第9話 初めてのキス
それから次の日。朝起きて学校へ行く支度をする。家を出てバス停へと向かった。バスを待っているひながいるので、話しかける。
「おはよう」
「おはよう」
「昨日、愛美ちゃんと二人でどこ行ってたの?」
「下着を買いに行ってたのよ」
「あはは。そりゃ俺は付いて行けないわな」
「当たり前でしょ」
「ひな。髪の毛になんか付いてるよ」
「どこ?」
「取ってやるよ。……ほら」
そう言ってひなの髪の毛に付いていた埃を取ってあげる。
「ありがとう」
ひなの髪の毛に触ったのは初めての事だった。とても柔らかくて、なんだか朝からドキドキしてしまった。
「何?まだ何かあるの?」
思わずそのままひなを見つめていると、ひなにそう言われた。
「い、いや。何でもない」
それからバスが来たので乗り込んだ。バスの中で、ひなはいつもどおり窓から景色を見ていた。いつもの光景だ。俺はチラチラとひなの横顔を見ている。
「やっぱり可愛いな」
「何よ。独り言が聞こえてるんだけど。恥ずかしいからチラチラ見ないで」
「えっ……。あっ……いや、ごめん」
ひなに謝って正面を向く。バスが到着し、ひなは先に降りる
「それじゃ、行くわ」
「うん。気を付けて」
毎日の通学で、ひなと一緒に行けるのは、本当に幸せなことだ。
バスに乗れないトラウマを克服できたおかげで、この幸せをひしひしと感じる。
学校に着いて席に座ると、玲が俺の席にやってきた。
「優斗さん、おはようございます」
「おはよう、玲」
「昨日はありがとうございました。おかげでオシャレできそうです」
「それは良かった」
「それでですね。優斗さん」
「何?」
「今週の日曜日、私とデートしませんか?」
「……は?」
「デートですよ。デート」
「いや、俺彼女いるんだけど」
「あはは。細かい事気にしないで下さいよ」
「いや、気にするから」
「それじゃ、日曜日。十時に駅前で待ってますので」
「あ、おい。玲、ちょっと待てって」
しかし俺の言葉が玲に聞こえる前に、玲はクラスの他の女子と話に行ってしまった。
それから数日が経って日曜日になった。今日は玲とのデートの日だ。デートと言っても、まあ特に気にする必要はないだろうと思い、いつもどおりの恰好で駅前に向かった。
駅前に着くと、すでに玲が立っていた。玲の服装は、前にひなと愛美ちゃんに選んでもらって買った服装だった。
「お待たせ」
「もー、ダーリン。待ちましたよー」
「ダ、ダーリン?」
「あはは。冗談ですよ。さあ行きましょう」
「どこに行くの?」
「そうですね。私、優斗さんとひなちゃんがデートする時に行ってる場所に行ってみたいです。連れて行って下さいよ」
「俺とひながデートで行く場所か」
ラウンドツー、商店街、デパート、公園とかか。
「そうだな。じゃあ公園でも行ってみるか?」
「いいですね。行きましょう」
それから移動して公園に行った。
「ここで何するんですか?」
「公園でのんびりしながら喋ってるな」
「ほうほう。なるほどなるほど」
「他の所も行ってみるか?」
「はい。是非」
「次はラウンドツーにでも行ってみるか」
「優斗さん達がよく遊んでいるところですね」
「ああ」
移動している途中の事だった。ラウンドツーに行くには、商店街を抜けていく必要があるが、肉屋でコロッケを買っているひなと愛美ちゃんがいた。
「あれ?優斗君?玲ちゃんも一緒なんだ」
「はい。今日は優斗さんとデートなのです」
「優斗君、どういうこと?」
愛美ちゃんに詰め寄られる。
「いや、だから。変な誤解をされる言い方をするなよ。違うんだ。玲が俺とひながデートする場所を案内して欲しいっていうから案内してたんだ」
「ふーん」
「さっきまで公園にいて、今からラウンドツーに行くところなんだ」
「じゃあ私達が一緒に行ってもお邪魔にはならない?」
「ならないよ」
「はい。大丈夫ですよ。ひなちゃんと愛美さんも一緒に行きましょう。ラウンドツー。多い方が楽しいです」
こうして偶然出会ったひなと愛美ちゃんと一緒に、ラウンドツーに行く事にした。
「どうせなら雅弘も呼んでやるか」
