第12話 映画撮影

翌日、学校へ行くと、玲が声をかけてきた。


「おはようございます、優斗さん」

「おう、おはよ」

「昨日はありがとうございました。おかげで良いフライパンを見つける事ができて、料理が捗っています」

「そうか。それはよかったな」

「今度また何か作るので、良かったら食べてくださいね」

「おう。楽しみにしてる」

「はい。期待していてください!」


玲と話していると、後ろから誰かが話しかけてきた。


「おはよう、優斗」

「雅弘。おはよう」

「今日こそ夜は、一緒にゲームしないか?」

「別にいいけど」

「この間はひなちゃんと会ってたからできなかったんだよな」

「そうだな。先に約束してたのに悪かったよ」

「気にするな。ゲームなんていつでもできるさ」


そんな話をしていると、授業が始まった。

いつも通りの授業を終えて、昼休みになった。


「優斗、飯おうぜ。たまには気分を変えて屋上で食わないか?」

「ああ。いいな」

「待ってください。私も行きます」


玲も一緒に行き、俺達は教室を出て屋上へ向かった。


屋上には、数人の生徒がいた。


「あまり人はいないな」

「屋上だと涼しいのにな」

「そうですね。涼しいですよね」

「あそこに座るか」

「そうするか」


俺達三人は、適当な場所に腰掛けた。


「あーあ。早く秋にならないかなー」

「もうすぐだよ」

「分かってるよ。でも暑いものは暑くないか?」

「確かにな」

「そういえば昨日、愛美ちゃんと偶然会ったんだ」

「へえ、そうなの?」

「ええ。私と優斗さんが調理器具を買いに行った時にばったり会ったんです」

「愛美ちゃん一人だった?」

「いや、ひなも一緒だったよ」

「そうか」

「愛美ちゃんとは順調なのか?」

「うん。仲良くやってるよ」

「なら良かった」

「そう言えば、ひなちゃんは元気か?」

「ああ。相変わらず可愛いぞ」

「うわ、惚気やがった」

「優斗さん、ひなちゃんの事になると、すぐにデレますよね」

「しょうがないだろ。可愛い自慢の彼女なんだから」

「聞いてるこっちが恥ずかしくなるな」

「ですね」


それからしばらく雑談をしていると、ふと雅弘が言った。


「なんかさ、最近色々あったせいか、こうやって普通に話せる友達がいるのって幸せだって思うよな」

「いきなりどうした?」

「いや、ただそう思っただけだ」

「親父さんの事か?」

「ああ」

「お前の気持ちは分かるが、あんまり思いつめるなよ」

「分かっている。だけどやっぱり時々考えちまうんだよな……」

「そういう時は、楽しい事を想像するといいらしいですよ」

「例えばどんなこと?」

「美味い物を食べるとか、好きなアニメを見るとか、後は……恋愛小説を読むとかも効果的だと思います」

「へぇ〜。意外に乙女チックだな」

「べ、別にいいじゃないですか!人の趣味に口出ししないでください!」

「悪い悪い」

「全く……。とにかく、少しでもいいから前向きになってみてくださいね。何か困った事があれば相談に乗りますから」

「ありがとう。その時はよろしく頼むよ」

「はい。任せてください」


その後も少し会話を続けた後、昼休みが終わる時間になった。

午後の授業を終え、放課後になった。

俺は帰り支度を済ませると、雅弘は親父さんの病院に寄るといって先に帰った。

玲と一緒に校門を出た。


「今日は、スーパーでお肉が安いみたいです」

「そうか。じゃあ、今日はカレーにするの?」

「なんでカレーなんですか」

「いや、肉が安いならカレーだろうって思って」

「肉じゃがにしますよ」

「えー、そこはやっぱりカレーでしょ」

「人の食べる物に文句言わないでください」


そんなやり取りをしながら歩いていると、突然、横から声をかけられた。


「あの、ちょっといいかな?」


振り向くと、そこには黒髪のロングヘアーをした美少女が立っていた。


「君は?」

「まずは自己紹介させて貰うわ。私の名前は、星川綾。一年生よ」

「二年生の加藤優斗。よろしく」

「知ってるわ。この前見たもの」

「えっ?」

「加藤先輩と、女の子が夜の公園でイチャイチャしてる所を見たの」

「優斗さん、公園で何やってるんですか……」

「いやー……そのー……」

