第21話 善悪の逃亡者
「どうして、ここに」
思いもよらぬ人物の出現に思考が追い付かなくなっていた。
遊具から回り込んで僕に近づいてくる天次からは敵対心は感じられない。
「どうして、て……あんなことになったら、誰だって心配するよ」
「あの状況で僕を助ける為に追いかけてきたのか」
あっさりと天次は頷いた。
まさか、この女は本当に僕の事を心配して追いかけてきたのか。ここまで善人だと少し怖いぐらいだ。
「僕はもう学校に戻らない、君もすぐにここから離れるんだ。僕と一緒に居たらあらぬ疑いをかけられるぞ」
一緒に行動を起こすのはまずい、敵と味方で逃亡者になるなんて前代未聞だ。
僕の気持ちを察してくれないお節介女は、胸に手を当てて主張をした。
「浅木君を一度でも裏切った私にこんなことを言う資格はないかもしれないけど、もう二度と君を裏切りたくはない! 傷つけたくはないの! お節介だ迷惑だと思われても、困っている浅木君を放っておくことはできない!」
あまり出会ったことのないタイプで興味深い人間だが、時間のない状況では道を塞ぐ大岩と変わらない邪魔な存在だ。
「僕は天次さんに裏切られたとは思っていない。それに、協力してもらわなくても自分の力でどうにかできる」
「瘦せ我慢言わないで、大急ぎで逃げ出していたじゃない」
「別に逃げたわけじゃない」
「じゃあ、理由を教えてください」
「……」
「ほら答えられない」
返事ができないのには理由がある。だけど、それを言ってしまうと事態を悪化させてしまうだけだ。
反論したい気持ちを飲み込むと天次を無視して僕は歩き出した。
「どこに行くつもり?」
「僕の勝手だろ」
天次がやってきた方向とは反対にもう一方公園の出口があるので、歩幅を大きくその方向へ向かった。
「――そっちに行くと浅木君を追いかけている連中がいるよ」
「なに?」
「ブルーガイアの追跡情報が私のスマホから確認できるんだ。この場から逃げ出したいなら、私と協力した方がいいよ」
振り返る僕の前に天次はピンクのカバーをしたスマホの画面を見せつけた。
こちらの公園の名前が入った場所が中心に点滅し、中心の点滅に向かっていくつかの矢印が距離を縮めていた。
「中心が私の位置、そして、他の矢印が君を追いかけているブルーガイアの位置だよ。不審な人物を追いかける為に、私達自身で情報を共有するようにしているんだ」
「協力しようとしているのか脅迫しようとしているのか、どっちなんだよ」
スマホを制服のスカートのポケットに戻すと甘次は握手を求めるように手を差し出した。
「どっちもだよ。私に浅木君を助けさせて」
凛としたその佇まいにたじろいでしまうが、僕は、しかし、と反論する。
「天次さ……天次の位置まであっちに筒抜けになるだろ。おかしな動きをしてしまうなら、追手に怪しまれてしまうだろ」
「大丈夫、ある程度目的の場所まで行けたならスマホの電波を切って電源を落とすよ。私は別に浅木君を追跡するようには言われていないから、途中で通信が切れても帰宅したぐらいにしか思われないよ」
身内から身を隠す程度の問題ならそれで済むのかもしれないが、天次のバックについている組織のことを考えるとあまりに不用心過ぎる気もした。
「それだけじゃあまりに心配だ、このやりとりすら僕の罠かもしれないだろ」
「それは安心していいよ。ブルーガイアは、浅木君をハメる為だけに、私を囮に使う真似はしない。発見し次第、すぐに攻撃を開始すると思う」
自分の所属する組織を説明しているのにも関わらず、天次の発言はいたく冷たいものだった。その目の奥には、そう思わせるだけの過去の記憶が映っているのかもしれない。
「……天次と行動を共にすることのメリットは他にないのか」
くすっと天次は笑った。
「なんだか面接みたいだね。もしもブルーガイアの追手を振り切れない場合は、私が責任とって浅木君の盾にも剣にもなるよ。例えブルーガイアと戦うことになっても、私は私の正義の為に戦う」
虚言だとしたら腰を抜かしてしまいそうなぐらい、力強く天次は言い放った。
何より僕が動揺したのは、この短い天次との会話で彼女が僕と同族だと分かったからだ。
天次は正義を執行したい、ヒイロは悪事を執行したい。ただし、互いに善悪に誇りを求めた。僕と天次が目指す方向は正反対だが、立ち位置とそこに至る過程は同じなのだ。
不運にも最悪な立場とタイミングで、僕は同じ種類の人間と遭遇してしまったのだ。
こういう人種の気持ちはよく分かる。死んだって動かない。死んでしまうなら、目に見えない魂や強い信念のようになってどこまでも漂い続けるだろう。
溜め息を吐き、握手を求めるその掌を僕の掌が叩いた。
「安全を確保できるまでなら、僕を助けさせてやるよ」
今思うとこうやって毒づくのが精一杯の抵抗だったのかもしれない。こちらの心情をどのように解釈したのか天次はにんまりとした笑顔を浮かべた。
その気色の悪い笑顔は、やはり悪の軍団で過ごす僕の笑顔と似ていた。
※
作戦なんて無かったものの、天次の情報を信用して僕は彼女と行動を共にした。
行動を一緒にしているの天次だという時点で、中学校の裏に向かうという選択肢は捨てた。代わりに、どこか人気のない場所でテュルフィングを呼んでから逃げ出すことにした。
ここで僕が考えなければいけないのは、追手から逃げつつ天次に正体をバレることなくテュルフィングに乗り込むのか、だ。
「ねえ、本当にここでいいの?」