俺が雅弘に連絡したら、雅弘も合流する事になった。ラウンドツーに到着し、雅弘を待っていると雅弘がやってきた。
「いやー、皆でカラオケか。夏休み以来だな」
「そうだな」
「しかも今日は、玲ちゃんもいるし」
カラオケの受付を済ませ、五人で部屋に入った。
「じゃあ俺一番最初、歌います」
早速、雅弘が曲を入れて歌い始めた。やっぱり十八番のキセキを入れてスタートした。
次に歌ったのが愛美ちゃん。一ノ瀬渚の新曲であるショットを入れて歌った。そして次に俺が大村誠の恋してるを入れて歌い終わり、ひなが月光を歌う。
「相変わらず、ひなは歌上手いね」
「うん、ほんと」
「月光の神秘的な感じとかの表現力が凄いよね」
「次は玲ちゃん歌いなよ」
「そうですね。じゃあ私も歌いましょうか。うーん、懐メロばかりですね」
そう言いながら玲が入れたのは、リムの機械仕掛けの時計だった。俺が合同ライブで楽しみにしていた好きな曲だ。曲が始まり、アニソンらしいテンポの良い曲が始まり出す。イントロが流れ、玲が歌い始めた。その歌声はめちゃくちゃ上手くて、すぐに引き込まれた。曲が終わるまで皆、黙ってひたすら聞いていた。
「う、上手い」
「凄い。玲ちゃん、めちゃくちゃ歌上手いね」
「ふふ、私。天才ですから」
ひなの歌も、もちろん上手いけど、玲も負けないくらい上手い。
それから五人でカラオケを楽しんで、夜ごはんを食べて行く事になった。
「玲ちゃんは、家に連絡しなくていいの?」
雅弘が玲に聞く。
「はい。私、一人暮らしですから」
「えっ?そうなの?親は?」
「海外です。なのでお爺ちゃんの家の近くに住んでます」
「凄いね。一人暮らしだと寂しくない?」
「いえ、一人の方が気楽でいいですよ」
「そういうものなのか」
それを聞いていた愛美ちゃんが更に質問する。
「家事とかも全部自分でしてるの?」
「そうですね。一通り自分でしますよ。掃除、洗濯、料理その他」
「へえー、偉いね」
「当然の事ですよ」
「料理も出来るんだ?」
「はい。私、天才ですから」
「いいなー、ねえ今度さ。ひなと三人で料理しようよ。ひなと玲ちゃんで、私に料理教えてよ」
「お任せください。いつでも教えますよ」
「ありがとう」
「じゃあその料理は、俺達が食べる係りやるよ。なあ、優斗」
「ん?ああ、そうだな」
「じゃあ今度は、ひなの家で料理だね」
「なんで私の家なのよ」
「ひなの家が一番キッチン広いからじゃん」
「まあ別にいけど」
そんなことをファミレスで晩ご飯を食べながら約束した。
それから数日が経った。珍しくひなから連絡がきた。今日、愛美ちゃんと玲を呼んで料理を作るから食べに来ないかというものだった。雅弘も来るらしい。ひなの親は両親は、二人共仕事の出張で今日は帰らないらしい。だから皆で夕飯を作って食べようという事になった。支度をして家を出て、ひなの家に向かった。そういえばひなの家に入るのは、これが初めてだ。初恋サービスを使う前もひなの家には、一度も入った事がない。広い家という印象はあるが、改めて家の前に来るとでかく感じた。ひなの家のチャイムを鳴らすと、ひながドアフォン越しに開いてるわという声が聞こえたので、そのまま家の中にお邪魔した。玄関は白と木目を基調とした洗練されたデザインで、広々とした空間が広がっていた。玄関には靴が四足。大きい男物の靴は、雅弘の靴。そしてひなのオシャレな靴、愛美ちゃんの可愛らしい靴、玲の小さなサイズの靴。それぞれの靴が綺麗に並んでいる。俺もその横に奇麗に並べて、お邪魔しますと一言だけ言って中に入った。するとひながリビングから出てきた。
「リビングはこっちよ」
そう言ってひなに案内されたリビングも開放的な空間で、白と木目で統一感のある美しくて奇麗に整頓されている。
「広っ。凄いな」
俺は思わず声をあげた。辺りをぐるりと見渡していると、大きなテレビとソファがあって、すでに雅弘が座っている。そこをひなが指差した。
「座ってテレビでも見てて」
「ああ。ありがとう」
ソファに座ると、ソファが想像以上に柔らかくて深く吸い込まれるようだった。このソファもかなり高そうだ。
「ひなちゃん家、すげえな」
「そうだな」
