第4話 ひなと仲良くなる作戦 その3
それから数日が経ち、スマホに雅弘からメッセージが届いた。
「今度、音楽のライブに行かないか?」
「ライブ?」
「ああ。合同ライブ。色々なアーティストが集まるんだ。愛美ちゃんもひなちゃんも音楽好きだろ。良いと思わないか?」
「ああ、良いんじゃないか」
「よし、決まりだ。愛美ちゃんに連絡しておくよ」
「ああ、また決まったら連絡してくれ」
雅弘は愛美ちゃんの連絡先を知って、連絡を取り合う仲だ。順調に仲良くなっていっている。それに比べて俺の方は、ひなにもう一度連絡先を聞けないでいる。どうにかして、もう一度連絡先を聞き出す良い方法はないだろうか。あれこれ考えたが、良い方法を思いつかなかった。あきらめて眠る事にした。
それから次の日になり、雅弘からメッセージが届いた。
「愛美ちゃんもひなちゃんもライブに誘ったら行くってさ」
「そうか」
「お前もそろそろ、ひなちゃんとよりを戻せてきたんじゃないのか?」
「いや、それが全然……」
「はぁ?なんでだよ」
「ひなは、イマイチ何を考えてるのか分からないんだよ」
「まあなあ。ひなちゃん、クールだしな」
「そうなんだよ」
「お前も苦労するな」
「ほんとだよ」
「記憶、やっぱり戻らないのか?」
「ああ。全く戻らない」
「そうか。まああれだ。記憶が戻らなくても、またひなちゃんと付き合えるように俺も協力してやるからそう落ち込むな」
「雅弘。お前の方は、愛美ちゃんと仲良くなってきてるのか?」
「ああ。そうだな。もう雅弘君って下の名前で呼んでくれるようにはなったな」
「良かったじゃないか」
「ああ。これもお前のおかげだ。感謝してる」
「俺は何もしてないよ。お前の頑張りの成果だよ。それに比べて俺は……」
「そう落ち込むなって。夏休みは、まだまだ始まったばかりだ。これからいくらでもチャンスがある。頑張ろうぜ」
「ああ、そうだな」
それから数日が経ち、音楽ライブの日がやってきた。待ち合わせ場所であるバス停に向かう。
「おーい、優斗君」
愛美ちゃんがこっちに向かって手を振っている。
「皆早いね」
俺以外、皆すでに揃っていた。
「それじゃ行こうか」
バスに乗り込んで、ライブ会場である芸術公園の野外ステージを目指した。
「今日は色々なアーティスト来るみたいだね」
「ねー、超楽しみなんだけど」
「誰が気になるの?」
「タイワード」
愛美ちゃんが答える。
「タイワードってロックバンドの?」
「そうそう。めっちゃ恰好良いんだよ」
「俺は断然、一ノ瀬渚かな」
「あー、分かる。一ノ瀬渚。良いよね」
一ノ瀬渚とは、男なのか女なのか分からない中性的な顔立ちと声をした謎に包まれたアーティストだ。ネット上でも男なのか女のかとずっとファン達の間で話題になっている。
「優斗の目当ては?」
「俺?俺はリムかな」
「ああー、リムもいいね。分かる」
「リムって最近、新曲出したんっけ?」
「うん。機械仕掛けの時計って曲」
「アニソンだっけ?」
「そう。主題歌」
「何のアニメ?」
「ロボット物のアニメだよ」
「男の子ってロボットとか好きだよねえ。私には何が良いのか分からないよ。ねえ、ひなもそう思わない?」
「うん」
「ロボット物には、熱いドラマがあるものなんだよ。面白いんだよ」
「ふーん」
そんな事を話しているうちに、バスは芸術公園へと到着した。
到着すると開演一時間前にも関わらず、多くの人で賑わっていた。
「うわー、多いねえ」
「凄い人だなー」
「まあ合同ライブだからね」
「はぐれないようにしないと」
「そうだね」
「トイレ済ませて早く場所取らないと、良い場所なくなっちゃうぞ」
「そうだね。急ごうか」
トイレを済ませてライブ会場に入る。かなり後ろの方の席になってしまったが、なんとか見える位置を取る事ができた。
「ねえねえ。さっきさ、女子トイレで凄い派手な人いた」
「どんな人?」
「んとね、髪は赤色のショートヘアー。カラコン入れてて、背は小さくて小顔だった。超可愛かった」
「へえー。バンギャってやつかな?」
「うんうん。多分そうだと思うよ」
「やっぱりライブに来ると、個性的な人って結構いるなー」
「だよね。アーティストがもしかしたら見てるかもしれないって思うと、気合入るんだろうね」
「俺ももう少し面白い格好してきた方がよかったかな。な、優斗」
「なんで俺も面白い格好しなきゃいけないんだよ」
「いやー、優斗が面白い格好したらどうなるかなーって想像してみたんだよ」
「勝手に変な想像するな」
「犬の着ぐるみとか着たら面白いんじゃない?」
「このクソ暑い時に着れるかよ」
「あはは。でも優斗君の犬の着ぐるみ見てみたいかも。絶対可愛いよ。ね、ひなもそう思わない?」
「見たくない」
きっぱりと言われてしまった。
「っていうかさ、私。ひなも色々着せ替えてみたいと思うんだよね」
「なんでよ」
「ひなはスタイルも良いしさ、へそ出しの服にミニスカートとか思い切って着てみない?」
「嫌よ」
正直、そんなひなの服を見てみたいと思った。
「あ、そろそろ始まるぞ」
時間になった。一組目のアーティストが登場した。リムだった。
「うお。いきなりリムか。トップバッターか」
俺は興奮した。
「おお、いきなり出てきた」
「良かったな。優斗」
リムは、新曲の機械仕掛けの時計を熱唱する。
