ムサシノにてハロウィン演舞~カボチャの中身はスタッフが美味しく頂きました~
広畝 K
身構えているときには、KUKAIさんは視えないものだ
時代はレイワ。
その三年目、十月が始まってから三十一日目。
そう、ハロウィンである。
国際連邦同盟におけるニホン支部。
その管轄区域の一であるムサシノ・ミタカ合同市が抱えるイノカシラ恩寵公園にて、大規模なデモが開かれたという宣告があった。
「これは、祭りであって祭りではない」
かつて弘法大師と称えられたクーカイ・サエキはその身に溢れる神通力をもってニホン列島の各地を巡って神水を地より湧かせて弱き人々の飢えと渇きを癒し、知人の伝手を通して時の政府に陳情し、国家全体の生活を豊かにせんと欲したと言う。
「それに比べて、今の時代はどうだ?」
少数の上位層が世界全体の富を九割抱え込み、残る一割は中位層以下の多数が少ない牌を奪い合っている。
奪い合っている元気がある者は、まだ良い。
その権利すら無い者は宇宙空間の彼方に棄民として放逐され、小惑星型居住区域に詰め込まれ、我慢を強いられているのだ。
「地上に存在している我々は、宇宙に捨てられた同胞の分まで抵抗の意志を発信し続けなければならない」
「貴方の仰りたいことは、分かるつもりです。でも――」
なんでカボチャを?
公園の入り口で渡された大きなカボチャの頭(※成人男性の頭がすっぽりと収まるくらいには巨大なのだ)を僕は持て余しながら、先導してくれる案内の人に対して問うた。
問いに対して、案内の人は振り返らぬまま「ああ」と応える。
「今日は世界的な祭日なんだよ。君はジャック・O・ランタンを知っているかい?」
「知っています」
実は知らないが、見栄を張っておく。
剥がれない見栄は張っておいて損は無いのだ。
実のところ、僕はそれをカボチャのお化けだということくらいしか知らないが、相手はそれをツッコむことなく勝手に詳しい説明をしてくれるだろうから。
「そうか、知っているなら何も言うことはない」
当ては外れてしまったが、特に問題はない。
やるべきことは分かっているのだ。
連邦に対する抵抗の意思を全世界に示す。
そのために僕は小遣いを使って夜行バスに乗ってまでして、この大規模デモに参加を表明したのだから。
両手に乗せていたカボチャ頭をゆっくりと被ると、臭い消しなのだろう香料が微かに甘く鼻をくすぐる。
右耳の辺りに付いているスイッチを軽く押し込むと、カボチャに配線されている電灯が淡い橙光を発した。
陽が落ちて、辺りが薄暗いことも相まって、僕の姿は闇夜に溶け込むカボチャのお化けに見えるだろう。
それこそ、先ほど案内の人が言った通りのジャック・O・ランタンそのものに。
「よく似合っているよ」
そう言って褒めてくれる案内の人こそ、カボチャ頭がよく似合っていた。
目元と口許の空洞には橙色の光が満ち、燃え盛る焔の如き強い意志を感じさせる。
――いや、これは……!
強い意志は、案内の人だけからは感じない。
むしろ周辺から幾つも、無数に感じられる。
軽く辺りを見渡してみれば、そこには数多の眩い意志が強く光り輝いていた。
闇夜を照らし、たとえ太陽が地に堕ちようとも、我々こそが陽の光となって地上を照らすのだと。
宇宙をも照らして、人の強い心の輝きを見せてやるのだと。
人々の意志が一所に集まって飽和しているのを感じ取った僕の心には、嘆きとも憤りとも分からない感情が芽生えていた。
名状し難く衝撃的なその強い感情が、心臓より圧し出された血液に乗って身体中を駆け巡り、確かな鼓動を刻んだ瞬間のことだった。
濃紺に染まった空に、鮮烈なる光の花が咲いた。
咲き散る儚さに浸る間もなく、閃光は次々と空を華やかに彩っていく。
――さあ、時間だ。
無意識の内に呼吸を整え、両手を膝元からゆっくりと頭上へと掲げてゆく。
そして頭上から両肩へ、そして腰元へと流れるように、手の平を緩やかに動かしてゆく。
その動きに、僕の意思は全く介在していない。
恐らく、この場にいる誰もがそうだろう。
誰もが無意識のうちに、好む動き・嫌う動きを選択することすらなしに、天然自然のあるがままに、一体感のある動きを演出しているのだ。
――怖がる必要は無い。人々の意志を信じ、その輝きに身を任せるのだ。
案内の人の意志が、心の中に浮かび上がってくる。
いや、案内の人の意志だけではない。
周りの人たちの意志も、公園中にいる人たちの意志も、言葉にこそならないものの感じ取ることができている。
人の心の温かさによって、強い感動によって、自分の目から涙が溢れているのが分かる。
ぼやけた視界に映るのは、輪郭の無い橙色の連なる光だ。
光の一粒一粒に人の心の温かみが感じられ、魂が感じられて、この世界に漂いつつも流れを生み出し、時代の波を作り出していることが理解できる。
光は、命なんだ。
命は、力なんだ。
一人一人が力の使い方を知ることで、命は、光は、その行くべき先を見出すことができるに違いない。
この世界の何処にも行くことなく、誰を迎えることもなく、誰に迎えられることもなく、いつまでも荒れ果てた地を裸足で彷徨い歩く必要がなくなるに違いない。
いつかは、地裂から湧き出た水を見つけられるに違いない。
夜空を見上げれば、そこには数多の輝きたる――
「逃げろ!」
唐突に腕を強く引っ張られ、バランスを崩して地面に転がった。
カボチャ頭は外れることなく、しかしそのお陰で頭を強く打つことはなかったようで、意識ははっきりしている。
さっきまで何を考えていたのか少しも分からないが、少しばかりの寂寥が心に微かに残っていて――
「案内人さん!?」
僕の感情は現実の光景に引き戻され、目の前に倒れる案内人さんの後頭部に目が行った。
拳大より少し小さい程度の石が、石の破片が、後頭部に強くめり込んでいる。
破片と頭部の接触部からは液体が滔々と湧き出しており、色彩から見るにそれは恐らく血液が流れ出ているのだろう。
それも、極めて大量に。
――もう、助からない……!
目の前にいる人が、人ではなくなり、物体となっている。
その事実に打ちのめされるよりも早く僕の思考と感情は逃避を開始しており、現在の状況を理解しようと努めていた。
悲鳴が聞こえる。
怒声も聞こえる。
爆発音と、何かの燃える音も聞こえる。
いったい何が、と考えるまでもない。
「連邦軍の攻撃だ……」
爆発音で神経が幾らかイカれたのか、感覚があまり働かない。
目も耳も鼻も、霞んでぼやけて鈍っている。
感情もあまり動かず、パニックを超えて麻痺しているからか、冷静の心地にある。
それでも、と言うべきか。
だからこそ、と言うべきか。
僕はその光景を、その一瞬間を、決して忘れることはないだろう。
地面に向かって機銃で掃討をかけていた連邦軍の機動兵器群を一蹴した、戦火に煌めくその機体を。
ムサシノにてハロウィン演舞~カボチャの中身はスタッフが美味しく頂きました~ 広畝 K @vonnzinn
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