第65話 匂い

ガルムス山脈の麓に到着した俺達は、馬車を降りた。

山脈は険しい山々が連なっており、その道のりはきつい勾配こうばいの連続となっているからだ。

馬車に乗ってここを超えるのはまず無理である。


因みに馬車は御者ごとのレンタルなので、降りた後はちゃんと王都へと戻っている。

決して乗り捨てではないないぞ。


一般人なら早々に根を上げてしまいそうな道のりだが、俺達は苦も無く進んで行く。

何せメンバー全員が高レベルの、言ってしまえば超人だからな。

そこに更に魔物の襲撃を加えても、大した枷とはならない。

楽勝だ。


「ん?」


勾配のキツイ山道を進んでいるとガロスが足を止め、急に何か匂いをかぐ様に鼻をひくひくとさせだした。


「人の匂いだ。最近誰かここを通ったみたいだな」


ガロスは狼タイプの獣人で、その嗅覚は獣のそれに匹敵する。

どうやら彼はその場に残った匂いから、人が通った痕跡を嗅ぎつけた様だ。


「こんな場所を、ですか?」


俺達はベルウス連合組の目指す聖地がこの山脈にあるから険しい道を進んでいるが、普通の人間はこんな場所を通ったりはしない。

通常は大きく迂回して、比較的平坦な部分を越えていくものである。


一体だれが何の目的でこんな場所を通ったというのか?

謎だ。


「この匂い、どこかで……」


ガロスが這いつくばり、地面の匂いを嗅ぐ。

どうやら身に覚えのある匂いの様だ。


「そうだ!思い出したぞ!これはゾーン・バルターの匂いだ!」


「え?父のですか?」


ガロスの告げた名に、娘であるエンデが驚いた。

まあそれは俺もだが。

こんな人気のない山中で、あのゾーン・バルターがいると聞かされれば驚きもする。


「ああ、間違いねぇ。これはゾーン・バルターの匂いだ」


ガロスは自分の嗅覚に絶対の自信がある様で、間違いはないとハッキリと断言した。

彼が俺達に嘘を吐く意味もないので、実際ゾーン・バルターはこの辺りを通ったと考えていいだろう。


「父が……一体どうしてこんな場所に……」


娘にも告げず、こんな場所にやって来た……か。

なら何か事情が……いや、親子仲は良くない――エンデは尊敬しているが――そうなので、単に伝えてないだけという可能性もありえるな。


「修行か何かの為にやって来てるんじゃないですか?アドル師匠にあっさり負けちゃいましたから。悔しくて、強くなるために山籠もり的な」


「お前は……」


父親を尊敬するエンデの前で、少々無神経な物言いをするベニイモを俺は睨みつける。

もう少し言い方を考えろよな。


「あ、すいません」


「気にしないで。父が負けたのは確かにショックだったけど、アドルさん相手じゃ仕方ない事だから」


「ですよね。つまり全部アドル師匠が悪いって事で!」


「なんでそうなるんだよ」


酷い言いがかりである。


「まあ結局、ゾーン・バルターは訓練しにここに来たって事か」


言い方はアレだったが、ベニイモの言う通りなのだろうと俺も思う。

そうでもなきゃ、こんな場所にバルターが態々やってきたりはしないだろうし。


そう結論付け様としたのだが――


「そいつはどうかな」


「ん?」


「バルターの他に、別の人間の匂いも混じってる」


「別の人間の匂いが混じってるって、一緒に行動してる人がいるって事ですか?」


「ああ、それもこりゃ女で――子供の匂いだ」


匂いから、性別や年齢も分るのか。

凄い嗅覚の制度だ。


それにしても……


ゾーン・バルターが女の子と一緒に行動している。

それもこんな険しい場所で。

彼一人ならともかく、それはどう考えても不自然極まりない状況だ。


「女の子のお弟子さんとかじゃないんですか?」


「ううん、それはないわ。父は弟子は取らないって事で有名だから」


ベニイモの言葉に、エンデが首を振って答える。

まあ関係が良好じゃなかったとはいえ、流石に父親に弟子がいたかどうかぐらいは彼女も知っているだろう。


「となると、じゃっかん不可解な行動と言わざる得ませんね。まあ娘さんの前で言うのもあれですけど」


フロムの言葉に、エンデがお気になさらずにと返す。


「まあですが、それは気にしても仕方がないでしょう。我々の目的は聖地へ向かう事で、バルター氏の足跡調査ではないんですから」


フロムの言う通りだ。

確かにバルターの事は若干気にはなるが、俺達の目的はネサラ達の護衛である以上、不必要な詮索は私的な勘繰りでしかない。


「そうですね。先に進みましょう」


ゾーン・バルターの事が引っかかりは下が、俺達は気にしない事にして先に進む。

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