第11話 誕生日
次の日の朝。俺は珍しく早起きをして、リビングで新聞を読んでいた。
「おはよう」
すると、母さんがキッチンに入って来た。
「あら、早いのね。何かあった?」
「いや、別に何もないけど……」
「そっか。朝ごはんできてるわよ」
「わかった」
俺は椅子に座って朝食を食べ始めた。今日のメニューはトーストとハムエッグ、コーンスープだ。
「父さんは?」
「お父さんはまだ寝てるわ」
「起こして来ようか?」
「いいわよ。疲れてるだろうし、もう少しだけ眠らせておいてあげましょう」
「それもそうだな……」
それから俺は、黙々と食事を済ませた。そして、食器を流し台に置いて、歯を磨いて家を出た。学校に着くと、既に玲がいた。
「おはよう、玲」
「あ!優斗さん。おはようございます」
「おう。おはよう」
玲は教室を見渡して、不思議そうにしていた。
「どうしたんだ?」
「えっと……、雅弘さんは、どこにいるんでしょう?」
「ん?そういえば見てないな。いつも俺より早く来てるのに」
「そうですよね」
「何か用でもあったのか?」
「はい。ちょっと聞きたいことがあったのですが……」
「そうなんだ」
玲は残念そうな表情を浮かべていた。その時、突然誰かの声が聞こえてきた。
「おっす」
声の主は、俺の後ろの席の三橋だった。
「おはよう、三橋」
「おはようございます。三橋さん」
「おう。二人とも早いな」
「まあな。いつも通りだよ」
「私もです」
「沖野は?あいつまだ来てねえの?いつも来るの早いのに」
「俺はさっきまで一緒にいたが、多分職員室に行ってるんじゃないか?」
話に割り込んできた他のクラスメートが言った。
「あ〜なるほど。じゃあ、そのうち戻ってくるな」
そう言いながら、三橋は鞄から文庫本を取り出して読み始めた。俺は玲の方に向き直った。
「それで、雅弘に何を聞きたかったの?」
「それはですね……」
チャイムが鳴った。それと同時に、担任の山田先生が入ってきた。
「ほら、ホームルーム始めるぞ〜」
その一言で、生徒達はそれぞれの席に着いた。
「全員揃ったな。出席取るぞー」
雅弘は席にはいなかった。どうしたんだろう、あいつ。
出席確認が終わると、授業が始まった。しかし、玲はずっと浮かない顔をしている。
「玲。どうかしたか?」
小声で玲に話しかけた。
「いえ、何でもありません」
「そうか?何かあるなら相談に乗るぞ?」
「大丈夫です。心配しないでください」
「わかった」
玲の言葉を信じることにして、俺は前を向いた。
昼休みになった。玲はいつものように弁当を持って、俺のところにやってきた。
「優斗さん。お腹空きましたね。お昼食べましょう」
朝は、少し不安そうな様子の玲だったが、今は落ち着いていた。
教室のドアが開き、そこに現れたのは雅弘だった。
「雅弘!!どうしたんだよ、今日学校来てなかったのか?」
「悪いな。親父が急に倒れちゃってよ。病院に行ってたんだ」
「そうなのか……。お前も大変だな」
「ああ。まあ大したことはなかったんだけどな。大袈裟だったんだよ。だけど、そんなことより大事なことがあるだろ?」
雅弘はニヤリと笑みを浮かべながら言った。
「ん?何かあったっけ?」
俺には心当たりがなかった。
「おいおい。今日はお前の誕生日だぜ?忘れちまったのかよ」
「あぁ……、すっかり忘れてた」
「おめでとう。優斗」
「おめでとうございます。優斗さん」
雅弘と玲が祝福の言葉をくれる。
「これ俺からのプレゼント。財布だ。良かったら使ってくれよ」
「ありがとう。なんか照れるな……」
「まあ気にするなって。それにしても腹減ったな。もうこんな時間か」
「とりあえず、飯でも食うか?」
俺はカバンの中から弁当箱を取り出した。三人で昼飯を食べた後、午後からの授業が始まった。
ウトウトしながら授業を聞いていると、俺のスマホにメッセージが届いた。
開けてみると、ひなからだった。
学校終わってから会えないかという内容だった。
俺はオッケーと返信をした。
放課後になり、俺はひなとの待ち合わせ場所である駅前に向かった。
駅前に到着すると、すでにひながいた。
「ごめん。待った?」
「ううん。全然。私も今来たばっかりだから」