「ありがとうーー。皆今日会えて本当に嬉しいよ。ここから一気に色々なアーティストが出てくるから盛り上がっていこうぜー」
「おー」
「うおおおおお」
沢山の歓声が聞こえてきた。
「やっぱり盛り上げ役は、リムだな。適任だよ」
「リム盛り上がったなー。流石だ」
「次は誰出てくるのかな」
次に出てきたのは、大村誠だった。大村誠はイケメンアーティストと言われていて、俳優としても活躍しているアーティストだ。
「大村誠だ」
「きゃー、めっちゃ格好良い」
「愛美ちゃん。大村誠好きなの?」
「うん。恰好良いよね。大人の男って感じで」
「そっかあ。愛美ちゃんは、大村誠みたいなのが好みか」
「いや、まあ。芸能人だからね。流石にあのレベルは、なかなかいないでしょ」
「現実を分かってるね」
「現実なんてそんなもんだよ」
大村誠は、去年大流行したドラマ主題歌を歌いながら踊った。皆が踊れるような簡単な振り付けという事もあり、ダンス動画が大流行した。
「おー、いいね。楽しくなってきた」
「どんどん盛り上がるな」
そして次に出てきたのが、タイワードだった。
「来たああああ。タイワードだー」
愛美ちゃんのテンションが上がる。
「めっちゃ良いー。恰好良いー」
ずっと恰好良い。ヤバイを連呼している。曲に合わせて観客がジャンプして、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。会場は一体になった。
「皆、ありがとうー。次は……一ノ瀬渚」
その瞬間、皆がわあああと歓声を上げた。
「うおー、一ノ瀬渚。凄い人気」
「ねえ。やっぱり凄いなあ」
そしてステージに一ノ瀬渚が姿を現した。
「あ、あれ!!ええええ、嘘ぉ……」
「な、何?どうしたの、愛美ちゃん」
「さっき、バンギャの話したじゃん。あの人だよ。あの人、一ノ瀬渚だったんだ」
「ええええ。ってことは?」
「一ノ瀬渚は女だったんだよ」
「マジか」
「うん」
「でもなんで一般客も使う女子トイレを使ったんだろう」
「一ノ瀬渚ってそういうとこあるじゃん。大胆というか」
「た、確かに……」
確かに大胆なパフォーマンスをする事もある。しかしまさか一ノ瀬渚がそこら辺を普通にうろついていたなんて、誰が考えるだろうか。
「うわー、なんで気付かなかったんだろうー。確かに似てるなとは薄々思ってたんだよ。悔しいー。声かければよかった」
「おしかったね」
「うん。でもあんなに間近で一ノ瀬渚を見れたってだけでも、凄く運が良いよ」
「確かに」
一ノ瀬渚の圧倒的な歌唱力で、会場は度肝を抜かれた。
「凄い。生シャウト。上手いなあ。歌唱力半端じゃないわ」
「ねー」
「上手いなあ」
「うん」
「あの小柄な体からどうしてあんな凄い声出せるんだろう」
ひなも驚いていた。一ノ瀬渚の歌が終わり、そこからは知らないアーティストの曲が続いていく。良い曲があり、帰ってから調べてみようと思ったアーティストも数名いた。
そして最後を飾るのは、丸ノ内サディスティックを歌ったあのアーティストだった。
「これってひながカラオケで歌ってたアーティストだよね」
「そうそう」
「ああっ……」
ひなの声が僅かに漏れた。そしてステージを真剣に見つめている。ファンなんだろうか。
「凄いよ。ラストは誰か伏せられてたけど、まさかこの人だなんて。サプライズすぎ。ひな、よかったね。好きでしょ。生の丸ノ内サディスティック聞けるんだよ」
「うん。嬉しい」
生の丸ノ内サディスティックが終わるまでの間、ひなはずっとステージに釘付けだった。目が輝いていた。ひなのこんな嬉しそうな表情、初めてみた。
全ての曲が終了し、合同ライブは終わった。
「いやー、滅茶苦茶楽しかった」
「盛り上がったね」
「最高だったな」
「うん」
「なあ。どっかで飯食ってく?」
「行くか」
「そうだね。遅くなったし。ひなもいいよね?」
「いいけど」
「よし。それじゃ、いつもものファミレス行くか」
それからいつものファミレスに寄って夕飯を食べた。夕飯を食べ終わり、雅弘達と別れる。俺はひなを家まで送っていった。
「今日のライブ楽しかったな」
「うん」
「まさか丸ノ内サディスティック聞けるとは思わなかった」
「うん」
「ひな。やっぱりファンなの?」
「知ってるくせに」
「あっ……。ああ、まあ。そうだよな。うん、知ってた。あはは。あはははは……」
「最近ボケた?」
「……かもしれない」
「しっかりしなさいよ」
「ああ、うん」
「…………」
「あっ、ひな。実はさ、スマホの電話帳のバックアップを取ってたんだ。その時に間違えてひなの連絡先を消しちゃってさ。悪い。もう一回連絡先を教えてくれないか?」
「……ボケすぎじゃない?」
「ごめん」
「しょうがないわね」
ひながスマホを取り出して、連絡先を教えてくれた。
「ありがとう」
「うん」
「なあ。ひな」
「何?」
「……また皆で遊びに行こうな」
「いいけど」
「うん」
「それじゃ。もう帰るわ。送ってくれてありがとう」
「うん」
気が付くと、いつの間にかひなの家の前に着いていた。ひなは家の中に入っていった。
「聞けた……。連絡先。……やったあ」
俺は帰り道、ガッツポーズをした。
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