第60話 決勝戦

「さて……」


ゾーン・バルターがゆっくりと剣を構える。

力みのない、自然体に近い構えだ。

全くスキが見当たらない。


その構えだけでその剣の技量が伺える。

技術勝負で彼を制するのは、まず不可能だろう。


ま、だからステータス上げの装備をした訳だが……


劣った技量は力でねじ伏せさせて貰う。


「胸をお借りします」


俺は一声かけてから一気に突っ込んだ。


「――っ!?」


バルターも俺とタロイモの試合を見ていたのだろう。

だが今の俺はそれよりも早い。

想定していた物を超える俺の動きに、彼の目が大きく見開かれた。


「くっ!」


俺とバルターの剣が交差する。


ベニイモとの戦いでは、その攻撃を全て完璧にいなしていた。

にも拘らず、彼は俺の攻撃を正面から受け止める。

いや、受け止めざる得なかった。


彼が俺の速度に対応しきれていない証だ。

そしてそれはパワーも同じ。


「はぁ!」


力に押されてバルターが僅かに体勢を崩した。

俺は剣を素早く引き、彼が立て直す隙を与えずに剣を薙ぐ。


「ぐぅっ!」


攻撃を受け止めきれず、バルターの足裏が武舞台上を削りながら滑って後退する。

倒れず堪える辺り、流石だと感心せざるえない。

だが――


「ふっ!」


体勢の崩れたバルターとの間合いを一息で詰め、相手に立て直す間を与えず俺は追撃を仕掛けた。



◆◇◆◇◆◇◆


名門バルター家。


――その家に、俺は落ちこぼれとして生まれて来た。


理由はクラスだ。

市民という、およそ戦闘には向かない性質を持つクラス。

武を誇りとする名門貴族にとって、それは救い様のないゴミの証となる。


「この子では駄目だな、次の子に期待するしかない」


両親は俺に何も求めていなかった。

長子ではあったが、万一次の男児が生まれなかった場合の保険。

扱いはその程度である。


だが俺は物心ついた頃には剣を握り、その時間の大半を修練へと費やした。


弟が生まれなかった場合、自分が家を継ぐ事になる。

その時のために、自分は少しで立派な騎士にならなければならないのだ。


等という、下らない事を考えての事ではない。


自分を軽んじた家の名誉など、知った事ではなかった。

唯々、悔しかったのだ。

何も期待されず、見下される己自身が。


だから剣を握り、来る日も来る日も修練に明け暮れ続けた。

周囲の自身に対する評価を覆す。

その雪辱を晴らす為だけに。


だがどれだけ努力しても、望む結果には手が届かない。


マスタリーやスキルの有無の差はやはり大きかった。

一般クラスならともかく、ある程度スキルを揃えた上級クラスの壁を超えるのは市民と言うクラスでは難しい。


――25の時、5つ下の弟が家を継いだ。


それに伴い用意された無難な仕事を勧められたが、俺はそれを断って家を出る。

その頃にはもう、強くなる事だけが俺の生きる目的になっていた。


強くなるためには訓練は勿論の事、レベル上げが必要である。

だから俺は魔物を狩った。


平民でしかない俺が、魔物を狩るのは常に生きるか死ぬかの世界だ。

それでも俺は生き延び、着実にレベルと実力を上げて行く。


そんな無茶な生活を10年ほど続けた。

だが届かない。

望みからは遥かに程遠い現実。


自分ではダメなのか?