「なんか緊張するよ」
「優斗。お前、ひなちゃんの家に来た事ないのか?」
「ないよ。今日初めてきた」
「そうなのか。てっきり何度か来たことあるのかと思った」
ひな達は、リビングからも見渡せるキッチンで、愛美ちゃんに玲と一緒に料理を教えながら楽しそうに作っていた。女の子達のこういう姿を見れるのは、とても楽しい。
「愛美。それじゃだめよ。卵を入れたら火を入れ過ぎないように真ん中に集めるようにかき混ぜるのよ」
「そっかそっか。こんな感じ?」
「そうそう」
愛美ちゃんにひなの指導が入る。
「愛美さん。火は半熟くらいで止めるのがポイントですよ」
更に隣では、玲による愛美ちゃんへの指導も入る。二人の先生から愛美ちゃんは、ふわとろオムライスを教わっていた。俺と雅弘は、テレビを見ているとキッチンからしてくる良い匂いに期待を膨らませていた。とても美味しそうな匂いだ。そしてふわとろオムライスが完成して、テーブルの上に置かれた。
「雅弘君。優斗君。お待たせ、できたよ」
愛美ちゃんが俺達に声をかけてくれる。テーブルに置かれたオムライスを見ると、かなり美味しそうに見える。先生が良いからなのか、愛美ちゃんの顔も自信満々そうだ。
「うわー、美味しそう」
「うん。これは楽しみだ」
席について皆が座った。
「さあ冷めないうちに食べましょう」
ひなの言葉の後、皆が食べ始める。
「いただきます」
俺もふわとろオムライスを口の中に運ぶ。
「どう?優斗」
「めっちゃ美味しい」
「そう。良かったわ。それ私が作ったの」
「おお、これひなが作ってくれたのか。さすがだ」
隣では雅弘が、愛美ちゃんが作ったオムライスを食べている。
「美味い。ちゃんとふわとろになってるよ。愛美ちゃん」
「よかったー」
「俺は感動してるよ。彼女にこんな美味しい手料理を食べさせてもらえるなんて」
「あはは。雅弘さん、良かったですね」
「私の作ったオムライスは、ひなちゃんに食べてもらってます。どうですか?ひなちゃん」
玲がニヤニヤしながら、ひなの顔を見る。
「凄く美味しい。私のよりも味が深い」
「そうでしょ。そうでしょ。私、天才ですから」
「一体何をしたの?」
「隠し味に醤油を入れてあるんです」
「そうすればこんな味が出るのね。勉強になったわ」
どうやらひなも学ぶことがあったみたいだ。そして玲は、ひなの作ったオムライスを食べた。
「うん、そうそう。この味です。やっぱりひなちゃんは、こうでなくちゃ。いつまでも変わらず、その味を守り続けてくださいね」
「何それ」
皆でふわトロオムライスを食べた後、洗い物を手伝った。その後、リビングで皆で話していると、ひなの部屋を見てみたいという話になった。
「ひな、部屋見せてよ」
愛美ちゃんが言う。
「私もひなちゃんの部屋、興味があります」
玲が興味深々という様子だ。
「別にいいけど」
「俺達も見ていい?」
どさくさに紛れて、俺もひなの部屋を見たいと言った。
「別にいいけど何も面白いものなんてないわよ」
そう言って、二階にあるひなの部屋に皆で行く事になった。ひなの部屋のドアを開けると、広い部屋が広がっていた。そこは緑と城が基調となった部屋で、清潔感が漂っている。まさに大人の女性の部屋だ。
「やっぱりひなの部屋は、何度来ても広いって感じるなあ。いいなあ、羨ましい」
「ほう。ここがひなさんの部屋なんですね。どれどれ、早速チェックしましょう」
そう言って玲が部屋に入ると、すぐにひなの机の上に置いてある写真立てを発見した。
「優斗さん。優斗さん。面白い物ありますよ」
「えっ?面白い物?」
そう言って俺を呼ぶので、行こうとすると、ひなが慌てる。
「ちょ、ちょっと。それは」
「えいっ」
愛美ちゃんがひなを抑える。
「ちょ、ちょっと愛美」
そうしているうちに、俺は写真立ての中に映っている写真を見た。それは俺とひなのツーショット写真だった。その写真の見て、俺はひなに大事に思われていた事を嬉しく思った。
「ありがとう」
「べ、別にお礼を言われるような事じゃないわ」
「ひなちゃん。顔真っ赤ですよ」
「ううっ……」
