第53話 雇用

大陸西方部にはベルウス連合という、獣人達の国がある。

基本的に獣人達はそこから外に出て来る事が少なく、他国でその姿を見るのは稀な事だった。


――獣人には、大きく分けて3つのタイプが存在する。


瞬発力が売りの豹タイプ。

パワーに優れる狼タイプ。

そして、飛行能力を持つ隼タイプだ。


獣人達にはタイプ毎に王家が存在し、それらを一つに纏めた物がベルウス連合となっている。


「つまり……俺達に護衛を依頼したいと?」


ベルウス連合は二十年に一度、三つの王家の中から最も力のある者が連合のトップに立つのが決まりだそうだ。

そしてネサラはベリウス王国三大王家の出であり、次期連合主にあたる人物らしい。


そんな人物が連合の外にいるのは、連合主になる為の儀式――聖地巡礼の為だった。


「ええ、外で人を雇う事自体は禁じられていませんので」


豹タイプのネサラと行動を共にしているガロスと、長身の優男――フロムは、それぞれが狼タイプと隼タイプの次期国王となる人物だ。


連合主の聖地巡礼には、それぞれの次期後継者が付き従うのが決まりらしく、それ以外の共や護衛を付ける事は出来ない事になっていた。

それは後継者達の実力が十分である事を、連合内に知らしめる意味があるためだ。


ただし、何故か外部で人を雇う事は許されている。


彼らは食後、俺達を護衛として雇いたいと言ってきた。

俺が一目で小柄なネサラの実力を見抜いたため、フロムは俺達が相当な腕をしていると判断した様だ。


ま、実際その判断は間違っていない訳だが。


「そう言うの、冒険者ギルド辺りで専門の人間を手配して貰った方が良いんじゃ?」


とはいえ、いきなり護衛を頼まれても正直困るというのが本音だ。

明日からの大会に出るつもりだし、彼らには悪いが、冒険者ギルドにでも依頼しろと俺は勧める。


「それでやって来たのが、さっきの雑魚共だ」


ガロスが腕を組み、不機嫌そうに口を開く。


「こちらとしては、ギルドに腕利きを頼んでのですがね。困ったものです」


どうやらさっきのは、珍しい獣人だからと絡まれて喧嘩になったわけではない様だ。

依頼で揉めてああなった訳か。


「という訳で、我々の依頼を受けて頂けませんか?勿論十分な報酬はご用意しますので」


「悪いんだけど、俺達は連合戦技大会に出るつもりなんだ。だから――」


「それなら問題ありませんよ。私達もガロスが大会に出る予定なので、出立はその後の予定になってますから」


「ゾーンの奴に、借りを返さねーとならないからな」


そう言うとガロスは右手の拳を左掌に打ち付け、不敵にニヤリと笑う

彼は5年前の大会でゾーンに敗れているので、そのリベンジを狙っている様だ。


「期間は2週間程と短めですが、是非お願いできませんか?」


2週間か。

長期だとあれだが、まあそれぐらいの短期間なら別に付き合っても構わないだろう。


「分かりました。受けます」


「おお!ありがとうございます!」


「それで……俺達は何から貴方方を守ればいいんですか?」


彼らは腕に覚えがあり、これまで護衛を付けて来なかった。

そんな人達が腕の立つ護衛を雇おうとしてるって事は、3人だけでは対処出来ない様な厄介事が想定されたからに違いない。


「ははは、流石に鋭いですね。実は次に向かう、我ら獣人の聖地に少し問題がありまして――」


彼らの次に向かう聖地は、ファーラスの首都から東にある険しい山脈だそうだ。

そこはガルムス山脈と呼ばれ、遥か昔に魔人が封印されたと言われている地だった。


子供の頃、魔人の事が書かれた本をソアラと一緒に読んだ事を思い出す。

あの時彼女は「復活したら大変だから、私とアドルで悪い魔人をやっつけよう!」そう息巻いていた。

懐かしい思い出である。


「魔人の復活が懸念されると?」


どうやらここ最近、山脈に住み着く魔物達の数が極端に増え、更にその強さも大きく増して来ているらしい。

フロム達はその点から、魔人の復活を懸念している様だった。


「ははは、まあ無いとは思うんですけどね。ただ可能性が0ではないので、警戒しておくに越した事は無いかと思いまして。何せ本当に出てきたら、我々3人だけでの対処は難しいでしょうから」


「成程。あくまでも、保険で雇いたいと」


「ええ。勿論魔人が現れなくとも、ちゃんと報酬は全額お支払いしますのでご安心ください」


「報酬の件なんですが、無料で結構ですよ」


2週間の護衛で入る金額など、たかが知れている。

それなら、出来れば別の物を報酬として貰いたい。


「え!?」


「ただ……もし魔人が本当に出てきた場合、倒した魔人の遺体を頂けますか?」


魔人という存在の事は、実はよく分かっていない。

だがもし魔物に近い存在ならば、制作用の高級素材が手に入る可能性が高いと俺は踏んでいる。

少し賭けにはなるが、ちょっとした報酬を貰うよりもそっちの方が遥かに有意だ。


「魔人の遺体を……ですか?」


フロムがポカーンとした顔で聞いて来る。


「ええ、なんらかの素材として使えるかもしれませんから」


「ぷ……はははははは!こいつはいい!!」


急にガロスが大笑いしだした。

一体何が面白いのだろうか?


「出てきたら魔人を倒すってか?相手は、伝説の英雄達でも倒しきれなかった化け物なんだぜ?」


ガロスはまるで、倒す事なんて出来ないと言わんばかりの口調だ。

まあ伝説に残る程の相手なので、勿論俺も簡単に倒せるとは思っていない。

だがそうなると、話はおかしな事になる。


何故なら――


「出て来た魔人を倒すために、俺達を雇うんじゃ?」


魔人が倒せないと諦めるのなら、俺達を雇う意味がないからだ。


「我々には、魔人が出た際の備えがあるのですよ」


「備え?」


「一時的に魔人を封印する、結界の様な物だと思ってください。ただそれを使うには、少々時間がかかりまして。しかもその間、私達3人は真面に動く事も出来ません。ですから護衛を雇うのは、その切り札の為の時間稼ぎという意味が大きいです」


「成程」


倒すためではなく、純粋な護衛を求めていた訳か。

だから俺が討伐前提で話した事を、ガロスが馬鹿笑いしたのだろう。


「分かりました。じゃ、まあ報酬は普通に頂くって事で」


魔人を封印なんかヤダ!

俺は倒して素材を手に入れるんだ!


と言いたい所だが、そんな我儘で他人を危険な目に会わせる訳にはいかない。


ので、魔人が出てきた場合は護衛終了後に討伐に向かう事にする。

結界に穴をあけるマジックアイテムもあるしな。

何だったら護衛中に出て来なかったとしても、封印を探し出して倒すのもありだ。


「よろしくお願いします」


フロムが此方に左手を差し出す。


「こちらこそ」


俺はその手を握り返した。

契約成立だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る