第10話 隣人とお返し
一応、今日はいつもより急いで帰ってきたつもりだけど。まだ家にいるかな。
そんなことを考えながら俺はマンションの隣人宅のインターホンをゆっくりと押す。
お返しするご祝儀を片手に。
会社でも一応、今日はあいつのおかげで荷が降りた。
何だかんだでそこまで嫌な思いもしなかったしな。まぁ、噂が伝わる早さには改めて驚かされたが。かなりの数の別の部署の人たちが励ましに来たからな。
半笑いで。
そして、そんなことをまた考えているうちに目の前のドアのノブが開く音と同時に一人の女性が俺の前には現れる。
良かった。まだいたみたいだ。
「すみません。山本さん。今大丈夫ですか」
「お、お帰りなさい。森高さん。はい。大丈夫です。あ、あと昨日はすみません。何か取り乱しちゃって。変な感じになっちゃって」
「いえいえいえいえ、そんな。こっちこそ色々とお祝いとかもらったのに破談とかになって本当にすみません」
本当に。
「いえいえ、そんな。こっちこそ。でも、ちょっと驚いちゃいました。人生で一番驚いちゃったかもです」
そんなに.......? まぁ、でも確かに何故かかなりの混乱をされていたことは記憶に新しいが。
「それでですね。これが本題なんですが、すみません。これ以前にいただいた祝い品のお返しです」
ネットで金額を調べさせてもらったが本当にかなり値段が張るものだった。
だからその金額分の現金だ。俺も何か物で返そうかと思ったが、これから引っ越しもあることだし俺のセンスを信じるよりも絶対に現金の方がいいと思っての行動だ。
「え? な、なんですかそれ」
「ほら、破談になっちゃいましたけど。以前にいただいた祝い品のお返しです。何というか引っ越しもあるだろうし、何かと新しい場所でもお金が入り用かと思いましてすみませんが現金で」
「い、いえ、受け取れません。それはあくまで気持ちですので」
「そこを何とか。さすがにもらいっぱなしは駄目なんで」
「いえ、本当に気持ちなんで。それに......」
もしかしたらとは思っていたけれど、やっぱり彼女はそう簡単には受け取ってくれないか。どうするか。
「それにちょっと私、実は引っ越しがなくなっちゃいまして」
「え!?」
引っ越しがなくなった?
「何と言うか、ちょっと新しく住もうとしていた所で色々と手違いがありまして......。やっぱりここに残ることになったと言いますか」
「え? そうなんですか。それは嬉しいです」
ちょっと驚いたけど普通に嬉しい。彼女の後に変な住人が来ても嫌だったし、それに何といってもこれからも癒されることができる。
「ほ、本当ですか。嬉しいですか!」
「は、はい」
「私も嬉しいです!」
何だろう。よくわからないけど喜んでる。もしかしたら手違いとかは嘘で本当は何か不本意に引っ越しをしなければならない理由があった。でもそれがなくなって安心して喜んでいるとかそういうことか? まぁ、もちろん詮索なんてしないが喜んでいる様でなによりだ。その笑顔にこれからも癒されることができる。
本当に彼女みたいな子に彼氏とかがいないのが不思議で仕方ない。あんまりそういうのに興味がない系かな? せっかく美人で可愛いのにもったいない。
まぁ、それも自由か。人それぞれだもんな。
って、そんなことはとりあえず今はどうでもいい。
「とりあえず、本当にお返しは受け取ってください。何なら欲しいものでも何でも行ってください。俺、買ってきますんで」
彼女の引っ越しもなくなったみたいだし、時間はあるから。
「いや、本当にそんな。結構です。いつもお世話になってますし、受けと......」
ん? どうした途中で言葉を止めて。
「何でもですか?」
「え? は、はい。何でも」
よし、何だかわからないけども食いついた。
「じ、じゃあ......」
「はい。何でも言ってください!」
もう返せるのであれば本当に何でも。
「じ、じゃあそのお金で何回か一緒にご飯とかどうですか......」
「え? ご飯?」
「はい、私こう見えて美味しいお店とか結構知っているんです......って、駄目ですよね。すみません」
「い、いやいや、全然駄目じゃないです。山本さんがそれでいいのであればご飯ぐらい全然お供しますよ」
本当に。そっちがいいのであれば俺は全然問題ないけど。
女性一人で入りにくい所とかかな?
「え! 本当ですか! やった。嬉しい!」
「こ、こっちこそ」
詳しくは全くわからないけど、引っ越す理由が無くなったことが本当に嬉しいんだろうな。最近少し元気がない時があった気がするから心配していたけど良かった。
癒しだ。
「って、もうこんな時間。すみません。今日はちょっとこれから用事があるのでまた追って連絡します。必ず連絡します」
「はい。待ってます。そしてすみません。俺のせいで時間が」
「いえいえ、大丈夫です。今日は一応、仕事ではないので。じゃあこれからも宜しくお願いしますね。森高さん!」
「はい。こちらこそ!」
そして良い子。本当に彼女みたいな人こそ幸せになってほしいと思う。
切実に。
ん? でも18時30分? あとご飯?
何だ。何かが頭に引っかかる。
何かを俺は忘れている?
いや、俺はでも約束事とかは自分で言うのも何だが忘れるタイプではないし、スマホのスケジュール機能にも何も記載はしていない。
なら気のせいか。
気のせい......だな。
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