そんな絶望に押しつぶされそうになる日々。

だが俺は諦めず、それでも世界を放浪しながら剣を振り続けた。


そんなある日。

泊っていた宿に、実家の妹から一通の手紙が届く。


それは両親と弟が、出先で流行り病にかかって亡くなったという物だった。

そして戻ってきてバルター家を継いで欲しいと。


「出来損ないだった俺に、お鉢が回ってきた……か。年齢も年齢だ。潮時か……」


強くなりたいという思いは、当然まだある。

だが、これまで自分自身の低い限界を嫌という程痛感させられてきた。

このまま何処かで踏ん切りをつけなければ、一生叶いもしない夢を追い続ける事にななってしまうだろう。


だから……俺は断腸の思いで未練を断ち切る事を決める。


――だがそんな俺に、一つの出会いが訪れた。


無念な感情を押し殺し、暗い気持ちで王都へと戻る道中。

ガルムス山脈を越えている時の事だ。

不意に、俺の頭の中に声が響く。


『力が欲しくないか?求めるならば、我がもとに来るがいい』


と。


同時に、その声の主がいる場所も頭の中に入って来た。


俺を誘う声。

しかも望んだ願いを餌にした。


此方の欲望を読み取り、遠方より声なき声を届ける。

そんな真似は、通常の生物を越えた超越たる存在でなければできない。

直感的に、俺はそれがこの山脈に遥か昔に封印された邪悪な魔人による物だと察する。


普通なら、そんな邪悪な存在の声には従わないだろう。

だが、捨てようとした願い。

それに繋がる声を、俺は無視する事など出来なかった。

何故なら、そこに俺の求めた物があるかもしれないのだ。


――俺は自らの欲望を満たすべく、歩みを進める。


辿り着いたそこは、山頂付近にある祠。

祠の地下は広いダンジョンとなっており、俺は頭の中の地図を辿って真っすぐに奥へと進む。


「祭壇……」


進んだ先には祭壇があり、更にその奥には、巨大な杭によって壁に貼り付けられる人形の異形の石像――魔人が存在していた。


「来たぞ。俺に力を寄越せ」


『いいだろう。ただし、代価は頂くがな』


「何を支払えばいい」


魔人が何らかの対価を求めて来るだろう事は、当然分かっていた。

邪悪な存在が、善意で誰かに力を与えるなどありえない。


『生贄だ。人の命を祭壇に、我に捧げろ』


「いいだろう」


返答に迷いはない。

生贄など――他人の命などいくらでもくれてやる。

それで力が得られるというのならば。


『くくく、話が早くて助かる。だが、良いのか?私が何故生贄を求めているのか聞かなくて』


「不要だ」


大方、自身の復活でも企んでいるのだろう。

聞くまでもない事だ。


もし魔人が復活すれば、多くの血が流れる事になるのは疑いようがない。

善良な人間なら、きっとそんな真似は決して許さないだろう。


だが私は力が欲しかった。

誰よりも強くなりたかった。


自力でそれがどうにもならないというのなら、その先に破滅が待っていようと迷わず手を伸ばすだけだ。


――この日、俺は力を手に入れる。


他人の命いけにえと引き換えに。


◆◇◆◇◆◇◆


力を手に入れ、誰よりも強くなったはずだった。

だが俺は、まだ成長途中の幼い勇者に敗れてしまう。

それはまだ、なんとか我慢できた。


相手は世界に選ばれた存在だと、無理やり飲み込んだのだ。


だが――


「何と言う事でしょう!正に大波乱の結果!!」


会場にアナウンスが流れる。

連合戦技大会決勝戦。

その勝者を称えるアナウンスが。


そこで呼ばれた名は――


「決勝戦の勝者はアドル選手!!!」


――俺の名ではなかった。


そう、負けたのだ。

今俺は武舞台に無様に倒れ、空を見上げて動く事すら出来ない。


――悔しい。


そんな思いが俺の胸中を暗く、冷たく満たす。


俺を倒した勝者は、まだ成人すらしていない少年と呼べる様な相手だ。

しかも、俺と同じ市民のクラス。


以前ゼッツが次代のゾーン・バルターと絶賛していた時は、話半分に聞き流した相手。

だが初めて会った時。

目があった瞬間、彼が強者だと俺には一目でわかった。


その時から嫌な予感はしていたのだ。

そしてその予感は今日この日、現実となる。

俺の敗北という形で。


――悔しい。


俺は弱い。

人道を踏み外してまで力を手に入れたというのに、俺はいまだに弱いままだ。


……もっと。


……もっとだ。


……もっと大きな力が欲しい!


「覚悟を……決める時が来たようだな」


俺の呟きは、会場に響く大歓声にかき消される。


例えそうでなくとも。

この声を聴く者は。

敗者の言葉に耳を傾ける者はいないだろう。


……魔人を復活させる。


魔人は復活にまでこぎつければ、更なる力を俺に与えると約束している。

現状にある程度満足できていた時は、そこまでするつもりはなかった。

だが今は違う。


同じ市民にすら劣る。

それだけは絶対に我慢できない。


俺はより強くなるため、奴を復活させる。

その結果、周囲にどれだけの被害が出ようと知った事ではない。


「贄だ……」


強固に封印されている魔人の復活には、普通の人間をチマチマ生贄に捧げていたのでは埒が明かない。

それこそ何十年もかかりかってしまうだろう。


――その過程を無視する為には、強力な力を秘めた生贄が必要だ。


そう。

例えば、強大な神龍の血を色濃く受け継ぐ様な人間の生贄が。




―――――――――


『ブラック企業務だった前世に懲りて転生先で俺はスローライフを望む~でも何故か隣の家で生まれた幼馴染の勇者が転生チートを見抜いてしまう。え?一緒に魔王を倒そう?マジ勘弁してくれ~(白)』ってタイトルで14話から分岐した話も新作で上げているので、もしよかったらそっちも見て貰えると嬉しいです><


そっちでは勇者ソアラが死なない流れになっています。

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