「そっか。それならよかった」
「誕生日おめでとう。今日はプレゼントを一緒に買いに行きたくって呼び出したの」
「そうなのか。わざわざありがとう」
「何か欲しい物はある?」
「欲しい物か。そうだな……。スマホケースが欲しい。ひなに選んでもらいたい」
「わかったわ。それじゃ行きましょ」
「おう」
俺たちは駅の中にある雑貨屋に入った。
「どんなデザインが良いとか希望はある?」
「特にないな。任せる」
「そう。わかったわ」
それから、色々な商品を見て回った。
「これが良いんじゃない?」
「どれどれ」
ひなが選んだのは、猫の顔をモチーフにしたデザインのものだった。
シンプルで、使いやすそうだったので気に入った。
「これにしようかな」
「決まりね」
レジに向かい会計を終えた後、俺は買ったばかりのスマホケースを早速取り出した。
新しいスマホケースを装着し、スマホのカメラアプリを開く。
「ひな、ちょっとこっち来てもらってもいい?」
「え?別にいいけど……」
俺は自撮りモードにしてスマホを構えた。
「はい、チーズ」
シャッター音が鳴り響いた。二人が写った写真が撮れる。
「ちゃんと写ってるな。誕生日デートの記念写真。俺にとっての今日一番の思い出だよ」
「ふーん、そう。私はこの写真が一番大事だと思うけどな」
そう言って、ひなは自分のスマホの写真を見せてくれる。
それは、俺が初恋サービスを使った時に唯一残した写真と同じ物だった。
「その写真ってどういう写真だっけ」
「忘れちゃったの?」
「ごめん。初恋サービスを使った時に唯一残してた写真だから、凄く大切な写真なんだろうけど思い出せない」
「覚えてないならいいわ。私だけの秘密よ」
「教えてくれないのか?」
「自分で思い出しなさい」
そう言って、ひなはちょっと不機嫌な顔になった。だから俺は話題を変えた。
「これからどうしようか?」
「せっかくだし、どっか遊びに行きましょう」
俺とひなは二人で繁華街へと出かけた。
夜になり、ひなと一緒に帰っている途中のことだった。
「あれ?雅弘じゃないか?」
「本当ね」
雅弘は、見知らぬ女の子と歩いていた。
「あの子、誰なんだろうな」
「さあ。でも、気になるわよね」
「ああ。雅弘は浮気するような奴じゃないと思うんだけど」
「愛美に言うべきかしら」
「まだ浮気と決めつけるのは早いんじゃないか?尾行してみよう」
俺達は、雅弘に気づかれないように尾行した。気分は浮気調査の探偵だ。
二人は喫茶店に入って行った。俺たちも続いて入る。
「コーヒー二つでお願いします」
俺は注文をする。
「かしこまりました」
店員が去っていくのを確認して、俺は話を切り出す。
「これはやっぱり浮気だろうか?」
「静かにして。会話が聞こえないわ」
雅弘と女の子の会話に耳を澄ませた。
「継ぐって本気かよ、姉ちゃん」
「そうしないと会社がダメになるでしょ」
「いや、でもよ。姉ちゃんばかりに負担させられないよ」
「あんたは、ちゃんと大学行って勉強をしっかりやりな」
どうも会話の感じからして、あの女の子は雅弘のお姉さんのようだ。
「俺、大学行かねえ。俺も高校卒業したら家継ぐから。姉ちゃんこそ大学辞めるなよ」
「あんた……」
「俺、絶対後悔しないから。俺のことは気にするなって」
「……わかったわ。でも、本当に無理だけはしないようにしなさい」
「おう。ありがとう」
俺は雅弘に近づいていって声をかけた。
「雅弘」
「優斗?それにひなちゃんも。どうしてこんなところにいるんだ?」
「お前が愛美ちゃん以外の女の子と歩いてるの見たから尾行してきたんだ。浮気じゃないかと思ってな」
「んなわけねえだろ。俺は愛美ちゃん一筋だ。こっちは、俺の姉ちゃんだ」
「あら、雅弘のお友達?いつも雅弘がお世話になってます」
そう言って、お姉さんはぺこりとお辞儀した。
「どうも」
「お姉さんがいたんだな」
「ああ」
「ちょっと会話が聞こえてきた。雅弘の親父さんって会社経営してるんだよな」
「そう。まあ小さな町工場だけどな。大したことないとはいえ、親父が倒れたから念のために後継者をって話が出たんだよ」
「なるほど」
「それで姉ちゃんが大学辞めて家継ぐとか言い出したから、俺が高校卒業したら継ぐよって説得してたわけ」
