シーン5-2/山のならず者

「グルォオオオッ!」


 背筋が凍るような咆哮と共に、巨大なクマがクルトに向けて腕を振りかぶる。鈍く輝く爪の先には、魔力の光が纏わり付いていた。

 直後、クマの頭上に表示される命中判定のダイスロール。判定可能なデータを持つエキストラではないエネミー、それも魔力に侵蝕され魔物化し、凶暴性が増した野生動物に間違いないだろう。


【物理行動力】判定/難易度:自動成功

 クマの魔物:【物理行動力】+2D6 → 7+8[出目4、4] → 達成値:15 → 成功


 対するクルトの頭上には、やはり回避判定のダイスが表示されない。このままでは攻撃が命中し、下手をすればエキストラであるクルトが一撃で死亡しかねない。


「くそっ! 間に合え――!」


 クルトを庇って魔物の前に割り込む。腰の刀を装備する余裕などなく、咄嗟に腕を交差させて魔物の一撃を受け止めようと身構える。

 カバーリング。ラウンド処理において、行動済み状態になる代わりに同エリア内の対象が受ける攻撃によるダメージを肩代わりする行動だ。

 戦闘によるラウンド処理が開始されていない状態でも可能かどうかは、正直賭けだったが……カバーリングが発動し、魔物の攻撃が俺を襲う。


ダメージロール

 クマの魔物:【物理攻撃力】+4D6 → 10+13[出目1、3、4、5] → 物理ダメージ:23


【HP】計算

 ゼノ:【HP】49/49 → 【HP】31/49


 ――カバーリングを行なったキャラクターは、リアクションが行なえない。つまり攻撃が直撃する。

 加えて現在の俺は武器を装備していない分、防御力が本来より若干だが低い状態。必然的に受けるダメージも大きくなる。

 結果――振り下ろされた魔物の爪が腕に命中し、力負けした俺はその場に叩き付けられた。


「がはッ……!」


 口から空気が漏れ出ると共に、爪に引き裂かれた左腕は流血し、無視できない激痛を伝えてくる。

 左腕をだらりと垂らし、震える脚に活を入れて立ち上がった俺は、背後のクルトに声をかける。


「ッ……クルト、怪我してないか?」

「ぜ、ゼノの兄ちゃん! 血が……!」

「……大丈夫だな。とはいえ、流石にマズいな……」


 仮に魔物と戦闘を発生させるとして、クルトが戦闘に巻き込まれ攻撃対象になった場合、俺は毎ラウンド行動済み状態になってカバーリングを続けるしかない。

 つまり、事実上のサンドバッグになって反撃する事ができないわけだ。

 エキストラのクルトは戦力として数えられず、ディーチェにも直接戦闘は難しい。

 可能性があるとすれば、ディーチェにカバーリングを任せて、その間に俺が魔物を仕留める事。

 とはいえ彼女を肉盾にするというのは流石に抵抗感がある上、そもそもディーチェでは魔物の攻撃にどれだけ耐えられるかも怪しい。

 一体どうすべきか――そこまで考えを巡らせた俺の耳に、聞き覚えのある声が飛び込んできた。


「ヘッヘッヘ、これでも食らいな! 必殺、名乗り上げスパイシーボンバー!!!」


 直後、俺と魔物の間で炸裂する派手な爆発。爆風に乗って鼻に響くような刺激臭も漂ってきた。


「グルォオッ!?」


 唐突な閃光と爆煙、刺激臭に、クマの魔物が顔を庇うように後ずさる。

 何が起きたのかと驚いていると、俺の右腕が背後から伸びてきたゴツく毛深い手に掴まれ引っ張られた。


「ヒッヒッヒ! ボサッとすんなあんちゃん! ずらかるぜ!」

「フッフッフ! 美人のねーちゃんも、今は俺達に付いてきな!」

「ヘッヘッヘ! 坊主の方も怪我はなさそうだなぁ。行くぜ野郎ども、撤収だ!」


 腕を引かれ促されるままに走り出す俺とディーチェ、クルトの3人。知っている……窮地に現れ俺達を助け出したこの3人組を、俺とディーチェは知っている!


「お前ら……まさか――!」

「ヒッヒッヒ! お前らまさかと言われたら、真心込めて答えます!」

「フッフッフ! おかしら、言ってやってくだせぇ!」

「ヘッヘッヘ! そのまさかよ。何を隠そう、俺達は!」


 背後で更に爆発音が響き、度重なる妨害に怒る魔物の咆哮が轟く。


「泣く子も笑う! チュートリアル山賊団だぁ!」

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