第52話 揉め事
連合戦技大会はドラクーン王国の首都で行われる。
5年に1度執り行われるこの大会に、街ではパレード等のイベントが開催され完全にお祭り騒ぎだ。
そんな騒がしい街中を、俺達は特に当てもなくぶらついていた。
大会の開催は明日で、既にその登録は済ませてある。
なので今日一日は祭りを楽しむ予定だ。
まあただエンデは居ない。
彼女は実家――正確には首都用の邸宅――の方へと、顔を出している。
「相変わらず凄い賑わいです」
「ベニイモ達は2回目だっけ?」
騎士学校に入学した年の手紙に、戦技大会の事が書いてあった事を思い出す。
「はい!その年の優勝者はゾーン・バルターさんでした!」
「あいつか……」
俺の脳裏に、殺気を纏った男の姿が浮かぶ。
なぜ彼はあの時、あんなに殺気立っていたのだろうか?
それが気になる。
……ま、考えても仕方がないか。
「ゾーン・バルターは前回前々回共に優勝してるんで、3連続優勝って奴です」
「つまり、俺の最大の敵はゾーン・バルターって事になるな」
とは言え、まず負ける事は無いだろうが。
何せ今の俺はレベルが100を超えている。
レベル70代のソアラに負けた相手に、多少制限があるくらいでは後れを取る事はないはずだ。
「ん?」
その時、俺のスキル【察知】が発動する。
感知した位置は、ここから少し離れた場所だ。
……たぶん俺達には関係ない物だろう。
このスキルは敵意や殺意に反応する物だが、それは必ずしも俺を狙った物だけに限られている訳ではない。
要は他人の喧嘩なんかにも反応してしまうのだ
「師匠?どうかしましたか?」
「ああ、いや。察知が揉め事に反応してしまったみたいでさ……悪いけど、ちょっと付き合ってくれ」
俺には関係ない事ではあるが、気づいてしまった以上放っておく訳にもいかない。
只の喧嘩ぐらいならいいが、最悪人死にが出るかもしれないからな。
俺は場の流れを読み、人込みをすり抜ける様に反応の有る場所へと足早に向かう。
「ちょ、ちょっと!師匠待ってください!」
ベニイモ達は少し苦戦している様だが、まあそこまで離れていないので問題ないだろう。
俺は気にせずガンガン進んでいく。
「てめぇ!」
人垣。
大勢が遠巻きにする輪の中――食事処の前で獣人と人間が争っていた。
――獣人。
この世界には獣人と呼ばれる種族が存在していた。
その姿は殆ど人間と変わりなく、ファンタジーとかで見る尻尾や獣耳の有る人間を思い浮かべて貰えばいいだろう。
「ふむ……」
獣人は3人。
それに対して、人間側は10人近くいる。
しかも全員武器を手にして殺気立っていた。
ぱっと見、獣人達が危険な状態と言えなくもない。
だが――
「まあ、手助けは必要なさそうだな」
斬りかかる人間を、獣人の一人が軽くいなす。
その動きから、大人と子供以上の実力差が見て取れた。
仮に100人いたとしても、獣人側が負ける心配はないだろう。
そして獣人側からは殺気が一切出ていない。
ここで俺が態々介入しなくても、人死にが出る心配は無さそうである。
「追いつきました……って、喧嘩ですか」
「ああ、そうみたいだ。まあもう終わるけど」
立っている最後の一人が、獣人に軽く殴られ気を失う。
ぱっと見、酷い怪我を負っている人間はいない。
獣人側がかなり手加減していた証拠だ。
「あれは……獣戦士ガロス」
「ん?あいつの事知ってんのか、タロイモ」
「前回大会で、ゾーン・バルターと決勝戦で優勝争いした人です」
「負けはしましたけど、滅茶苦茶強かったですよ!」
「ふーん」
かなり腕が立つ様だ。
けど――
「でも3人の中じゃ、あの背の小さな子が一番強そうに見えるけどな」
獣人は3人。
筋肉質で一番ガタイのいいガロスという男に、細身の優男風の奴。
そしてローブのフードを目深にかぶって、顔の見えない小柄な獣人の3人だ。
俺の見立て――というかこれは完全に勘だが、恐らく小柄な獣人がこの中では一番強い。
「っと……」
小声で話したのだが、どうやら獣人は耳が良い様で、俺の言葉が聞こえてしまった様だ。
ガロスという男に強く睨まれた。
彼はそのまま、此方へと大股で近づいて来る。
「おい小僧。てめぇ何者だ?」
ガロスが俺の胸ぐらを捕み、凄んで来た。
小柄な人物より弱そうって言われただけで、いくら何でも怒りすぎだろ。
気の短い奴だ。
「師匠!?」
「師匠から手を離せ!」
イモ兄妹が殺気立つが、俺はそれを手で制した。
まあここは謝って穏便に済ませるとしよう。
「俺は只の冒険者さ。失言に腹を立てたんなら謝るよ」
「別に失言じゃねーよ。実際、俺よりネサラ様の方が強いからな。問題は、何でそれをテメーが知ってるかって事だ」
敬称を付けて呼んだって事は、ガロスにとってネサラという人物は尊ぶべき存在にあたるのだろう。
どうやら怒りを買ったというよりも、勘が当たった事で相手を警戒させてしまったと言うのが正解の様だ。
地雷を踏むって奴だな。
「いや、只の勘なんだけど……」
「ああ?そんな言葉を信じると思ってんのか?テメー誰の回し者だ」
そんな事言われても、本当に勘なんだがな。
だからそこを否定されると、話が全く通らなくなってしまう。
めんどくさい事この上なしである。
「ガロス、よしなさい。その人からは嫌な感じはしません。本当に勘なのでしょう」
高い澄んだ声。
ネサラという人物は、どうやら女の子だった様だ。
「分かりました」
彼女の言葉に、ガロスが俺の胸ぐらから直ぐに手を離した。
どうやらネサラと呼ばれる少女の言葉は、彼にとって絶対の様だ。
「悪かったな。坊主」
「いえ、気にしないでください」
少々釈然としない物はあるが、余計な揉め事に発展せずに済んだので良しとする。
揉めても良い事なんて何もないからな。
「連れのお詫びと言っては何ですが、丁度お昼時ですし、よければ我々に食事を奢らせてはいただけませんか?」
長身の優男が、柔和な笑顔で食事を奢ると言ってきた。
一見人当たりが良さそうには見えるが、ガロスの行動を止める素振りも見せなかったあたり、印象通りの人物ではないだろう。
「いや、そこまでしていただかなくても大丈夫ですよ」
「いえいえ、是非お奢らせてください。ささ……」
優男が俺の肩に手を回し、食事処へと誘導しようとする。
その行動から『何が企みでもあるのだろうか?』と、そんな風に勘繰ってしまう。
とは言え、強引に振り払って断るのもあれだ。
まあ変な話をしてきたらバッサリ断ればいいだけの事だし――
「分かりました」
とりあえず御馳走になるとしようか。
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