「大学へは行かないのか?」
「ああ、そうだな。まあ仕方ないさ」
「そんな簡単に諦めるもんなのか?」
「いや、簡単じゃねえけどさ。今の時代、学歴が全てじゃないって聞くしさ。なんとかなるんじゃねえかな」
「大丈夫か?もし困ったことがあったら言ってくれよ。俺達友達だろ」
「ありがとうな、優斗。せっかくのお前の誕生日なのに、なんか暗い話しちゃって悪かったな」
「別にいいさ。元気になったなら良かった」
それから、俺とひなは喫茶店を後にした。
「良かった。やっぱり浮気じゃなかったんだな」
「浮気だったら沖野君を軽蔑していたところよ」
「なあひな」
「何?」
「今日のデート楽しかったな」
「そうね。誕生日プレゼントも喜んでくれたみたいだし」
「ああ。本当に最高の一日だった。ありがとうな、ひな」
ひなを家まで送っていき、俺は家に帰った。そして、次の日の朝。
「おはよう、優斗」
「ああ、おはよう。ひな」
俺はいつもどおりバス停のところでひなと会い、一緒に登校していた。
「今日も良い天気だな」
「そうね」
「昨日は最高の誕生日だったよ」
「私も優斗と過ごせて楽しかったわ」
「またあんな風に二人で買い物してカフェ行って、夜遅くまで遊びたいな」
「そうね」
それからひなは、途中でバスを降りて先に行った。
数十分走った後、俺も自分の降りるところでバスを降りて学校へ向かった。
学校に着いて教室に入ると、玲が話しかけてきた。
「おはようございます。優斗さん」
「おはよう、玲」
続いて雅弘が俺の席まで歩いてきた。
「おはよう。優斗」
「おう、雅弘」
「あ、そうだ。玲ちゃん」
「はい?」
「クッキー美味しかったよ。マジで店で売ってるやつみたいだった」
その言葉を思い出し、俺もお礼を言う。
「俺も食べたよ。サクサクで美味しかった。ありがとうな。玲はお菓子作りも上手だな」
「当然です。私、天才ですから」
「はいはい」
俺達は、そのまま他愛のない話をした。チャイムが鳴り、担任の山田先生が教室に入ってくる。出席を取り、いつもの日常が始まった。
授業中、ふと窓の外を見ると、そこには青空が広がっていた。
(この空の下で、俺もひなの為に頑張らないとな)
そんなことを思いながら、窓から差し込む陽光を眺めていた。
昼休みになり、うっかりしていたことに気づいた。弁当を家に忘れてきていた。
仕方がなく購買でパンを買っていると、後ろから声をかけられた。
「よう、優斗。珍しいな、お前が購買だなんて」
振り返ると、いつも昼飯は、購買で買っている購買組のクラスメートの男子たちがいた。
「ああ、弁当を家に忘れちゃってさ」
「そうなのか」
「まあいっかと思って、適当に買ってきたんだけど」
俺は買ったばかりの焼きそばパンとコロッケパンを見せた。
「購買の人気はクリームパンだぜ。超美味いんだ」
「そうなんだ。今度食べてみるよ」
「おう。あ、そういえば優斗」
「ん?」
「お前、最近彼女と仲良くやってるか?」
「ああ、もちろん」
「そうか。まあ上手くいってるなら良いんだ」
「どうしたんだよ、急に?」
「いや、クラスメートの恋愛事情が気になっただけだよ」
それだけ言って、そいつらは去っていった。
その後、特に変わったこともなく放課後を迎えた。
「優斗さん。帰りましょう」
玲が下駄箱で話しかけてきた。
「ああ。雅弘は?」
「今日は用事があると言って先に帰りました」
「そうか」
二人でバス停まで歩く。玲は
「じゃあな、玲」
「ええ、さようなら」
駅に着いたので別れようとした時だった。
「優斗さん」
「何?」
「これから暇ですか?」
「まあ家に帰るだけだしな。大丈夫だけど」
「良かったら少し付き合ってくれませんか?」
「別にいいけど、どこに行くんだ?」
「買い物です」
「分かった。じゃあ行こうか」
そして、玲と出かけることになった。近くのショッピングモールに向かう。
「なあ玲。何を買うんだ?」
「実は新しい調理器具を買おうと思いまして」
「へえ、そうなのか」
そんな話をしながら、モール内を歩いていると、ある店の前で玲が立ち止まった。
「ここに入ってもいいでしょうか?」
そこは雑貨屋だった。
