ファンブル転生 ~未来の悪役、破滅回避を目指してTRPG世界を冒険する~

イズミユキ

第1話/ファンブル転生

シーン1-1/一天地六の女神様

「あら、気が付いたみたいね。私はディーチェ。ダイスの女神よ!」


 上下左右前後、四方どころか六面を白い壁に囲まれた部屋で目覚めると、眼前には女神を自称する少女がいた。

 月の光を思わせる白髪に、新雪にも勝る白い肌。満開の花の如くぱっちりと大きな赤い両目には、勝ち気な雰囲気が漂っている。

 なぜだろう、どこか見覚えがあるような……そう感じて記憶を辿ろうとした俺に、少女は一転、憐れむような表情と視線でこう告げた。


大須遊真おおす・ゆうまさん。残念だけど、あなたは死んでしまったの」


 大須遊真。間違いなく俺が両親からもらった名前だ。少なくともこの謎空間で名前を口にした憶えはないのだが……。


「どうして俺の名前を。まさか心を読んで……しかも俺が死んだって……!?」

「あ、ううん。名前はあなたの学生証で確認させてもらったわ。ご遺体の身元確認は基本でしょ?」

「あ、はい」

「さて、大須遊真さん。あなたは――前フリ長いな。呼び捨てでいい? ありがと。私の事も呼び捨てでいいからね。

 それじゃあ改めて……遊真は交通事故に遭って、若くして世を去った」


 交通事故。その単語をきっかけに、薄っすらと目覚める前の――生前の記憶が脳内に蘇ってくる。

 思い出せるのは、甲高いブレーキ音と誰かの悲鳴。強い衝撃と、全身の力が抜けていく感覚。

 ああ、本当に死んだんだ、俺。

 項垂うなだれる俺の肩に、少女の手がそっと置かれる。


「大丈夫、元気を出して。あなたは最期に、運命の大成功を引き当てたんだから。

 当然、それを見逃すディーチェ様じゃないわ。ご褒美として、女神の権能で遊真を転生させてあげる。流行りの異世界転生ってやつね。まあ、厳密には普通の異世界とちょっと違うんだけど」


 女神の権能とか、異世界転生とか。彼女が何をどこまで本気で言っているのか、俺にはよくわからない。でも、俺を励まそうとしているのは伝わってきた。

 だから――。


「ありがとう、ディーチェ」


 優しい少女に、心からの感謝を口にした。

 その直後、肩に置かれた彼女の手が、力強く俺を鷲掴わしづかみにしてくる。正直ちょっと痛いんですけど。


「よっしゃ! 決まりね、遊真」


 やけに楽しげな声音で、ディーチェはもう片方の手を白い天井に向けて高く掲げて見せる。


「早速、転生を始めるわ。と言っても、私は権能を振るだけ。

 後は――運命が、私達の行く末を導いてくれるでしょう」


 ……それっぽい雰囲気を醸しているが、意訳すると出たとこ勝負ノープランですと言っているのではないか?

 しかも今「私達の行く末」って言ったよね? もしかして一緒に来る気か?


「さあ、冒険セッションの準備はいいかしら!」


 セッション。聞き慣れた単語を耳にして、一瞬だが思考が止まる。そして……。


「あ……ああ……!」


 思い出した。死亡する直前、俺が何をしていたのか。

 ちょっと待て。色々と衝撃の連続でスルーしていたけど、ディーチェは自分の事をダイスの女神と名乗っていたような。

 ダイスの女神。出たとこ勝負。

 見える。生前、"とあるゲームジャンル"を愛した者として……この先の展開が手に取るように見える……!


「ディーチェ! ちょ、待っ――」

「よーし、行っくわよー!」


 ハイテンションに表情を輝かせる彼女に、制止の言葉が届く事はなく。

 高く掲げられた手の上に、あまりにも見慣れた2個の6面ダイスが出現する。

 それらを決然と握り込んで、ダイスの女神は笑顔と共に叫ぶのだ。


「運命のダイスロール!!!」


 掲げた手が元気いっぱいに振り下ろされ、握られたダイスが転がり出る。

 ダイスを振れば出目が決まる。当然の摂理だ。

 果たして、運命が導くとかいう、私達の行く末とやらは――。


「……あっ」


 出目を確認したディーチェの、とてつもなく間抜けな声。



 運命のダイスロールは、1ゾロ――大失敗ファンブルを示した。



 ……知っていた。ああ、知っていた。

 ダイスの女神様は――"TRPG"というゲームジャンルにおいて乱数を司ると言われる女神は、肝心な時に限ってダイス目を大暴れさせるエンターテイナーなのだ!

 思わず天を仰ぐ俺と、出目を見つめて固まるディーチェの周囲に、眩い光が集まり始める。おそらく彼女の言う異世界転生とやらが始まるのだろう。

 ファンブルを叩き出したショックから立ち直ったのか、ディーチェが顔面蒼白になって涙目で騒ぎ出すが、光の勢いは止まらない。

 そもそもこれ、一体なんのためのダイスロールだったのだろうか。

 疑問と共にダイスの赤い双点1ゾロを見て、ようやくディーチェの容姿に対する既視感の正体に思い至った。


「白地に赤い目が2つって……ファンブルじゃねぇか!」


 心からのツッコミが響くと同時、白い部屋が一際大きな光に飲まれ――俺の意識も視界も、白一色で埋め尽くされたのだった。

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