机の上に俺とひなのツーショット写真が飾ってある事以外、ひなの部屋は綺麗に整頓された良い落ち着きのある部屋だった。それから夜も遅くなってきたので、雅弘は愛美ちゃんを送っていく事になった。
「玲、よかったら送ろうか?」
「あら。優斗さん。紳士なんですね。でも大丈夫です。私、誰かに襲われても撃退できるくらいの格闘センスは持ち合わせていますから」
「本当に?その小さな体のどこに?」
「能ある鷹は爪を隠す。ですよ」
「鷹ねえ」
「とにかく私は大丈夫です。心配してくれてありがとうございます。一人で帰れますので」
「そっか。わかった」
「はい。それでは。おやすみなさい」
「おやすみ」
そう言って玲と別れて、俺も家へ帰った。
次の日、学校で休み時間になると、クラスメートの男子が話しかけてきた。
「優斗。昨日、玲ちゃんと雅弘と一緒にいたんだろ?」
「ああ、そうだけど。それがどうかしたのか?」
「あいつらに、お前は彼女いるって聞いたんだけど、本当なのか?」
いきなりそんな話を振られて、俺は少し戸惑った。
「ああ、本当だ」
「マジか。もしいないんだったら俺が恋人に立候補しようかなと思ってたんだけど」
「えっ……?」
「ダメか?」
俺は考えた。ここで無理だどと言えば、彼は傷つくかもしれない。しかし告白されて、よろしくお願いしますと返事する勇気もない。彼なら悪い人ではなさそうだし、付き合ってみるのもいいんじゃないかと思った。……って。そんなわけあるか。
「いや、俺はそっち系じゃないから」
「冗談だよ。本気にするなよ。お前に彼女がいるって聞いて本当だったか気になっただけだ」
そう言いながら、彼は自分の席に戻った。すると今度は別の女子が来た。
「加藤君。今日一緒に帰らない?久しぶりに二人で話したい事があるんだけど」
「あれ?優斗さん。まさかひなちゃんという彼女がいるのに浮気ですか?」
玲が間に入ってきた。
「いやいや、違うよ」
「やっぱりそうなんだ。加藤君、彼女いるんだ。ねえねえどんな子?」
「いや、普通の女の子だから。ほらもうチャイム鳴るぞ」
どうやら結局、彼女は、俺の彼女がどんな子なのか知りたかったらしい。要するに恋バナがしたかったらしい。
放課後になり、帰り支度をしていると、玲が声をかけてきた。
「優斗さん。今朝、何で彼女は普通の女の子だなんて嘘ついたんですか?私という天才の女がいるくせに」
「また何を言ってるんだ」
「冗談ですよ。優斗さんの彼女になるなんて物好きは、ひなちゃんくらいですよ。それじゃ、私も帰りますね」
そう言って玲は、下駄箱で靴を履いて外に出て行った。俺も外に出る。校門を出ると、目の前には雅弘がいた。
「よお。一緒に帰ろうぜ」
「おう。いいぜ」
そうして二人で歩いて行く。
「なあ、優斗」
「なんだ?」
「お前さ、最近元気ないだろ?」
俺は驚いた。
「どうしてわかるんだ?」
「そりゃ、いつも一緒だった友達だし、それに……」
雅弘は何かを言いかけたところで黙ってしまった。俺は聞き返した。
「何だって?」
「何でもない」
「そうか」
それからしばらく沈黙が続いたが、雅弘の方から口を開いた。
「なあ、優斗。お前は俺にとって大切な親友だ。だから、困った事があったらいつでも言ってくれ」
雅弘の言葉を聞いて、俺は嬉しかった。俺も素直に答える。
「ありがとう。俺の悩み事は、ひなの事だ。ひなとの距離感なんだ。ひなは何考えてるのかイマイチ分からないし、俺は一体、どうしたらいいと思う?」
雅弘に相談すると、雅弘は答えた。
「優斗の気持ちを正直に伝えればいいんじゃないか?」
「それでいいのかな?」
「大丈夫だと思うけど」
「そっか。ありがとな。雅弘」
雅弘は照れくさくなったようで、話題を変えた。
「ところで優斗、今日の夜暇?」
「ああ、特に予定はないけど」
「よかったら、一緒にゲームしないか?」
「別に構わないぞ」
「じゃあ決まりだな」
こうして俺は雅弘と夜の時間を過ごす事が決まった。それから家に帰って、俺は部屋着に着替えてリビングでテレビを見てくつろいでいた。その時、スマホの着信音が鳴り響いた。雅弘だろうか。まだゲームの約束の時間より早いけど。
