第32話 出勤確実

 もう外もすっかり夜か。


 「おいやったな修平、今日は確実にミキちゃんが出勤しているぞ。今また店に電話で確認したから間違いない! それに今日は元気すぎるぐらいに元気だってよ! 最高だぜ!」


 それは良かった。もう今回でこんな茶番は確実に終わらせたいからな.......。


 ただ、こいつはさっきので今日何度めの電話だ?

 昼飯の回転寿司を食っている時からブラブラとしている時まで、気がついたらこいつは店に電話をかけていた。

 それに今も、この距離から電話をした意味がわからない。

 言えるのは明らかにこいつが興奮しすぎていてやばいと言うことだけ......。 大丈夫かよ。


 「よく聞け、修平。ミキちゃんは何と言っても優しい。見た目は派手なんだけど中身はものすごく天使なんだよ!そして最高に美人! もう完璧すぎる人間なんだよ。お前はそんな女性に会ったことあるか? ないよな!」

 「あー、ないない」


 まぁ、実際は俺の家の隣に完璧な天使は存在する。ただし派手ではない。要はあの人こそが本当の天使。


 「まぁ、派手って言っても上品な大人の派手さな。修平にこの意味わかるかなぁ」

 「はいはい、わからん」


 とりあえず、そんなしょうもないやりとりをしている間にいつの間にかお目当ての店が見えてくる俺達。


 以前に一度来た時にも思ったがやはり看板からしてもうそれっぽい。

 そして上品なオーラとお金の匂いのする得体のしれない雰囲気が入り混じるこの外観にどうも俺は身体が委縮してしまう。

 

 「ありがとうございました。また来てくださいね。心からお待ちしております」


 すると、俺の目にはそんな入口から現れる一人の女性と一人の男。

 まさにドラマで見る光景だろうか。上品な女性がさっきまでもてなしていたであろう客をお見送りしている光景が視界に映り込む。


 「お、ミキちゃん。おい修平。あれが生ミキちゃんだぞ。おい」

 「あー、あれが」


 以前に写真でも見たけれど、やはり美人だとは思う。

 スレンダーで顔立ちもこれでもかとはっきりしている。誰が見ても綺麗だという感想が出てくるであろう女性。横顔も完璧なほどに綺麗。

 ただ、その笑顔の下に獣の様な気の強さを感じてしまうのは気のせいだろうか。

 何故か彼女を見た俺の脳裏には自然と『魔性』と言う言葉が浮かんできてしまう........。


 「おーい! ミキちゃーん」


 そして隣のこいつは、そんな彼女にいとも簡単に転がされ虜にされたであろう男。

 とりあえず恥ずかしいから一旦黙ってほしい。はしゃぎ方がもう小学生のはしゃぎ方。


 でも、やはり商売だからだろう。向こうも慎まし気に隆志に向かって手を振り返してくれている。

 そして隣の初見である俺にも会釈を........って


 何だ。ん?


 今、一瞬、彼女のその大きな目がさらにぐわっと開かれた様な........。

 何というか瞳孔がぐわっと開いたと言うか.......。


 ん? まぁ、気のせいか。


 「おい、修平。見とけ。こういう場合はミキちゃんがここまで来て店の中まで案内してくれるから。すっげぇいい匂いするけど驚くんじゃねぇぞ。俺も慣れるまではマジで天国に行きかけたからな」

 「へぇー」

 「だから店の前で先に彼女に逢えたら本来よりかなりお得なんだよ。本当に前回は悲しい思いもしたが、今回は出だしから調子がいいぜ」


 まぁ、店のマニュアル的なものだろうか。

 でも。何だろうか。


 言っている事と違うぞ。


 「おい、隆志。お前の好きなミキちゃん。笑顔でそのまま店に戻っていったけど......」


 それも明らかな作り笑いの引き攣った笑顔でそそくさと。今回は気のせいではなく見るからに引き攣った笑顔で.......。


 「え、あ、あれ?」


 何かよくわからかいけど出だしから調子悪いなこいつ。

 かなり恥ずかしいパターン。


 「ま、まぁ、俺達も店に入るぞ。とりあえずお前も絶対にミキちゃんに惚れるから。気を抜くな。気を抜いたら一瞬で骨抜きにされちまうからな」


 「はいはい」

  

 とりあえず、また外も寒くなってきたし


 入ろうか。

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