡い炎を吹き出し瞬時に二つの、悪鬼を捕らえる。そのまま握りつぶすような勢いで炎に包んだ。

 それと同時に、あたりに雷鳴が光ったような明るさをおび、一瞬目がくらむ。

 その光が灯夜が放った霊力ちからだと理解したのはの悪鬼が青い熾火おきびとなって捕らえられていたからだった。


「正気に戻すのは諦めてください!!」


 葵の懇願こんがんする声が場内に響く。


「っ! 分かった」


 灯夜は、ぐっと手のひらを握る。すると熾火に包まれていた悪鬼は、ボッ!と黄金色おうごんしょくの炎に包まれた。

 あまりに美しく輝く炎は現状を忘れてしまう程。しかし憎悪に満ち溢れた悪鬼は、圧倒的な炎の熱に焼かれ、あっという間に形を失い灯夜の手に吸い込まれるように消えていった。


「……やったか」


 黒田は手にした黒い結晶を二つ眺めながら、息を吐いた。

 これほどの数が同時に、しかも意思をもってこの会場を襲うなんて、何らかの人の手が関わっているとしか考えられない。


 人為的な何かがあるとすれば、誰かは検討はつくのだが、こんなに悪鬼を自分の意思で動かすことができるのだろうか?


「…思ったより、こすい真似をする」


 黒田は会場内にいるその狡い男に、キツイ視線をなげた。


 すべての悪鬼が消え失せ、驚きと安堵に包まれた会場が現状を理解するのに、暫くの時間を要した。

 程なく、お―――という歓喜と、ざわめきが会場を埋め尽くす。


「これが藤宮当主の力か!」


「なんと桁違いだ!」


「翼を広げるのごとく、とはよく言ったものだ」


「あの若さで信じられん!」


「あの霊力ちからは、先代せんだい以上だ!」


 人々のどよめきに、灯夜は無表情で応える。

 今は怪我人の確認が最優先。

 会場に散乱したガラスの破片や、倒れたテーブル。無残に床に散らばった料理の数々の後始末もしなければいけない。

 それに騒ぎを聞きつけた警官がそのうち駆けつけるだろう。その対応もある。


「お見事でございます。灯夜様、黒田様。結晶をこちらに」


 いつの間にか側に来ていた津神守つかもりが、先程乱入して来た男を従え、恭しく木箱を差し出した。


 灯夜は、両手にあった合計11個の結晶を木箱へ優しく納めた。


「話を聞いてやれなくて悪かったな…」


 自らが封じた結晶が輪廻転生リンカネーションするとわかってから、悪鬼を正気に戻してから封じ込めるよう試みていた。

 それがどれ程困難で、どんなに時間がかかっても。輪廻転生した時、その魂が少しでも希望と愛に満たされるように。


 数百年に一人、藤宮の血を引く者から輪廻転生リンカネーションする霊力を持つ者が生まれるとされている。


 その者が生まれ出る時、闇濃やみこい世界は自死や殺しに溢れ、大量の悪鬼がはびこる……と、伝えられていた。

 そうした天に昇る事が叶わなくなった魂を、天上人にかわり手助けする。

 それが輪廻転生をもつ術師の役割。


 魔力は、術師の血がある程度あれば身に付けられる。でも、輪廻転生の力は、無二むにで努力で身につけられるものではなかった。


 術は魔法の言葉や呪文を唱えるように考えられがちだが、魔力も霊力も自らの血を気に変え発動する。

 ゆえに決して楽なものではなく、体力も気力も集中力も必要とされるものだった。


 灯夜は疲労感を感じながらも、後始末に追われていた。

 外から救急車のサイレンが近づいて来る。大きなけが人はいないが、ガラスの破片で手や足を切った者がいた。

 悪鬼に襲われた女性も気を失っているが、命に別状はないだろう。


 会場内が騒動が終わった事と位置付け、緊張感を和らげた雰囲気に変わろうとしていたその時、不快な叫び声が響いた。


「アァァ―――!!」


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