シーン6-2/山賊団、再び

 チュートリアルゼノディーチェ同盟の各々が装備や所持アイテムを確認する音が、洞窟内に響く。

 そんな中で俺の視界の端に、所在なさげな様子のクルトに歩み寄るお頭さんの姿が映った。


「ヘッヘッヘ。坊主――クルトって言ったか。ちょいと教えておく事がある」

「お、俺に……?」

「ヘッヘッヘ。護身用の武器の使い方さぁ。まずはこいつを受け取りな」


 お頭さんは腰帯の後ろに挟んでいた短剣を取り出し、クルトに手渡す。横目で確認してみれば、明らかに山賊団が使っている武器より質の良い物だとわかった。

 どうやら短剣を受け取ったクルトもそれに気付いたらしい。驚きと疑問の混ざった表情を浮かべ、お頭さんを見上げている。


「山賊のおじさん、これ……」

「ヘッヘッヘ。言っておくが盗品じゃねぇぞ。俺の……昔の相棒さ。手入れはしてたから、問題なく使えるはずだぜ」

「ヒッヒッヒ……いいんですかい、お頭?」

「フッフッフ……その短剣、魔法の効果まで付いてるってのに」

「ヘッヘッヘ。いいのさ、どうせ俺にはもう使えねぇ。その分、せめて有効活用していかないとなぁ。

 さて坊主、短剣の使い方はわかるか?」


 お頭さんの問いかけに、クルトは首を横に振って応じる。


「ヘッヘッヘ、そうかい。そういや冒険者を目指してるんだったか? 短剣は覚えて損しないぜ。立ちな、使い方を教えてやるよ」

「あ、うん……よろしくお願いします」

「ヒッヒッヒ。相変わらず面倒見がいいねぇ」

「フッフッフ。世話焼き上手のお頭さんだもんなぁ」

「ヘッヘッヘ。うるせぇぞ野郎ども」


 軽口を叩き合いながら、お頭さんはクルトに短剣の握り方からレクチャーを始めたようだ。あの様子なら任せておいて問題ないだろう。

 装備の点検に戻る俺の耳に、お頭さんとクルトの会話が聞こえてくる。


「ヘッヘッヘ。持ち方は覚えたな? そんじゃ、次は実際の使い方に入るか。

 まず大前提として、お前さんは戦わないのが一番だ。鍛えてねぇ奴が武器を使っても魔物とは戦えない。逃げられるなら全力で逃げろ。戦闘は最終手段だ」

「わ、わかったよ……でも、どうしても戦わなきゃいけない時は……?」

「ヘッヘッヘ……そうなったら、短剣は振るより突き込んで使いな。お前さんの体格で短剣を振ったところで、重さと勢いが足りずに威力が出ねぇ。獣と戦う時、刺突で狙うべき場所はわかるか?」

「狙う場所? えーと……当てやすい胴体、とか……?」


 首を傾げながら答えるクルトに、今度はお頭さんが首を横に振っているようだ。


「ヘッヘッヘ。それも大事な考え方だが、今のお前さんが狙うべきは胴体じゃねぇ。敵の顔面だ。

 獣の顔面には柔らかい部位が集中してる。眼、口、鼻、耳とかな。そういう部位に攻撃を当てられれば御の字。当たらなくても、顔を狙われりゃ大体の生き物は慌てて避けようとする。

 敵を怯ませ、隙を作り、少しでも逃げられる可能性を上げる事。忘れるなよ」

「なるほど……わかったよ、山賊のおじさん」

「ヘッヘッヘ、素直な生徒は嫌いじゃないぜ。だが、わからねぇな。山賊の教えでも聞ける坊主が、なんでそこまで意地になって冒険者を目指す?」

「……それは……」


 洞窟に満ちる、一瞬の沈黙。気付けば誰もが、クルトとお頭さんのやり取りに耳を傾けていた。


「冒険者になって、旅に出た父ちゃんを探したいんだ。せめて、遺品だけでも」

「……そうかい。親父さん、帰らねぇのか」

「うん。旅に出るって言ったきり、何年も便りがなくて……生きてるのか、死んでるのかもわからない。

 俺を気遣って口に出さないけど、お祖父じいちゃんも母ちゃんも、きっと心のどこかで覚悟はしてると思う。俺はまだ子供だけど、この歳になればそれくらいわかるよ。

 でも俺だって父ちゃんの家族だ。家族がどうなったのか、自分自身で確かめて納得したいんだよ」

「そうか……軽い気持ちで訊く事じゃなかったわな。すまねぇ、クルト」


 クルトに向けて律儀に頭を下げてから、お頭さんは俺達に向き直る。


「ヘッヘッヘ。なんだよお前ら、しんみりしやがって。これからクマモノを仕留めるんだぜ。しゃきっとしな!」

「ヒッヒッヒ。お頭の音頭は効くねぇ」

「フッフッフ。切り替え上手のお頭さんだからなぁ」

「ヘッヘッヘ……あんちゃんとねーちゃんも、装備の点検は大丈夫か?」

「……ええ。バッチリよ!」

「ああ、俺も問題ない。いよいよクマモノと戦闘か……やるぞ、みんな!」

「ヒッヒッヒ! おうさ!」

「フッフッフ! おうとも!」

「ヘッヘッヘ! おうともさ!」

「気合い入れていくわよ! ところで……あんた達のその笑い声ってなんなの?」


 ツッコんだ! 俺も気になってたけど空気を読んで触れずにいたのに!


「ヒッヒッヒ……気になるかい?」

「フッフッフ……気になるよなぁ?」

「ヘッヘッヘ……だが今は語るべき時じゃねぇなぁ。無事にクマモノを倒した後で、じっくりたっぷり教えてやるさぁ。

 そんじゃ行くぜ、野郎ども! チュートリアル山賊団、出陣だ!」


 威勢のいい掛け声と共に、洞窟の外に出ていく山賊団。クルトと共に彼らの後ろに続きながら、俺とディーチェは顔を見合わせていた。


「今の死亡フラグじゃね……?」

「雑にフラグが立った気配がするんだけど……どうしてもって時は、《運命のダイスロール》でフラグブレイクに挑戦しようかしら」

「いや、それはガチの最終手段で頼むな……?」


 クマモノとの決戦は近い。果たして何がどうなってしまうのか……俺の胸中には、大きな不安感が色濃く広がっていた……。

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