「いいんじゃないか?玲が好きそうな雰囲気だし」
「ありがとうございます。では入りますね」
店内には、色々な種類の小物が置いてあった。アクセサリーや食器類もある。
「おー、これはなかなか良いですね」
玲は様々な商品を物色している。
すると、そこで見覚えのある人物を見つけた。
(あれは……)
「おい、玲」
俺は小声で話しかける。
「何でしょう?」
「あそこにいるの愛美ちゃんじゃないか?」
俺の視線を追うように玲も振り向く。
「あ」
「本当ですね。声かけますか?」
「そうだな。せっかくだし」
俺達は愛美ちゃんのもとに向かった。
「こんにちは、愛美ちゃん」
「愛美お……愛美さん。こんにちは」
「あれ?優斗君に玲ちゃん?」
玲と愛美が挨拶をする。
「あ、二人とも偶然ね。どうしたの?二人で買い物?」
「はい。私が調理器具欲しくて優斗さんに買い物に付き合ってもらってました」
「そうなんだ」
「愛美ちゃんは、何探してるの?」
「いや、特に何も。ぶらっと来てみただけだよ」
「今日は、ひなは一緒じゃないの?」
「ひなは今、トイレに行ってるよ。もうそろそろ帰ってくるんじゃないかな」
「なんだ。やっぱりひなちゃんも一緒だったんですね」
そんな話をしていると、ちょうどひなが帰ってきた。
「ただいま」
「おかえり、ひな」
「おかえりなさいです」
「あれ?優斗に玲ちゃん?こんなところで何してるの?」
「うん。玲の買い物に付き合ってるんだ」
「そうなの?」
「はい。それで愛美さんと、ここでばったり会ったんですよ」
「そうそう」
「そうだったんだ」
そんな話をしていると、ふとあるものが目に入った。
それは猫のキーホルダーがついたストラップだった。
「これ可愛いな」
「ほんとだ。可愛いね」
「そういえばこの猫、優斗さんがひなちゃんから誕生日プレゼントでもらったっていうスマホケースに似てますね」
「確かにそうね」
「それ欲しいのか?」
「まあちょっと気になって」
「買うのか?」
「いえ、買いません。私は犬派ですから」
「というか調理器具を見にきたんじゃなかったのか?」
「そうでした。雑貨があるとつい目移りしてしまいますね」
「それで調理器具って何を買うつもりなんだ?」
「フライパンです。良い感じのを探してます」
調理器具コーナーに行くと、フライパンが沢山並んでいた。玲は置いてあるフライパンを手に取って吟味している。
「あ、これなんて良い感じですね。うん、これにします」
「良いの見つけたのか?」
「はい。バッチリです」
「じゃあレジ行くか」
「そうですね」
会計を済ませ、外に出た。
「じゃあな、玲」
「ええ、さようなら優斗さん」
「また明日」
そして、玲とは別れた。
家に帰り、俺はパソコンを立ち上げた。ネットサーフィンでもしようと思ったからだ。
何か面白いサイトはないかな。適当にニュースや動画を見て回っていると、ふとある記事を見つけた。
『謎のアプリ、初恋サービス』
その見出しを見た瞬間、妙な胸騒ぎを感じた。そして無性にクリックしたくなった。なんだろう。すごく嫌な予感がする。
少し躊躇ったが、結局好奇心には勝てず、恐る恐るリンクをクリックしてしまった。
画面には黒い背景に白い文字で書かれた文章が表示されていた。
【次の恋も初恋になると良いと思いませんか?】
「これ、やっぱり初恋サービスだ。間違いない」
さらに下へスクロールすると続きがあった。
【あなたは、初恋をやり直す事ができる。ただし、一度消した記憶は元に戻せない】
「初恋サービスを使った代償は、恋人と過ごした大切な思い出の時間が全て消えてしまう事です」
「ああ、消えてしまったさ。ひなとの大切な思い出がな……」
俺は思わず呟いていた。俺は更に初恋サービスについて調べてみたが、特に情報は得られなかった。ただ一つ分かった事は、初恋サービスはネット上でも噂になっているサービスだったということだ。
(一体どんな原理で初恋の記憶が無くなるんだろうか?)
しかしいくら考えてみても答えは出てこなかった。
仕方ないので、今日は寝ることにした。
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