「私、あの時の二人の様子が忘れられなくて、もう一度見てみたいなって思っていたのだけれど」

「え、ええ!?」

「とても素敵だったわ」

「そ、そうなのか?」

「ええ。思わず見惚れてしまうぐらいに」

「いや〜、それほどでも〜」

「優斗さん、ニヤけてますよ」

「おっと、失礼。それで、俺達に何か用?」

「二人には、私が制作してる恋愛映画に出演して欲しいの」

「映画に?」

「ええ。ダメかしら?」

「いや、いきなりそんなことを言われても」

「私、映画監督になるのが夢でね。映画のコンテストに応募する作品を今、撮ろうとしてるの」

「なるほど。それが恋愛映画と」

「ええ。そう。あなた達のいちゃついてるところを見て私の映画のキャストにぴったりだと思ったの」

「そんな理由で決めるのか?」

「ええ。だって本当に素敵だったから」

「まぁ、そういうことなら仕方ないか。玲、どう思う?」

「優斗さんとひなちゃんが良いのであれば、いいんじゃないですか?」

「俺も映画には出演してみたいけど、果たしてひながオッケーしてくれるだろうか?」

「まあ、ひなちゃんなら、いいよとは言わないでしょうね」

「だよね」

「でも大丈夫ですよ。ひなちゃんも話せばきっと分かってくれますよ」

「そうだな。星川さん。とりあえず、ひなに話してみるよ」

「分かりました」


こうして、俺は星川さんの依頼を受けるかどうか、まずひなに確認してみる事になった。

その後、俺は玲と別れて家へと帰った。

夕食を食べ終えると、俺は早速、星川さんに頼まれた件について話をすることにした。

俺は、リビングでテレビを見ていた。

そして、ちょうどCMになったタイミングで、ひなにメッセージを送った。


『俺と一緒に映画に出ないか?』


するとすぐに返信がきた。


『どういうこと?』

『実は……』


事の流れを説明した。


『嫌よ』


思ったとおり即答だった。

俺は続けてメッセージを送信した。


『まだ最後まで書いてないんだけど』

『読む必要ないわよ。絶対出たくないもの』

『それは違うぞ。ひなが出ることでいい事があるかもしれないじゃないか』

『良い事?例えば?』

『人気が出て女優への道が開けるかもしれない』

『興味ないわ』

『だよねー。ひなは興味ないよね。そういうの』

『はい。だからこの話はおしまい』

『もし映画が人気出たら、主題歌に丸ノ内サディスティックを歌ったあの人が起用されたりしないかな』

『えっ……』


ひなの心が揺れ動く音がした気がした。

それから数日後、星川さんに連絡して、帰りに校門前で会う事になった。


「ひなからオッケーもらえたよ」

「本当?良かった」

「ただ一つ条件があってさ」

「どんな条件?」

「映画に出る条件として、やるなら徹底的にやって賞を狙うってこと」

「えっ……それってつまり……ハグし合ったりとかキスシーンともオッケーということ?」

「ああ、そうだ」

「凄く嬉しいわ。ありがとう。加藤先輩」

「優斗でいいよ。みんなそう呼ぶから」

「分かったわ。優斗先輩」


星川さんは、とても嬉しそうな顔をしていた。

その後、星川さんが家に帰ってから、俺は自分の部屋で台本を読み始めた。

そこには、こう書かれていた。


"恋愛映画" ―あらすじ― ある高校に通う男子生徒がいた。彼は中学生の頃から女子生徒と付き合っていたのだが、ある日突然、彼女が転校してしまう。理由は分からずじまいだった。だが、彼の心の中にはいつも彼女の存在があった。そして、高校生になって彼女は再び彼の前に現れたのである。しかし、彼女は記憶を失っていたのだ。それでも二人は惹かれ合い、やがて恋に落ちる。だが、二人の恋路を妨害するかのように次々と事件が起こる。その度に彼らは絆を深めていき、ついには彼女を取り戻すことに成功する。


星川さんが書いた脚本を読んでみると、まさに今の俺達のような内容だった。記憶をなくすところなんかがそっくりだ。


ちなみに、玲もヒロインの友達というチョイ役で出演する。

そして、この映画には、もう一つ秘密がある。


実は、星川さんのお父さんにも見せる作品なのだ。星川さんが映画監督になりたいと言った時、反対されたらしい。その時、自分なりの方法で父を納得させたいと星川さんが言ったことがきっかけで、今回の映画を作ることになったようだ。


