第4話 隙間ないオトコとのノート。

「涼と祥子は熱田神宮の挙式控室にいた、涼の母親も穏やかな表情で準備している。」






 コウは大須から帰ってカップケーキを作りながら思っていた。母親の破天荒ぶりについて。全くおなじ道は生きたくないし行かない。どちらかというと長野社長のような堅実な道が自分にはあってそう。

 

 コウは涼のことを苗字に役職名をつけて呼んでいた。なんとなく母親からそう呼びなさいと言われてから、ずっと同じ調子だった。コウが学校を本格的に休みはじめて出会った良心的な大人。ラインやメールでやり取りをし、時々コウの作品に対価を与えてくれた。決して子ども扱いはせず容赦ない時は容赦ない。手を抜いたら抜いたなりに次回は交渉価格が下がり、締め切りを過ぎると無視されることもあった。厳しい社会を教えてくれる長野社長。

 でも決してコウを見放すことはなかった。お金を得ることを美徳に感じさせてくれる人だった。十三歳になるまでコウはいわゆる中学生だった。


 朝ごはんを食べたり食べなかったりして、制服に手を通し、髪型を整えて通学し、アホな男子を眺めた。陽キャ女子たちのキラキラした姿はまっすぐすぎて吐きそうだった。

 夏休みが明ける前、誕生日を迎えた。二学期が始まり、ある日、自覚させられる。自分は浮いているということを。気にしないでおこうと思いながら、でもはっきり気づかされることが起きた。ちょっとした噂話だったけれどはっきりとコウの耳に届いた。「キモイ。」

 このことは学校にも親にも話さなかった。話せなかった。


 学校に行かないでいいよ。その代わりするべきことはしなさい。母は勢いでいろいろ企画してきた。行けないなら家でテストしなさい。結果は出しなさい。お金が欲しかったら何か作り出して売りなさい。

 担任からはちゃっかりテススト範囲とテスト用紙を届けさせて預かる。変なツテだろう、長野社長が登場した、名古屋に住んでいるらしい。破天荒だから紹介だけで放置。見積書など書類の作成もコウ、メールで拡張子をつけて作品を送るのもコウ、あげく口座開設までやらされた。

 だんだん面倒くさくなって、だらだらしていると読みたかった本をチラつかせ、スケジュール帳を渡された。きっちり自分でスケジュール管理するのも仕事、と。謎のツキイチの三者面談も厳しい攻防のすえに負かされ無理くりスケジュールに組みこまれた。


 この母親、怖い。末恐ろしい存在だったけれど、何より味方でいてくれることは救われた。

 破天荒だからオトコもコロコロ変わった。というか、続かなかった。だが大吾ちゃんだけは真剣に付き合っていたみたいだった。大吾ちゃんがコウの養父になったからだ。


 大吾ちゃんは同居する前にたびたび会いに来た。じいちゃんがちょっと危ないから母親も長崎まで遠出できなくなってしまって。あんまりお笑いは知らないけれど、なんか面白い人。急だったけれど「パパにならせてください。」の告白と同時に引っ越しを提案してきた。ひとり部屋をくれるのでちょっと嬉しかった。街の近くの物件らしくそれも愉快。一度だけワンちゃんを連れてきたことも。けっこう人なつっこいワンコをコウに託しふたりでどこか泊まりに行ってしまった。けれどペンちゃん、コロコロで可愛いくて心が緩んだ。三人と一匹が集まって、詳しい地図と間取りを見せてくれた。


 最後はコウちゃんに決定権があるから。と大吾ちゃんはコウの意見を優先してくれた。この時、破天荒な母親は

 覇気がなかったのもコウには、ものたりなかったし、母親を笑顔にするのは大吾ちゃんだと思った。

 


 あのふたりの結婚式か。ほんとに透き通った世界。わたし無理。

 大吾ちゃんが大きな犬を連れているって聞いていた。時計気に入ってくれたらいいな。レンジの付属オーブンがピーピーなった。糖分補給して片付けしたら、ちょっと残った課題にとりかろう。


 テーブルの上にリンゴとトマトと、グレープフルーツを並べる。ダイニングの明かりを消して自然光を入れる。光と影のコントラスト。わたしは鉛筆画が好きだ。デッサンと言うと本格的だけれど落書きを極めると言うコトバがぴったり。そういえば、この組み合わせ、毋親に一度頼まれたな。本出すから書いてとかほんと訳のわからない母親だ。

