第10話港の時間

「先生、先程技術船が来航するであろう船着き場の方を見ました」


 時間があったので私は早速先生に先ほど見たものを報告した。


 「僕もちらりと見たよ。日野君はどう思った」


 「どう思った…ですか。私はちょうど今朝の話を思い出して、仮に何かしらを狙う犯人がいたとしても私には分からないというか、防ぎようがないように思えました」


 「ふむ。それは何故かな」


 先生は私の漠然とした回答にきちんと根拠をつけろと指摘した。しかし、私の考えはそもそもが漠然としたものであり、具体的にどうか言われると困るのだった。


 「例えば、簡易的な仕切りであれば乗り越えられますし、大勢で来られたらそれこそ数うち当たるといいますか、十人のうち一人でも事を成し遂げられれば組織的には成功したことになります。そうなれば最悪…」


 私は先生の質問に答えるためにあまり賢くはない答えを出してしまった。


 「人海戦術か。考えらえなくもないけど、それほどの価値があると事前に分かっているものじゃないとやりづらいだろうね。特に今回は技術船としか公表されていない。恐らく、ここの横浜港で働いている人間でさえ何が来るのかその実体を知っている人間は一握りなんじゃないかな」


 「そうですよね…」


 「それに、あそこにいた彼らが正式な着物を着ていたのは見たかな?あれはイギリスの技術船を迎えるための衣装でもあるんだけど、それと同時に踏み絵の役割を果たしている。あれは僕の記憶だと、限られた人間しか着ることのできないものだし、お互いにそれらを身に纏う人間の顔を認識しているんだ。だから、着物を盗んだところですぐにばれてしまうから犯罪の抑止には十分効果があると思うよ。犯人が隠れて忍び込むことは相当難しいだろうね。それに、彼らは着物を着ているから分からないようになっているけど、袖の下の膨らみと重量感は政府の新しい小型拳銃が仕込まれてるよ。相当重要な技術が今回渡って来る可能性があるね。だから、反政府組織にそれが分かる人間がいたら、日野君が言うように飽和攻撃ををしてでも奪いに来るかもね。……まぁ、普通は何も起きないんだけど」


 先生は私の出した答えを最終的には否定せずにあらゆる可能性を示唆するにとどまり、抜かりなく最後には何も起きない可能性もしっかりと付け加えた。


 私も先生も普段から探偵という仕事を生業にしている関係上、事件は起きるものだと仮定して考えてしまうのは職業病なのかもしれない。


 その所為か私は今朝からイギリスの技術船に関して何かしら起きるのは前提で考えてしまっていた。防犯意識的には最悪の状況を常に想定しておくのは理にかなっているのかもしれないが、常に何か起きるわけでは無いというのは頭に入れておかないと生活が窮屈になってしまう。


 その点先生はあらゆる状況を想定しつつも、何も起きないという、言ってみれば一番可能性の高い選択肢をきちんと頭に残しているところは私と大きく違うところである。


 一般人の価値観で言えば何か起こると常に考えているほうが危篤な状態である。


 「何も起こらないことを願ってます」


 私の先生の言葉に対する相槌を持ってこの会話はお開きとなった。



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