「絶対に賞を貰うわ。お父さんにも認めてもらう」


そう意気込む星川さんの顔は、とても輝いていた。


「よし、頑張ろう」


俺はそう言って、気合を入れた。


「はい。頑張りましょう」


隣にいた玲も笑顔になった。


「あ、あのさ、ちょっとお願いしたいことがあるんだ」

「何ですか?」

「いや、その……」

「どうしたんですか?」

「玲も俺のことタケルさんって呼んでくれないかなと思って」

「えっ、いきなりどうしたんですか?急にそんなこと言って」

「いや、ほら、もう映画撮影も始まるしさ。役作りっていうかさ。玲に役名で呼ばれた方が特別感あっていいなって思って」

「分かりました。タケルさん」

「よし、スイッチ入ってきた」

「やる気満々ですね」

「おう!」


こうして、俺達は星川さんの映画撮影に協力することになるのであった。

撮影に入って一週間が経った頃、俺はひなと二人でショッピングモールに来ていた。

今日は映画の撮影をする日である。


「ねえ、優斗。これなんてどうかしら?」


試着室の中からひなが聞いてきた。


「いいんじゃないかな。似合ってると俺は思うけど」

「じゃあ、これにしようかしら。すみません店員さん。これをください」

「ありがとうございます。では、タグを取りますね」

「はい」


ひなは、先程購入した服を買って出てきた。

映画の撮影で使う衣装を買ったのだ。


「次はどこに行きたい?」

「本屋に行きたいわ。新しい本が欲しくて」

「いいよ。行こうか」


俺とひなは手を繋いで歩き出した。

しばらくすると、大きな書店が見えてきた。

中に入ると、ひなは目をキラキラさせて辺りを見回していた。


「わぁ、凄いわ。こんなに大きなお店初めて来たかも」

「そうなの?」

「うん。私、基本的に通販派だから。あっ、あの本面白そう」

「どれ?」


俺は、ひなが指差した方を見てみた。


"男を落とす方法"


「へぇー、ひなはこういう本を読むのか」

「違うわよ。私はそういうの興味ないから。そっちじゃないわよ、こっちよ」


”初心者の為の演技力アップトレーニング”


