シーン4-2/ドルフ村の手伝い

 外柵の建設現場を逃れた俺は、ディーチェの様子を確認するため村の畑へとやって来た。彼女は上手くやれているだろうか……。

 畑のある区画に近付いていくと、果たしてディーチェの騒がしい声が響いてきた。


「よっしゃー、この調子でガンガン行きましょ!」

「ディーチェさんに手伝ってもらえて助かるわぁ。おかげで年甲斐もなく張り切ってしまうものねぇ」


 良かった……何かやらかして怒られたりはしていない様子だ。ディーチェも弁えて大人しくしているなら、特に問題はなさそう――。


「次はこっちの畑ね! 陣術発動――!」

「いや何してんだよ!?」


 畑の手伝いはどこに!? 思わずツッコミを入れながら現場に駆けつけた俺が目にしたのは、畑の区画いっぱいに広がるディーチェの陣術と、その効果範囲内でやたら素早く正確な動きで畑仕事をこなす村の女性陣だった。


「こ、これは一体……」

「あら、ゼノじゃない。そっちの手伝いはもう終わったのかしら」

「こっちは……そこまで大きな問題はない。なかったぞ! ともかく、なんで陣術を畑に……?」


 唖然としながら問いかける俺に、ディーチェは渾身のドヤ顔を見せつけてくる。


「ふっふーん。決まってるじゃない! 畑仕事に慣れてない私が頑張るよりも、村人さん達の作業効率を上げる方が結果的に捗るからよ!

 見てご覧なさい、村人さん達の鋭く極まった体捌き! 私の陣術支援で【敏捷】と【器用】を強化すれば、区画単位で一気に畑仕事を終わらせられるの!」

「いやそれは……そうなのか……?」


 半信半疑ながら、ディーチェに勧められるままに村人達の様子を観察する。


「ふぉおおお! まだまだ若いもんには負けないよぉぉぉ!」

「凄い……あれが村の主婦の間で伝説として語られていた、お婆さんの剪定せんてい技術だというの……!?」

「動きが速すぎて、残像で分身してるように見えるわ!」

「なんて美しく無駄のない……素敵! 抱いてッ!」

「おやおや、私もまだ捨てたものじゃないみたいねぇ。おいで、かわいこちゃん達。手取り足取り腰取り、剪定のイロハについて教えてあげようじゃないか」

「きゃあ~~~!!! お婆さま~~~!」


 ……何これ。さっきの陣術、支援じゃなくてドーピングの間違いじゃね?

 キレッキレの動きで村娘達を骨抜きにしていくご老人と、その動きに追いすがり、更に加速していく主婦達。


「いやー、喜んでもらえて嬉しいわねぇ。支援したかいもあるってものだわ」

「……ウン、ソウダネ」

「ここの畑が最後の区画だから、これで私の手伝いも完了になるわね。あ、ちょうど作業も終わったみたい!」

「もう終わったのかよ……とんでもないな陣術ドーピング……」

「支援ですー! ドーピングじゃなくて支援ですぅー!」

「はいはい」


 しょうもない事で言い合いを繰り広げる俺とディーチェ。そこに、村娘達を両隣に侍らせ、主婦達を後ろに従えた伝説のお婆さんがやって来る。絵面が強い。


「待たせたね、ご両人。これで畑仕事もおしまいってもんさ。おかげで随分と楽しく働かせてもらったねぇ。感謝するよ、ありがとう」

「きゃ~~~! ヤバいわゼノ! お婆さんが相手なのにキュンと来ちゃいそう……私そういう趣味だったのかしら!?」

「えぇ……」


 伝説の老婆の丁寧なお礼に、黄色い悲鳴を上げるディーチェ。いやまあ、そういう趣味なのかは取り敢えず置いておこう。いちいちツッコんでたらキリがない。


「さて、今日の畑仕事はこれで解散だねぇ。おかげで時間も空いたし、今日の午後はゆっくり若い衆を可愛がってあげようか……ねぇ、子猫ちゃんたち?」

「「「きゃ~~~! お婆さま~~~!」」」

「さあ行くよ。伝説の更に向こうへ――ぅぐっ!?」


 村娘達を伝説の更に向こうとやらに連れて行こうとしたお婆さんの口から、明らかにヤバい感じの呻き声が漏れる。


「えっ。ちょっと、お婆さん大丈夫!?」

「ふぉおおお……こ、腰が……ッ!」

「さっきまであんなに元気だったのに……! どうしようゼノ……!」

「これは……ドーピングの反動、だな」

「えっ」


 驚きの声を上げるディーチェ。まあ、推定エキストラのご老体に支援かけてあんな動きをさせれば、先に肉体が悲鳴を上げるのは当然というか……。

 一先ず腰をやったお婆さんを背負い上げ、村の集会所まで運び込む。村医者さんの話によると、薬草を利用した湿布を貼っておけば大きな問題はないという。

 問題があるとすれば……薬草のストックがちょうど切れているという点だ。


「しまったな……在庫の確認を忘れていたなんて……」

「そんな! それじゃあ、お婆さまの腰は一体どうなってしまうの!?」

「いいんだよ、子猫ちゃん。これもまた、私の辿る運命というものだろうさ……ぐぅっ……!」

「お、お婆さま……ッ!」


 そんな村人達のやり取りを耳にして、俯いていたディーチェが決然と顔を上げる。


「……わかった。薬草があればいいのね。元を辿れば私が招いた結果だもの。責任を持って用意させてもらうわ……私と! ゼノが!」

「さらっと俺も巻き込むじゃん? まあ、採取に行くなら付き合うけど」

「本当ですか! ありがとうございます、旅人さん。

 薬草は村から少し離れた山に群生しているのですが、最近その辺りに山賊団が出没するようになってしまい……それもあって薬草の在庫確保に支障が出ていたのです」

「少し離れた山に出没する山賊団……」


 いやそれチュートリアル山賊団あいつらじゃん……。


「……わかりました。準備が整い次第、俺達で薬草を採ってきます。村医者さんは、引き続きお婆さんの看病を」

「もちろん。お二人もお気を付けて」

「任せてちょうだい! 採取依頼は冒険者にとって基本中の基本だもの!」


 そうして薬草の採取を請け負った俺達は、集会所から滞在していた空き家に戻り、手早く冒険の準備を済ませて村を出発したのだった。

 ……俺とディーチェに気付かれないよう、距離をおいて後を追ってくる人影の存在を知らないままに。

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