第10話 調子に乗るな
あれから一週間ほど経ったある日のこと。俺は、とある用事で学校に残っていた。俺は今、職員室にいる。
「失礼します。二年一組の加藤です。担任の山田先生はいらっしゃいますでしょうか?」
「おう、こっちだ」
声のした方を見ると、そこには俺のクラスの担任であり、数学教師の山田先生がいた。
「どうしたんだ?お前がここに来るなんて珍しいじゃないか」
「ちょっと相談したいことがありまして」
「ん?もしかして恋愛関係か?それなら、俺より生徒指導の教師に相談した方がいいと思うぞ」
「いえ、そういう事ではないんです」
「じゃあ、何なんだ?」
俺は、ある決心をして言った。
「実は、進路について悩んでいまして。それで担任の先生の意見を聞きたいと思ったのです」
「なるほど。まあ、とりあえずそこに座れよ。話を聞いてやるから」
「はい。ありがとうございます」
それから俺は、自分の悩みを正直に打ち明けた。
「実は俺には、付き合っている彼女がいるんです。とても大切な人です。彼女の家はお金持ちで、大きな家に住んでいます。それでもしも将来、彼女と結婚したらお金に困ることなく、不自由ない生活をさせてあげたいんです。だからお金を多く稼げる仕事に就きたいんです」
「そうか。それは大変だよな。でも、焦る必要はないんじゃないか?」
「えっ?」
「お前はさ、まだ二年生だろ?」
「はい」
「高校を卒業すれば大学に入る事になるだろうし、それから考えて何の仕事をするか決めてもいいんじゃないか?時間が経てば考え方も変わってくるかもしれない」
「確かにそうなんですけど……。やっぱり不安というか、彼女に申し訳ないという気持ちがあって」
「そっか。まあ、今は、その彼女さんを大切にしてやればいいんじゃないか?」
「そうですね」
「あっ、そうだ。これ渡しておくよ」
そう言って山田先生は一枚の紙を渡してきた。その紙は、大学のパンフレットであった。
「これは?」
「うちの学校の卒業生たちが通っている大学だ。色々と調べてみるといい」
「ありがとうございます」
「なあ、加藤。人生って一度きりしかないんだ。後悔しないように生きてくれ」
「はい!」
そう言って俺は、学校を出た。家に帰ってからも、ずっと考えていた。自分がこれから先どうしていくべきかということを。
そして次の日の朝、いつものように学校へと向かった。バス停で待っているひなを見つけて声をかける。
「ひな。俺、頑張るから」
「何を?」
「色々だ」
「うん。なんだかよく分からないけど頑張って」
「ああ、任せとけって」
そうして俺たちはバスに乗り込んだ。
今日も一日が始まる。
「ねえ、優斗。何か良いことあったの?朝から随分と機嫌が良さそうだけど」
「内緒だ」
「教えてくれないの?」
「ああ、悪いな。もう少し待ってて欲しい」
「そう……」
俺は、ひなには、進路について悩んでいた事は言わなかった。だが、もう迷わないと決めたのだ。俺の夢は決まっている。ひなを幸せにすることだ。それを叶えるためにも、まずは目の前にあることを全力でやろう。そう思った。それから俺は、学校についた。
「おはよう」
「おっす」
教室に入ると、俺に声をかけてくる奴がいた。
「よう、優斗。この間は、お楽しみだったみたいだな」
「えっ?どういう事?」
「見てたんだよ。お前が女の子と夜の公園でキスしてるところ」
「えっ……。ち、違う。な、何のことだ?」
「何が違うっていうんだ?言い訳は見苦しいぜ。可愛い女の子とイチャついてただろ」
「お、俺じゃないよ」
「へぇ~。まあ、そういう事にしといてやるよ」
俺は、必死になって誤魔化そうとした。だが、誰も俺の言葉を信じようとしなかった。それどころか、みんなは、俺のことをからかって笑いものにした。
「おい、優斗。お前は一体誰と付き合ってるんだ?」
「龍賀城女子の子だよ」
仕方ないので白状した。