なるタイトルの本を指さした。


「演技に興味があるんだ」


「別に、そういうわけじゃないわよ。ただ、どういう風にすれば相手の気持ちを引き出せるのかなと思っただけよ」

「ふぅん。まあ、確かにそれは大事だよな」

「どうせやるなら良い作品を作りたいもの」

「そうだよな。じゃあ、買うか」

「えっ、いいわよ。お金勿体無いし、立ち読みだけで十分よ」

「大丈夫だって」

「でも……」

「遠慮すんなって」


俺は、強引にレジに持っていった。それから星川さんと玲と合流して、他のキャストの人と撮影場所である公園に行った。


「今から撮るのは、梨花が転校する事をタケルに告げるシーンよ。梨花は悲しそうな表情をして、タケルに転校する事を告げて。それじゃ、いくわよ。よーい、アクション」


 ひなが俺の前で立ち止まる。


「タケル……。あのね、大事な話があるの」


 ひなの表情は、とても悲しそうだ。かなりの演技力だ。


「話?何?話って」

「あのね……。実は私、転校することになったの」

「えっ……。て、転校?」

「うん……。だからタケルとは、もうお別れしなくちゃいけなくて……」


 ひなの表情は、とてもリアルだった。


「はい、カットー。ひな先輩、いいです。凄く良いです」


 星川さんの表情が輝いていた。


「こんな感じでよかったの?」

「ええ。もう最高です。この調子でどんどん撮りましょう」


 それから撮影は順調に進んでいき、俺もなんとかカメラを向けられて演技する事に慣れてきた。


「いや〜、本当に素晴らしいですね。まさかここまで上手くできるなんて」

「ありがとうございます」

「これなら、きっと賞を貰えると思います」

「頑張ります」

「はい。頑張ってください」


それから、俺達は映画の撮影を続けた。

映画撮影を始めてから一ヶ月。そしてついに完成した。


タイトルは、『転恋』である。


転校と恋をかけ合わせた言葉からきているらしい。

星川さんのお父さんも、映画の出来に満足してくれたようだ。

俺達は星川さんの家に来ていた。


「皆様、わざわざ足を運んでいただき誠に感謝しております。この映画が完成した事を記念して、ささやかなパーティーを開きたいと思いまして、ご招待いたしました」


星川さんが挨拶をした。


「皆さん、今日は楽しんでいってください」

「乾杯!」


映画の完成記念パーティーが始まった。俺達は用意された料理を食べながら談笑していた。


そんな中、一人の男性が近づいてきた。


「君達、映画の撮影をしていた子達かい?」

「はい、そうですよ」


俺は返事をする。


「おお、主演の子だよね。なかなか良かったぞ」


男性は、そう言って去っていった。


「っていうか誰?今の人。見た事ないけど」


俺は気になって、星川さんに聞いてみた。


「ああ、彼は映画評論家の安藤さん。彼のお墨付きがあれば、間違いなしって言われてるの」

「へぇー、そうなんだ」

「ちなみに彼、まだ三十代前半なのに、結構有名なのよ」

「凄いな。そんな人とどこで知り合ったの?」

「私の叔父さんの知人なの。映画完成したから試写会を兼ねたこのパーティーに招待したの」

「それでどう?安藤さんからの評価は」

「十分、賞を狙える実力はあるって言われたわ」

「おお、やったな」

「これも優斗先輩とひな先輩のおかげよ。本当にありがとう」


そう言うと、星川さんは深々と頭を下げた。


「いや、別に俺は大したことはしてないよ」

「謙遜しないの。それにしても、まさかひな先輩、賞を取れそうなほどの演技ができるなんて思わなかったわ」

「私も自分で驚いているわ。演技なんてやったことなかったのに」

「でも、一番驚いたのは、ひな先輩より上手かった人がいたことよ」

「えっ?それってどういうこと?」


俺は首を傾げた。


「優斗先輩ですよ。見る見る上達していくんだもの」

「そうですね。優斗さん、意外と才能ありますよ」


玲も俺を褒めてくれた。


「いやいや、俺はただ必死にやってるだけだから」


俺は照れ臭くて頬を掻いた。


「本当に凄いわね。やっぱり、タケル役は優斗さんで正解でした」

「俺もそう思う。優斗がタケル役じゃなければ、ここまで上手くできなかっただろうし」


そう言って間に入ってきたのは、雅弘だった。


雅弘も映画の完成記念パーティーに呼んで、映画を見て貰ったのだ。


「そうだよ。優斗君、凄いよ」


ちなみに愛美ちゃんも来ている。愛美ちゃんも俺とひなの演技を褒めてくれた。


「なんだか恥ずかしいわ」

「だな」

「でも、嬉しかった」

「俺も同じだよ」


こうして完成記念パーティーは、遅くまで盛り上がった。

そして星川さんは、映画をコンテストに応募した。

結果は見事入賞。なんと賞を取ることができた。

それからしばらくして、俺達の学校では文化祭が行われることになった。俺達のクラスも出し物を出す予定になっている。


