第16話 朝の電車


 癒しの時間は長くは続かない。


 今日も朝から俺は、いつも通りに電車の中で揺られることから始まる一日。

 つり革が持てているだけまだマシなのかもしれないが、それなりに人も混んでいるこの中で憂鬱な時間を過ごしていることに違いはない。


 そして窓の外も、いかにも寒そうな雪がまた降っている光景か。今日に限ってはちょっと積もり始めている気もする? まぁ、ただこの光景を見ているだけなら綺麗なんて感想も出てくる可能性はあるが、俺はこれから仕事。そんな感想は残念ながら出てこない。

 

 外にはこの雪にグラウンドではしゃいでいるであろう小学生の姿なども見える。心から微笑ましいと思う。いや、羨ましいと言うか。ずるい。 


 俺の場合はしつこいかもしれないけれど、遊ぶとかではなく、このまま家に戻ってあの朝の味噌汁をもう一度ゆっくりと飲みたい。

 この電車の中と同じぐらい暖かくした家で。

 本当になんだあの中毒性。

 

 そして、そんな決して叶わぬことを色々と考えている俺の目には

 いつもと違う点が一点。


 とりあえず、それは目の前にまた彼女がいることか......


 あの朝ごはんの後にすぐに彼女は着替えの為に家に帰ったが、そのせいもあってか

 今、また俺の前に、と言うか真ん前にいる。

 おそらく時間的に普段であればもっと早くの電車に乗っているであろう彼女も今日はそういうこともあってか、偶然この時間の電車に。


 そう。俺の目の前には昨晩や今朝とは打って変わってスーツ姿にピシッとしたいつもの戸田がいる光景。


 でもシャワーでも浴びてきたのだろうか? 妙に髪が湿っぽいし、シャンプーか何かの良い香りがしてくる。

 まぁ、それはどうでもいいか。そんなことを口に出して聞いてら間違いなく気持ち悪がられるだけ。


 「ねぇ、アンタはいつもこの時間帯の電車なの?」

 「ん? まぁ、そうだな。この時間だな」


 やはり人には習慣があるのだろう。何だかんだで視界に入る人たちも見たことある人がほとんど。もちろん喋ったことなどはないがそれなりに親近感を感じたりはしている。だから誰がどこの駅で降りるかも全て把握すみだ。

 あわよくば座る為に。


 「へぇー。まぁ、そんなことはどうでもいいけど。ところで、あの人とは一体どういう関係? ずいぶんと仲良さそうに見えたんだけど」

 「あの人? あぁ、山本さんか。ただの隣人だけど。まぁ仲は良くしてもっているかな」


 あと何だ。そのお前の何とも言えない表情は。


 「アンタが彼女と別れたことも知ってんの?」

 「おう、知ってるぞ」

 「それを彼女が知ってから何か変わったことはなかった?」

 「変わったこと? いや......特にないな」

 

 ないはず。

 それにしてもこいつ、やっぱり機嫌が悪いのか? 朝はあんなにニコニコしていたのに?


 「ま、まぁ一旦はいいわよ。そっちは。それよりもアンタは昨日のこと覚えているわよね」

 「昨日のこと?」


 何だ? 色々ありすぎてどの話かがわからない。


 「そ、そもそもあの時のあんたはそのつもりじゃなかったの......? に、二軒目に行くって話だったじゃない」

 「ん? いや、それこそ行くつもりだったけども、お前が寝たから行けなかったんじゃん。俺だって腹くくって酔いつぶれる覚悟でいたからな。さすがに朝までとはいかないけれども」

 

 そして本当何だその顔。ため息?

 いや、ため息を吐きたいのは間違いなく俺の方だろうが。

 おい。


 って、line。 しかもまたあいつから。

 最近かなり頻度高いな。


 「金曜の夜に飯か.......。まぁ、何もないし行けるか」


 おそらく、あの時のお返しを期待されているのだろう。


 「え? 誰と? もしかしてさっきの山本さん?」


 で、今度はまた何だそんな食い気味に。


 「いや、大学の時の友達。この前に久しぶりに会ってさ。肉食いに行ったんだよ。肉。ガッツリと」


 でも本当美味かったな。あの時のステーキも。


 「へぇー、大学の友達か。私も久しく会えてないなー。久しぶりに連絡とってみよっかな」

 「いいんじゃねぇか?」



 って、思い出した。

 


 でも、そうだよな。クリスマスだよな......

 俺はたまたま視界に入った広告を見てそんな言葉が頭に浮かんでくる。

 『クリスマスには最高のプレゼントを』か。


 そういえば俺、まだ何だかんだで24日のあっちの方のキャンセルはしてなかったんだよな。

 

 記念の年だし、二人で豪華なものを食べようと奮発した結果がこれだもんな.....


 

 結構、頑張って予約したし。もったいない。



 それこそ俺も誰か友達でも誘うかな。

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