「まじかよ。お前、あんなお嬢様学校の子に手を出したのか」
「いやぁ〜、羨ましいねぇ〜」
「しかもかなり可愛い子なんだろ?」
「どうやって知り合ったんだよ?」
俺は、みんなから質問攻めにされた。さすがに鬱陶しくなり、適当にはぐらかしてやり過ごした。
「なあ、優斗。今度その子紹介してくれよ」
そんな声もちらほらと聞こえてきたが、無視した。そして昼休みになり、雅弘と玲のいつものメンバーが集まって昼食をとる事になったのだが、その時もクラスメイトたちは俺の話をしていた。
「あいつ調子に乗ってんじゃないの?」
「そうだな。ちょっと痛い目にあってもらうか」
「でも、どうやって?」
「うーん……。そうだ!いい方法があるぞ」
そう言って一人の男子生徒が立ち上がった。その生徒は、いじめのリーダー格である、田中だった。
「なあ、加藤。お前に話があるんだけど」
「何だ?」
「放課後、体育館の裏まで来い」
「えっ?何でだよ」
「いいから黙って言う通りにしろよ」
「嫌だって言ったら?」
「力ずくでも連れていく」
「分かった」
こうして、俺は呼び出しを受けた。
「じゃあ、ちゃんと来いよ」
そう言って田中は自分の席に戻っていった。俺はその後、雅弘たちのところに行った。
「大丈夫か?」
「ああ、何とかなると思う」
「無理するなよ」
「ありがとう」
それから授業が始まり、あっという間に放課後になった。俺は、言われた通り、体育館裏に向かった。そこには既に田中たちがいた。俺は、彼らの前に立った。すると田中が話しかけてきた。
「逃げずに来たんだな」
「当たり前だ。それで話って何だ?」
「最近、俺たちの事を舐めてないか?」
「別にそんなつもりはないけど」
「そうか。なら、その態度を改めさせてやらないとな」
「どういう意味だ?」
「こうやってやるんだよ!」
そう言って田中は俺を殴った。俺は地面に倒れこんだ。
「てめえみたいな奴は、一発ぶん殴られないと分からないらしいからな」
「ぐっ……」
「まだまだいくぜぇ〜。オラァッ!!」
それから何度も俺は、蹴り飛ばされた。俺は痛みに耐えながら、必死に立ち上がろうとした。だが、体が思うように動かなかった。
「はははははははは!!どうだ?自分の立場が理解できたか?可愛い彼女ができたからって調子に乗るなよ」
「くそっ……」
「さてと、これで少しは反省したかな?」
「まだだ……。こんな事で諦めるわけにはいかない……」
俺は強い男になってひなを。大切な人を守れるようにならなきゃいけないんだ。男だろ。立ち向かえ。そう自分に言い聞かせて、再び立ち上がった。
「チィッ!しぶとい野郎だな」
「はあ、はあ……」
「仕方ねえ。こいつで終わりにしてやるよ」
そう言って田中は俺に向かって殴りかかってきた。俺は避けようとしたが、足がもつれてしまい、そのまま倒れた。
「死ねやぁ〜!!!」
田中が拳を振り上げた。
(ここまでなのか……。ごめんな、ひな)
そして次の瞬間、鈍い音が響いた。だが、それは俺が殴られた音ではなかった。恐る恐る目を開けてみると、そこには誰かの背中があった。
「くそ……。痛ぇえ。邪魔すんなよ」
「あなたたちこそ、弱い者いじめなんて最低ですよ」
「な、何だと!?」
「それに、優斗さんは何も悪くありません」
俺はその声を聞いて、すぐに誰の声か分かった。
「玲……?」
「優斗さんは私が守ります」
玲は振り返り、俺の方を見た。玲はにこりと笑った。
「はぁ?お前、何言ってんだ?こいつのせいで、俺がどれだけイライラさせられてると思ってんだ」
「そんな事は知りません。とにかく優斗さんをいじめる人は許しません」
「ふざけんなぁ〜!!!!」
田中は今度は、玲に襲いかかってきた。俺は止めに入ろうとしたが、身体中が痛くて動けなかった。このままでは、玲が危ない。俺は心の中で祈った。
(神様……どうか玲を助けてください……お願いします……!)
