シーン2-1/運命の6ゾロ

 テーブルトーク・ロール・プレイング・ゲーム――通称、"TRPG"。

 「ルールのあるごっこ遊び」と説明される事もあるTRPGは、コンピューターでの数値処理に頼った電子ゲームとは異なり、ダイスやカードといったアナログな方法で様々な行動の結果が決定されるゲームだ。

 当然、ダイスの出目やカードの絵柄などに合わせてゲーム的な処理――ダメージの数値決定だったり、行動の成否の判断など――が発生するため、事前に参加者の間でルールを共有しておく必要がある。

 TRPGというゲームを運用するためのルール、そしてゲームの舞台となる世界観は纏めて"システム"と呼ばれ、システムが記された本は"ルールブック"と言われる。

 世の中には数多くのTRPGのシステムが存在し、それぞれの世界観の中で、数多くの冒険――ゲーム参加者が操るキャラクターによる会話を主体とした、即興性の高い物語。セッションと呼ばれる遊び――が繰り広げられている。

 現代異能、サイバーパンク、スペースオペラ、ホラー、ロボット……その他多数のジャンルの中から、TRPGのユーザーは趣味に合った世界観を選んで、そこに生きる自分だけの登場人物プレイヤーキャラクターを作り出して遊ぶ事ができるのだ。



 そしてここに、そんなTRPGにドハマりしている若者がいた。

 大須遊真。19歳男性。大学生。

 趣味はTRPG。愛用システムは、剣と魔法の異世界ファンタジーTRPG『ブレイズ&マジック』。

 外出先で交通事故に遭って死亡し、ダイスの女神の導きで転生する羽目になる――この物語の主人公である。



ルールブックルルブ、ボロくなったなぁ……」


 パソコン用デスクのすぐ隣、いつでも手が届く位置に置かれたブレイズ&マジックのルールブックを眺め、呟く。

 高校生の時分、TRPGを遊び始めて間もない頃に購入した文庫本サイズのルールブック、上中下巻で合わせて3冊。様々な冒険を共にしてきた、宝の地図のように大切な思い出の結晶。

 とはいえ物理書籍である以上は、経年と実使用による風化、劣化が避けられない。カバーの折り返しには破れ目が走り、手の皮脂や日焼けで全体的に薄く変色し、何度も読み返したページにはすっかり開きグセが付いている。

 流石に限界か。今はまだ本としての形を保っているが、このまま使用を続ければ、いずれページ単位でバラバラになっていくのは目に見えている。


「買い替え時、か」


 思い返すと、実に多種多様な"PC"――プレイヤーキャラクターの略称。ちなみにPCではない登場人物はノン・プレイヤーキャラクター、"NPC"と呼ばれる――を作っビルドしてきた。特に思い出深いのは、やはり初めて作ったPCだ。

 ブレイズ&マジックの定石も理解していなかった頃、憧れに任せてビルドした魔法剣士。キャラクターの強化に使う経験点が足りないにも関わらず無駄なスキルを取得していたり、強力なリソースを後生大事に取っておいて結局使わずじまいだったり……今にして思えば、全体的に中途半端で未熟なゲームプレイではあった。

 もちろん当時の自分は、そんな事など知らんとばかりに全力で冒険を楽しんでいたのだが。

 そんな思い出に浸りつつ、新しいルールブックを買い求めに一人暮らしのアパートを発つ。徒歩圏内に品揃えの良い大型の書店があるというのは、TRPGユーザー的に高評価ポイントだった。



 書店に到着しTRPG関連書籍のコーナーに向かえば、目当ての3冊はあっという間に見つかった。

 会計を済ませて帰路に就く。左手にはルールブックが入った紙袋。右手はズボンのポケットに入った2個の6面ダイスをもてあそびつつ……外出時にダイスを持ち歩くなんて変? 別にいいじゃないか。ダイスに触れていると心が落ち着くんだ。

 新品のルールブックに思いを馳せて、高めのテンションで街を歩いていく。今日は良い天気だなぁ。風が気持ちいいなぁ。道端の花が綺麗だなぁ。道行く人々は青い顔で何かを叫んでいるし、後ろから甲高いブレーキ音も……え?

 我に返って背後を確認しようとするが、それは叶わなかった。強い衝撃を受けて、気付いた時には弾き飛ばされ道端に転がっていた。一拍遅れて凄まじい痛みが全身を駆け巡り、投げ出された四肢から力が抜けていく。

 そうして俺は交通事故で死んだ。大須遊真、19年というあまりに短い生涯だった。



 ……死亡した遊真の右手から、直前まで弄んでいた2個の6面ダイスが落ちる。軽快な音と共に転がったその出目は、果たして6ゾロ――大成功クリティカル

 交通事故で死んだ人間の最期のダイスロールが大成功とは、なんとも皮肉な話だ。いくら出目が良かろうと、死んだ人間には関係ない。

 そう、関係ないはずだったのだ。

 そのクリティカルを見届ける存在がいなければ。その存在が多くのTRPGユーザーの間で信仰されるダイスの女神でなければ。


「おお……ここで6ゾロ! ルールブックも持ってるみたいだし、少しくらいサービスしても罰は当たらないわよね。だってクリティカルだもの!」


 どこからともなく響いた場違いに明るい声の主は、多数のTRPGユーザーの信仰によって現実の神格として存在が確立されたダイスの女神、ディーチェ。


「取り敢えず、私の力で神様的な謎空間にご招待してと。ふふふ……さあ、最っ高に楽しいセッションにするわよー!」


 こうして死亡した遊真の魂はダイスの女神に召し上げられ、ブレイズ&マジックの舞台である異世界――この場合はTRPG世界と呼ぶべきか――へと転生を果たす事になったのだった。

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