「じゃあ、今年もよろしくお願いします」


委員長が教壇で言った。


「お前ら、良い思い出を作れよ」


担任の山田先生も笑顔で言う。


「ではまず、何を出したらいいのか、案がある人はいますか?」

「はい」


一人の女子が手を挙げた。


「はい、天野さん」

「メイド喫茶なんてどうかしら」

「他に案はありませんか?」

「はい」


また別の生徒が手を挙げる。


「はい、三谷さん」

「お化け屋敷なんてどうですか?」

「他には何かありますか?」

「あのさ……」


男子生徒の一人が手を挙げて発言する。


「はい、藤宮君」

「メイド喫茶もありなんだけど、コスプレ喫茶なんてどう。男子も女子もコスプレするんだ。そしたらメイドもその中に入れるし」

「おお!それはありかも」

「他にあるかな?」


みんなは口々に意見を言い始めた。すると一人の女生徒が、教室の扉の前に立っている人物に気づいた。


「ねえ、あの子だれ?」


その言葉を聞いて、みんなの視線は一斉にそちらへ向けられた。


「本当だ。誰かいる」

「星川さん?」


星川さんは、こちらを見ると微笑みながら手を振った。


「おーい、星川さんこっちに来て」


俺は星川さんを呼んだ。


「皆さん、こんにちわ」

「どうしてここに?」

「実は私もこのクラスの生徒なんです」

「そうなんだ。知らなかったよ」

「ふふっ、言ってませんでしたから」

「って、んなわけあるか。君、一年生でしょ」

「バレました?まぁ、細かい事は気にせず。ところで何を話しているの?」

「文化祭の出し物を考えているんだよ」

「なるほど。それでどんなのにするんですか?」

「コスプレ喫茶とか、お化け屋敷とか、いろいろ出たけど、まだ決まってないんだ」

「へぇーそうなんですね。あっ、そうだ。せっかくだから、私が決めてあげましょう」

「おお、それは助かるな」

「そうですね……。じゃあ、演劇なんていかがでしょうか」

「演劇?うーん、確かに悪くはないと思うけど」

「優斗先輩の演技力があれば、主演は確定ですよ。この間の映画も良かったですからね」

「ええ」

「何?何の話?映画って?」

「優斗先輩、私の作る映画に彼女と一緒に出てくれたんです。凄い完成度ですよ」

「ええー、そうなのー。見たいかも」


クラスの皆が盛り上がっている。

っていうか見たいのは、俺じゃなくてひなを見たいんだろう。


「でも、主演って言われてもな」


俺は少し困り顔で言った。


「優斗先輩ならできますよ。それに演技の練習にもなるじゃないですか」

「まあそれもそうか」

「それでは決定でよろしいですね?」

「ああ、それでいいよ」


こうして俺達は、文化祭の出し物は『演劇』に決定した。

脚本を書くのは、クラスの女子の浅田さんになった。

早速俺達は話し合い、大まかな内容を決めた。主人公は平凡な高校生。ある日、不思議な少女と出会うところから始まる。

そして二人は恋に落ちるが、彼女の正体は宇宙人だった。

そんな二人に地球を狙う敵が現れる。しかし、主人公とヒロインは、地球の平和を守るために戦うことを決意するというストーリーだ。

この物語は、恋愛映画だ。ラブコメではない。が、しかしバトル物だ。

雅弘が演じるのは、主人公の兄。宇宙を旅する研究者で、ヒロインと同じ星から来た仲間という設定だ。

脚本も完成し、俺達は演技の練習に入った。日々はあっという間に過ぎていった。

文化祭まであと一週間となった頃。


「もうすぐ本番だね」


朝の通学途中、バス停で待っている時にひなが言った。


「そうだな」

「緊張してる?」

「そりゃあ、もちろん」

「大丈夫よ。練習通りにやれば」

「わかっているよ。頑張るから見に来てくれよ」

「うん」


そして、いよいよ迎えた文化祭当日。俺は舞台袖にいた。観客からは、歓声が聞こえてくる。どうやら満員らしい。


「皆さん、大変長らくお待たせしました。これより第百三十六回松ヶ丘高校文化祭を始めさせていただきます」


司会進行をしている生徒の声が聞こえる。いよいよ始まるのだ。


「まず最初に、生徒会長の挨拶です」


会場は静まり返った。


「みなさん、こんにちは。生徒会長を務めている三年の五十嵐紀彦です。今日は私達のために集まってくださってありがとうございます。今年も無事文化祭を行うことができました。本当に感謝しています」


五十嵐先輩は、深々と頭を下げて言った。


「では次に、実行委員長のあいさつです」

「はい。皆さん、こんにちは」


今度は、眼鏡をかけた男子生徒が舞台に上がった。


「私は実行委員の一人、二年生の山田誠と言います。本日は、我々実行委員会が主催する文化祭にお越しくださいまして、誠にありがとうございました。皆さんが楽しんでいただければ、幸いです。精一杯楽しみましょう」