 長尾社長がトマトで、大吾ちゃんがリンゴ、母親がグレープフルーツ。意味はわからないけれどなんとなくは近い組みあわせ。

 デッサンは光を足すことができない。白紙の白が一番のハイトーン。

 どう立体感を出すか、どうフォルムを魅せるか。黒と白とグレーの中をぐるぐるイメージしてこのたべもの達の三つそれぞれの個性が引き立つ映像をまずダウンロードした。いつもの作業。アウトプットは目をつむっても、は大袈裟だけれど、画材と向き合えば脳が手の神経を介して運んでくれる。

 大吾ちゃんには「エプソンか?」って評されたこともあった。この能力はあまり人には話していない。努力とは違った「なにか」が自分を動かしている、そのままを話すとみんな引くから言わない。ただ技法がどうとか、工程どうとかは知らないけれど、仕上がりはまずまずの評価だ。

 コウの画風は影を強調するものが多い。母親はあんたのまんまだね、なんて嫌味を言う。わたしは闇が深いそうだ。もちろん大吾ちゃんや母親みたいなピカピカな輝きはない。よく知っている。だから影をたくさん作ってモチーフ達にたくさんの光を浴びせているのだ。そうこのモチーフ達はわたしの憧れ、そして、影が私なのかもしれない。


 しばらくして、コウの携帯に謎のラインがコウに届いた。お姉ちゃんになったよ。だけ。まぁけっこう見た目そうだし、わたしを呼ぶ他人は「おねぇちゃん」と呼ぶのだけれど、謎、とりあえず既読つけて放っておいた。そんなにすぐ解決したいわけでもなかったので淡々と日々を過ごしていた。またある日、次のラインが届く。男の子だよ。「ん?」おねぇちゃんに男の子。

 察した。

 やば、あのふたり何考えてるの、結婚式といい、妊娠って。

 中年達の妊娠と出産か。これは放ってはおけないけれど、直接、連絡すると激しいマシンガントークに合うのは目に見えている。落ち着こう、まず社長。そう長尾社長、相談してみよう。

 「そっか。ふーん、なるほど…」

 大須の喫茶店で長野社長とうちあわせを兼ねた雑談中に胸の内を明かした。祝福はしている、大吾ちゃんも目があんな事になっちゃったし、赤ちゃんはじいちゃんの生まれ変わりなのかも。学校の同級生はみんな年上だからそう言った話も耳にする。彼との子どもを身ごもった人もいたようだし。妊娠なんて簡単なものなんかな。そんな呟きを長野社長は遮った。

「身体が心配だね、妊娠も簡単にはできない年だし、きっと出産も大変だと思うよ。失礼だけど高齢出産じゃん。大吾さんも目が見えればカバーできると思うけれど。うん、大体いつ生まれるか聞いて、学校も少し休んで、仕事も休めばいいよ。お母さん達助けておいで。その間、育休みたいな制度ないか調べてみるし、なかったらなんとかするから安心して。」

 通話するのはやっぱり面倒くさいのでしばらくラインのラリーでつなげた。あと五ヶ月ほどで生まれるらしい。コンビニでたまごクラブ、ひよこクラブを手にとり、恥を忍んでレジに並んだ。


 読み耽ってしまった。けっこう人が生まれる事とか、子供の成長とかすごいんだ。その前にこんなに妊娠や出産を心待ちにしていたり、キラキラした感情で待ってる人がいるなんて。日本は平和だ。そら、母親もあのテンションだわ。

 社長はああ言ったけれど、長崎行きはちょっと大変。放ってはおけないけれど。

 次の登校日に教務課へ赴き、話の流れを説明し何日休めるのか聞いた。課題を早く仕上げられるんのであれば問題ないとの答えを得られた。

 ほぼ一ヶ月の休暇か。中学時代を思い出しながら、今日の画材たちをまとめた。


 刺激的な一ヶ月の始まり。コウは初めてふたりの新居に伺う。母親は、この部屋使ってと客間に通してくれた。見ため妊婦妊婦していなかった。少しお腹が目立っていたが、以前も下腹が出てたのでちょっと貫禄がまたついたかな、ぐらいの印象だった。それに経産婦ならではの余裕の立ち居振る舞い。まだ長崎はそこまで冷え込みもなく洋服も薄かったので、チラッとお腹を見せてくれた。いわゆる妊娠線がない。この親すごい、妊娠線を作らない技術があるらしい。プロだ。それよりちょうどここが足、今は起きてるよ。とニュッと動く皮膚が踵らしいデコボコを見せてくれた。明日、入院し誘発をかけて出産すると言う。家族構成や年齢を加味して主治医が提案した妊娠計画に従うようだ。大吾ちゃんも準備に余念がなく、必要なものを最低限準備してくれていた。コウは両親と弟の出産に臨む。