その時だった。突然、田中の動きが止まった。まるで金縛りにあったかのように固まっている。
「おい、お前ら。何をしている」
「げっ!五十嵐先輩……!」
声の主は生徒会長の五十嵐先輩だった。
「お前らがこの子に何かしたのか?」
「いや、これは……」
「お前らのやったことは分かっている。覚悟しておけ」
「ひっ!すみませんでした〜!!」
田中たちはその場から逃げ出した。
「君、大丈夫か?」
「はい。助けて頂いてありがとうございます」
「校内で暴力とはな。全く……。学内の風紀が乱れる」
「あの、どうしてここに?」
「たまたま通りかかっただけだ。それじゃあ俺は行くぞ。後は任せた」
そう言って五十嵐先輩は去っていった。
「大丈夫ですか?」
「ああ、何とか」
「一応見に来て正解でした」
「玲。無茶するなよ。危うく玲が怪我するところだったじゃないか」
「でも、私も優斗さんを守りたかったんです」
「ありがとな。嬉しいけど心配だからもうあんな事しないでくれ」
「分かりました。約束します」
「じゃあ、教室に戻るか」
それから俺たちは、一緒に教室に戻った。そして、雅弘たちに事情を説明した。
「優斗。大丈夫か?」
「ああ、何とかな」
「災難だったな」
「本当に大変だった」
「五十嵐先輩がたまたま通りかかってよかったな」
「ああ、本当だよ」
「あの人、柔道やっててめちゃくちゃ強いからな。怒らせたら大変だよ」
「そんなに強いんだな」
「そうだぜ。前に駅で絡んできた不良を逆にボコボコにしたらしい」
「へえ〜」
「まあ、あの人が生徒会長で目を光らせてくれてる限り、うちの学校の治安は守られるさ」
「確かに」
「さてと、そろそろ帰るか」
「そうだな」
そして俺たちは下校した。
帰り道。俺は玲と雅弘と一緒に歩いていた。
「今日は、本当に助かったよ。ありがとう」
「いえ、私は優斗さんを守ると決めたのですから当然の事です」
「でも、やっぱり女の子を危険な目に合わせたくないしさ」
「そんな事を言っているとまた同じ目に合いますよ?」
「うっ……。それは困るな……」
「なら、これからはちゃんと自分の身を守ってください」
「分かったよ。努力します」
「はい。よろしいです」
「それにしても、玲って意外に度胸あるんだな」
「そうですね。自分で言うのも変かもしれませんが、勇気はある方だと思います」
「なんか、恰好良かった。惚れ直しちまったよ」
「当然です。私は天才で格好良いんです」
「二人とも、俺の存在を忘れるなよ」
雅弘は少し寂しそうに言った。
「悪い。忘れてた」
「優斗……。そこは嘘でも冗談っぽく言ってくれよ」
「はははっ!」
俺は思わず笑ってしまった。
「優斗。やっと笑顔になったな」
「あっ、ホントだ」
「優斗さん、笑った方が素敵ですよ?」
「うるさいな。笑う時は普通に笑ってるんだよ」
「はい。知ってます」
「何だよ。それ」
「ふふっ」
「ははは」
「はははははは」
俺たちは笑い合った。
「よし、優斗が元気になってくれたところで、何か食べに行くか?」
「いいね!行こうぜ」
「私も賛成です。どこに行きましょうか?」
「俺に任せておけ」
雅弘はスマホを取り出し、近くのカフェを調べ始めた。
「おっ、ここなんてどうだ?最近できたみたいだけど、評判が良いらしいぞ」
「へぇ〜。行ってみたいな」
「私も良いと思います」
「決まりだな。じゃあ、行くか」
俺たちは目的の店に向かった。数分後。俺たちは目的地に到着した。