拍手が巻き起こった。

挨拶が終わり、注意事項等の説明があった後、文化祭が開催となった。

辺りは色々な食べ物の屋台が出たりしてにぎわっている。

俺達の演劇は、十五時から開始だ。

それまでは割と自由に見て回る事ができる。

ひなと愛美ちゃんと合流して色々見て回る事になった。


「おーい、優斗君ー」


愛美ちゃんの声がしたので、振り返るとひなと一緒にいる愛美ちゃんが俺に向かって手を振ってきた。


「雅弘君は?」

「今、ちょっとトイレ行ってるよ。もうすぐ来る」


そんな事を言っていると、雅弘がトイレから戻ってきた。


「お待たせ」

「それじゃ行こうか」


四人で色々なところを回る事になった。

初めに行ったのは、焼きトウモロコシの屋台だった。


「うわー、めっちゃ美味しそうじゃん。良い匂い。食欲をそそられるね」

「あれは反則だわ。買うしかない」


愛美ちゃんと雅弘が買う気満々なので、俺とひなも買うことにした。


「うん。美味しい」

「美味いな。醤油の味付けが絶妙だ」


焼きトウモロコシを食べ終わってから飲み物を買う。

スポーツドリンクがよく冷えていて美味しかった。

それから一年生がやっているお化け屋敷に入る事になって、お化け屋敷に行った。

中に入ると、真っ暗で何も見えない状態だった。


「きゃー」


突然後ろから悲鳴が聞こえた。


「何?」

「誰かいるのか?」


俺達が驚いて声を出すと、目の前にお札が落ちてきた。


「えっ?何これ?」

「まさか本物じゃないよね」


そんな会話をしながら出口に向かった。


「楽しかったね」


外に出てから愛美ちゃんが言った。

その後、俺達は演劇の時間になるまで体育館でダンスを見る事にした。

そしていよいよ演劇が始まる時間になった。


「それじゃ、ひな。愛美ちゃん。俺達、そろそろ出番だから行くよ」

「うん。頑張ってね。楽しみにしてる」

「優斗、頑張って」

「ありがとう。楽しんでくるよ」


そして俺と雅弘は、自分のクラスの場所に戻った。


「準備はいいですか?」


浅田さんが舞台袖にいる俺達に言った。


「はい」


玲も張り切っていた。


「よし、行こうぜ!」


俺達は、ステージに出て行った。すると、大きな歓声が湧きあがった。


「皆様、大変長らくお待たせいたしました。これより二年A組の演劇。惑星恋物語をスタートします」


司会進行の生徒の声が響く。いよいよ始まるのだ。

舞台の幕が開けた。


「君はこんなところで何をしているの?」

「私は」

「言わなくてもわかるよ。宇宙人なんだろう」

「どうしてわかったんですか?」

「さあどうしてだろう。なんとなく……かな」


俺は、主人公になり切って演技をしている。


「僕は、星間宇宙を旅している研究者なんだ」


ヒロインの兄役である雅弘が喋る。


「そうなんだ。あなたも宇宙人なの?」

「ああ。君から見ればそうなる」


良い感じに物語は進んでいった。


「私、あなたの事が知りたい」

「僕もだよ。君はどこから来たの?」

「ガルフレアという星」

「そうか。君の星に行ってみたいな」

「本当!?」

「うん」


しかし地球に悪者が攻めてくる。地球を狙う敵が現れたのだ。


「地球は私達が支配する」

「そんな事はさせない」


そこから恋愛のような話だが、悪者とのバトルに切り替わる。

激しいアクションシーンがあり、悪者のボスとの戦いは、この物語最大の見せ場だ。


「くらえ!プラネットブレイク!!」


俺が技名を言うと、舞台が眩しく光った。

そして、悪者は倒れた。


「やったー」


観客から拍手が巻き起こった。


「今日は本当にありがとう」


俺は頭を下げた。


こうして劇は大成功に終わった。


「お疲れさまー」


愛美ちゃんとひなが駆け寄ってきた。


「どうだった?」

「すごく良かったよ。感動しちゃって泣いちゃうかと思った」

「愛美、それは言い過ぎ。でも、面白かったわ」

「そう言ってもらえると良かったよ。頑張った甲斐があったよ」


俺達は、文化祭の後片付けをして家に帰った。

次の日、学校に行くと昨日の話題で盛り上がっていた。


「あの演劇見たか?めっちゃくちゃおもしれーじゃん」

「私も見に行ったけど、迫力があって凄かった」


そんな会話があちこちで繰り広げられていた。

そして主演を演じた俺は、学内ではちょっとした有名人となった。

そしてその日の放課後。俺と雅弘は、玲と一緒に帰る事になった。


「なんか、こういうのも良いですね」


玲がしみじみと言った。


「何が?」

「文化祭が終わった後って寂しい感じがしますけど、余韻がまだ残っている感じというか」

「そうだな」


確かにその通りだ。まだ少しだけ文化祭が終わったような気分ではない。


「それにしても、優斗先輩の演技、素晴らしかったです」

「そう言ってくれて嬉しいよ。頑張ったかいがあるよ」

「はい。最高でした」


玲に褒めてもらえると嬉しかった。


「じゃあ、また明日」

「うん。気をつけて帰れよ」

「わかりました。お二人共、さようなら」

「じゃあな」


俺達は、玲を見送った。


「俺達も帰ろうぜ」

「ああ」


俺達は、一緒に帰った。


「文化祭、楽しかったな」

「ああ。俺も楽しかったよ」

「俺達、来年は受験だけど、あと一ヶ月ちょいだから、思い出いっぱい作らないとな」

「そうだな」


俺と雅弘は、それからしばらく喋りながら歩いた。


そして別れる時になった。


「じゃあ、また明日」

「おう」


俺達は、それぞれ家に帰って行った。

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