そう思いながら電話に出ると、電話の相手はひなからだった。
「もしもし、優斗?」
「うん。どうしたんだ?」
「あのね……。今日ちょっと優斗と話したいなあって思って」
「ん?どうしたんだ?」
「うーん。なんとなく話したい気分になって。ダメ?迷惑なら断ってもらってもいいんだけど」
「いや、全然大丈夫だ。俺もひなと話したい」
「本当?」
「ああ、本当だよ」
「良かった。じゃあ、これから会えない?」
「分かった。どこに行けばいいんだ?」
「じゃあ公園で待ってて。すぐに行くから」
「了解」
俺は雅弘にゲームをするのはまた今度と連絡を入れてから家を出て、近くの公園まで行き、ブランコに座ってひなが来るのを待つことにした。
しばらくして、ひなはやって来た。
「ごめん。待たせたよね?」
「いや、そんなことないよ。それより、どうしたんだ?ひなが俺と話そうなんて言うの初めてじゃないか」
「私も優斗と話したい時があるの。……なんか変かな?こういう事言うのって」
「いや、全然。ただ意外だっただけだよ」
「そっか」
そして俺たちはベンチに座った。すると、ひなが俺の手を握ってきた。
「えっ!?ひ、ひな!?どうしたんだ?」
突然の事に戸惑っていると、ひなは言った。
「……手握っちゃダメ?」
「いや、まあ、いいんだけど」
それからしばらくの間、手を繋いでいたが、ひなは俺の顔を見つめながらこう聞いてきた。
「ねえ、優斗は私のどこを好きになったの?」
「えっ?」
「やっぱり顔?」
「いや、まあ確かに顔は可愛いけど……。楽しいんだ。ひなと一緒にいる時間が。本当に。ひなは俺と出会ってからの事を覚えてるか?」
「覚えてるに決まってるじゃない。あなたみたいに記憶を消したわけじゃないんだから」
「そうか。じゃあ、俺が初めてひなと出会った時の事を思い出せるか?」
「もちろん」
「じゃあ、俺の好きな所を教えてくれないか?もし俺の好きなところが無いっていうのならそれでもいい。でも俺の事を好きになる理由があるのならば教えて欲しい」
そうしてひなは考え始めた。俺は、ひなの答えを静かに待つ。すると、ひなが口を開いた。
「優斗の優しいところ。あとね、いつも私の話を真剣に聞いてくれるところとか、私の為に色々としてくれたりするところとかね」
「嘘ついてない?」
「嘘ついてどうするのよ」
そう言ってひなは笑っていた。俺はひなの笑顔が好きだ。その笑顔を見ただけで幸せな気持ちになれる。
それからしばらく、ひなと二人で他愛もない会話をして過ごした。だが、ふと疑問を感じた事があった。それは、どうしてひなが急にこんなことをしてきたのかである。俺は、ひなに聞いた。
「なあ、ひな。さっきの話だけど、俺の事が嫌いになったりしていないか?」
そう聞くと、ひなは首を横に振って答えた。
「何で?私が優斗の事を嫌うはずがないでしょ。だって私は優斗の彼女なんだから」
そう答えたひなの目からは涙が溢れていた。
「ひな、泣いてるのか?」
「うん……」
「何かあったのか?」
「ごめん。私怖いの。また優斗が遠くに行ってしまう気がしたの。私、愛想もないし、優斗に幻滅されちゃって、優斗はまた初恋サービスを使うんじゃないかって。急にそう思ってしまったの」
「ひな……。大丈夫だ。俺は、もうひなを置いて何処かに消えたりしない。約束する」
「本当?」
「ああ、約束だ」
そう言うと、ひなは泣き止んだ。
それから、ひなは俺の肩に頭を乗せて、俺にもたれかかって来た。
俺はそんなひなを優しく抱きしめた。
「優斗。ありがとね」
「どういたしまして」
「あのね……。一つお願いがあるの」
「どうしたんだ?」
「キスして欲しい」
「いいけど、ここ外だぞ?」
「別に構わないわ。優斗となら」
「今日はやけに甘えてくるな」
「嫌だった?」
「嬉しいよ」
そして俺たちは唇を重ねた。この日、俺は初めてひなとのキスを経験した。その時、俺は思った。彼女と出会えて良かったと。俺は、絶対にひなを幸せにしてみせる。そう心に誓った。
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