シーン5-1/山のならず者
歩く事しばらく、俺とディーチェは昨日通過した山道へと戻ってきた。今の所はチュートリアル山賊団の面々とも遭遇せず、至って安全な道のりだ。
「村医者さんの話だと、薬草の群生地は山道から逸れた先にあるらしいな」
「ふむふむ……となると、森の中を抜ける事になるわね。《運命のダイスロール》でかわいい動物さんでも呼び出してみる?」
「あ、山にいる間はランダムイベント禁止な」
「そんなー!?」
ダイスの女神になんて酷な仕打ちを、信仰心が足りてない、などと騒ぐディーチェの声を聞き流し、山道脇の森へと視線を向ける。
「薬草の群生地に行けるように、木に目印が付けられてるって言ってたけど……お、これか」
見れば、木の皮に矢印が刻まれている。その矢印の先を見れば、更にまた別の矢印が道を示していた。
「この矢印を辿っていけばいいのね。なんだ、楽勝じゃない! さっさと薬草を確保して、お婆さんに届けてあげましょ!」
言うが早いか、矢印を辿って森へと踏み込んでいくディーチェ。
「あんまり離れるとお互いを見失うからな。気を付けるぞ」
一応の忠告を伝え、俺も彼女に続いて森の中へ。まあ、目印に沿って歩いて薬草を採取するだけの簡単なクエストだ。それほど大きな危険には遭遇しないだろう。
日中ながら薄暗い森を進んでしばらく。矢印が途切れるような事も、何かの問題に遭遇する事もなく、順調な進行と言えるだろう。
「静かねぇ。風が森を通り抜ける音がよく聞こえて、どことなく風流な雰囲気を感じなくもない……そんな気がするわ」
「適当な風流だなぁ……まあでも、確かに静かだな。枝葉が風で擦れる音以外は何も……何も聞こえない……?」
森の中、聞こえるのは風と木々が発する音ばかり……不自然じゃないか? 普通は鳥や虫の声がするものでは?
静か過ぎる。思い返せば、昨日は確かに鳥の声も虫の声も聞こえていたのに。
「……嫌な予感がしてきた……」
「どうしたの、ゼノ?」
「ああ、実は――」
きょとんと尋ねるディーチェに、環境音の違和感について話して聞かせる。
「なるほど……こういう時、ゲームだとあれよね。異変に気付いた直後に問題が発生して、その解決のために奔走する感じ」
「ゲームだと、っていうか……」
「うわぁあああッ!」
そこまで会話していた俺とディーチェの耳に、誰かの叫び声が飛び込んでくる。
「……元はゲームだからな、この世界……仕方ない、行くぞディーチェ!」
「わかったわ! けどさっきの叫び声、どこかで聞いた声のような……」
来た道を逆戻りするように、叫び声の元へと向かう俺達。視線の先、木々の向こうには、黒く大きな塊が見え隠れしている。
果たして、現場に駆けつけた俺とディーチェが眼にしたのは――。
「く、来るな! 誰か助けて……!」
尻餅をついて後ずさる、見覚えのある少年――ドルフ村の村長の孫、クルト。
そして、彼から少し離れた位置で黒い体毛を逆立て、鋭い爪と牙を剥き出しにしてクルトに迫る、巨大なクマの姿だった。
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