 大吾ちゃんとワンコ達と母親を四日待った。大吾ちゃんの生活は至ってシンプルだった。できないことはできないからこうしてほしいが明確で的確。無駄がない。料理に関してはまあまあ自信があったので、全部任せてもらおうと思っていた。けれど、大吾ちゃんはこう指示する、この人参はだいたい3センチの長さで拍子切りして。など、コメだけは分量を合わせて炊くのを全部任せてくれた。音で見極める焼き加減も母親よりめちゃくちゃ絶妙。どうやらこんな感じで二人はできないことを補い合っているらしい。


 大吾ちゃんのご飯は昔に比べて繊細な味になっていた。めちゃくちゃおいしい。「まいった。」のその一言。母親と「利」と名づけられた弟を迎えた。久しぶりの賑やかな食卓、ペンちゃんもヤマトも「利」もみんな可愛い。「家族。」これが家族。一年ほど会ってなかった新鮮さと、相変わらずの大吾ちゃんの様子にほっとした。懐かしく賑やか。たまにはいいか、まぁ年一だよね。毛嫌いしていたキラキラした世界もちょっと悪くないと思いながら特急かもめに揺られた。


 「なんか、刺激あったみたいだね。」一応、母親にココと言われた、文明堂のレモンケーキを持って休職させてもらったお礼に長野社長を呼んだ。そう言うとこが厳しくて細かい。いつもの喫茶店でストレートティーをご馳走になる。顔色が違うそうだ。そらそう、あの環境で変わらない人なんていない。


 一晩眠り課題の続きを始める。

 なんとなく違和感を感じる。コントラストがきつい。と言うか激しかったのを恥ずかしく感じた。消しゴムを使い濃く描いていた部分を薄くぼかしてゆく。あの長崎にいいたらもっともっと強くなりそうなものだが、コウにはもう少し影を薄く描こう、そう言った感情を抱いた。どんどん白い白紙に余白ができるようになった。そして、画風が優しさを見出した。「利」が生まれたからだろうか。ヤマトにあったからだろうか。ペンちゃんが老いたからだろうか。

 違う、長崎には「慈愛」と言う愛があったのだ。大阪では感じなかった。慈愛そのもの。

 大吾ちゃんに対しても自然と接して気遣いができた、でも大吾ちゃんは目が見えない分もっとわたしをいたわってくれた。ママもそう。「利」を見ながらわたしにも目をかけてくれた。それは大吾ちゃんの分の四つの目で。

 離れると言う選択をしたけれど、一番家族を感じた一ヶ月だったし、これからも続くんだろうなと思う。


 馬鹿にしていたけれど、恋がしたい。心から思った。

 そして少しずつ涼を意識し始めた。この人は昔のわたしも今のわたしもわかってくれている。ただ向かっているのは娶られた母親。ライバルが母親なんてださいけれど、あの妊娠線をつくらない女子力には感服。意外と、見ため若いし。コンビニでアンアンのセックス特集を手にした。

 確か小四かな、こんな特集をわたしに渡して、オトコとはとか説いていたな。懐かしい、けれどバイブルだ。二度目の羞恥心を捨ててまたコウはコンビニのレジに並ぶ。


 そのアンアンが功を奏したのか五年後、涼とコウは熱田神宮で着物に袖を通していた。涼はちょっと成人式?と思う明るめの袴、コウは白無垢に文金高島田。母親の一回目の結婚式と同じく人前でキスをするのが嫌だから。ただそれだけの理由で自分の姿をみながら、気持ちを整えていた。


 家族控え室では両家の親が顔をそろえる。今日はヤマトとペンチャンはサポーターさんに見てもらってお休み。白杖を持った紋付袴の大吾が涼の母親を笑わせている。そうこうしている内にお支度が整いました。と後見さんがコウと涼を連れて声をかけてくれた。「天気良好。新郎新婦も涼コウだね。」馬鹿な両親が茶化した。



(隙間ないオトコとのノート 了)

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