「いらっしゃいませ〜!三名様でよろしかったでしょうか?」
「はい」
「こちらの席になります」
店員に案内されて、窓際のテーブルについた。店内には落ち着いた雰囲気の音楽が流れていて、居心地の良い空間が広がっていた。
「メニューをお持ちしました。ご注文が決まりましたらお呼び下さい」
しばらくして、三人分の水とお絞りが運ばれてきた。俺は早速、メニューを開いた。
「どれにしようかな……」
どれも美味しそうで迷ってしまう。
「決まったか?」
「まだ。玲は?」
「私も決まってないです」
俺たちが悩んでいると、雅弘が口を挟んできた。
「優斗。ここは日替わりケーキセットがオススメだってさ」
「じゃあ、それにするわ。玲は?」
「私もそれにします」
「じゃあ俺も」
「かしこまりました。少々お待ちください」
それからしばらく待っていると、飲み物とケーキが運ばれてきた。
「ホットコーヒー三つでございます。本日のケーキはミルフィーユです」
「ありがとうございます」
「それでは、ごゆっくりしていってください」
そして、俺たちは一息ついた。
「ふう〜」
「いただきます」
俺は最初にコーヒーを一口飲んだ。
「うん。うまい」
程よい苦みと酸味のバランスが取れている。この店のオリジナルブレンドらしい。玲の方を見ると、既にケーキを食べ始めていた。
「おいしいです」
幸せそうな表情を浮かべながら、パクパクと口に運んでいる。
「玲のそういう顔を見るのは初めてかもな」
「そんな事ありませんよ。私はいつもこんな感じです」
「まあ、確かにそうだな」
玲はいつ見てもクールというか冷静沈着といった印象を受ける。ひなによく似たそういう系統の顔だ。
しかし実際は、ひなとは全然違い、明るくてよく表情が変化する。
「玲は甘いもの好きなのか?」
「はい。大好きです」
「そうなのか。知らなかったよ」
「甘い物は脳に良いのです。天才である私を作っているといっても過言ではありません」
「そっか。でも、毎日食べると太るから気をつけろよ?」
「問題無いです。私の体はカロリーを消費しやすいようにできています。大丈夫です」
「そんなもんかね〜」
俺はケーキを食べた。甘すぎず、上品な味だった。
ケーキが美味しかったので、追加でもうひとつ頼むことにした。
俺はザッハトルテを注文した。
「これもうま……」
「ザッハトルテ、おいしそうですね」
玲は俺の食べかけの皿を見ながら言った。
「ん?食いたいならやるよ」
「良いんですか!?」
「ああ。良いぞ」
「ありがとうございます!」
子供のように喜ぶ玲を見て、思わず笑ってしまった。
「な、何ですか……。人が喜んでる姿を見て笑うなんて失礼ですよ?」
「悪い。嬉しそうに笑う玲を見たら、つい笑っちまったんだよ」
「ふーん。そうなんですか」
玲は少し不満げな様子だったが、すぐに機嫌が良くなったようだ。
「優斗さん。ケーキのお返しと言っては何ですが、手作りクッキーあげます。そういえば渡し忘れてました」
玲は自分のカバンの中から小さな袋を取り出した。
「家帰ってから食べるよ」
「はい。店で売ってるレベルだと思いますよ。自信作です」
それから三人でケーキと珈琲を楽しんだ後、店を出た。
「今日はありがとな。おかげで元気が出たよ」
「いえ、こちらこそ。楽しかったですよ」
「また今度行こうぜ」
「おう」
「はい」
そして俺たちはそれぞれ帰路についた。
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