「ああ、ここを真っ直ぐ行けば今は使われていないキャンプ場に出る。あそこなら当分は人も寄り付かないだろう」
事前にこの辺のことも調べていたこともあり、目指したのは、数年前に廃業したキャンプ場だ。天次の事を調査している内に行き着いた場所だったが、同時にそのキャンプ場は僕の記憶にも残っていた。
小学生の時に施設の連中と行ったことのあるキャンプ場だった。最初に耳にした時は、ああ、あそこ潰れたんだなーぐらいの感想だったが、ここにきてその時の情報が役に立つとは考えもしていなかった。
馬鹿正直に公道から進むようなことはするわけないので、木々に覆われた場所を強引に押しのけて進んだ。事実、天次のレーダーにはしっかりと公道を封鎖するアイコンが点滅していた。
よくこんな道を知っていたね、なんて天次には不思議がられたが、僕の体にはレーダーのような機能も備わっていた。体内から発生する音波が周囲の地形情報を学習しリアルタイムで、まだ生身の僕の脳へと目的地までの最短ルートを伝達する仕組みになっていた。
「この辺は私の地元だけど、こんな道は知らなかったな。もしかして、ここに住んでいたことあるの?」
地元の人間でも首を傾げるような獣道からもう何年も前に潰れたキャンプ場へ迷うことなく進んでいるのだ、これぐらい当然の疑問だろう。
「住んでいたわけじゃないけど、このキャンプ場には遊びにきたことがある。その時、偶然にこの道を知った」
さすがに怪しまれるだろうと思ったが、
「そうなんだ……。それなら、キャンプ場無くなってることを聞いた時は悲しかっただろうね……」
「あ、ああ……」
足を滑らせそうになったが、何とか踏みとどまる。
信じられないことだが、どうやら本当に正義の心や信じる心だけで生きてきた人らしい。
※
言葉数少なく僕と天次はキャンプ場に到着した。雑草が伸びたまま放置されていたこともあり、どうやら気付かない内に敷地内に入っていたようだった。
よく制服のスカートでここまで付いてきたものだと感心する天次を連れ雑草から逃げるように河原に出た。
不良が溜まり場にでも使っていたのか空き缶やコンビニの袋が散らばったり、使われていない水道やベンチも錆や泥で酷く汚れていたが、奥の方に建てられていたコテージは雨露程度なら守ってくれそうだった。
「今晩はあのコテージで過ごそうと思う。鍵が空いていないか分担して探そう」
「うん、それならあっちから探すね」
「もしかしたら、窓や裏口なら鍵がかかっていない可能性もある。扉が開かない場合は、回り込んでみてくれ。念入りに探すんだぞ」
「分かったよ」
提案に賛同した天次に頷いて応じると、彼女の言う通り僕は五棟並んでいる内の一つのドアノブに手を掛けた。
「当たり前か」
鍵がかかっているらしい、ノブは回らない。管理会社もそこまでは業務放棄していなかったようだ。
すぐさま指先で鍵穴に触れると、学校の屋上で行ったように学習した指先は鍵穴の求める形に変形してあっさりとドアを解錠させた。
僕一人だけならこのままで問題ないのだが、ここで一棟だけ出入りできることを天次に話したら彼女は一晩同じ空間で過ごそうと言ってきそうだったし言い逃れができない。それだけは絶対に避けなければならないので、自然ともう一棟を開ける必要がでてくる。
そそくさと隣のコテージに向かい、さっさとそちらも解錠を済ませた。
二棟目の裏からやってきた天次がちょうど目に留まったので、僕は声を掛けた。
「おーい、こっちの二棟は開いていたぞ!」
「ええ、そうなの! 凄いラッキーだね!」
目を輝かせて駆けて来る天次の姿に僕は肩こりを覚える。まあ、肉体が強化されているので肩こりはするわけないが、精神的に疲れてくる。
コテージの階段を降りると僕は天次と合流した。月明かりの下、彼女の足が目に入るが、傷だらけの白い肌に僅かに罪悪感を覚えた。
「あの……でもさ、これから、どうするの?」
言い難そうに天次が問いかけてきた。
こちらからその話題を出そうと考えていたので、逆に都合が良かった。決して嬉々とした感情は出さず話すことに徹する。
「今晩はここで休んでから考えるよ。もしも、このまま何も良い案が思いつかないなら……逃げずにブルーガイアに潔白を証明するよ」
最後のもったいぶった一言に天次はぱあぁと華が咲くような笑顔をみせた。
お構いなしに僕の手を甘次は握ると何度もうんうんと首を上下させた。
「だよねだよね! 浅木君は悪い人じゃないて思ったんだ。さっきの獣道を歩く時だって、少しでも私が歩きやすいように雑草を踏みしめながら歩いていたでしょ。よく知らなかったけど、浅木君て気遣いのできる人なんだなって思ったよ」
「そんなの偶然だ、たまたまそう見えたんだろ」
「うん、偶然かもしれないね。悪い人じゃないて思えるのは、どことなく浅木君が私と似ている気がするんだ」
それこそ失笑ものだった。
「どこがだよ、クラスの人気者で世界を救うヒーローの天次茅羽とクラスの日陰者で天次をストーカーしても誰も疑わない僕とじゃ住む世界が違うね」
正論を述べたつもりだったが、甘次は喉に魚の骨でも刺さったような複雑そうな表情をしていた。
「そうかなぁそうじゃない気がするなぁ……。よくわかんないけど、凄く似ているけど……確かに浅木君が言うみたいに似ていない気もするし……男と女だからかな?」
「そんなの知らないよ。……でも、明日ブルーガイアに向かうことになったら、天次も一緒に来てもらっていいかな」
「もちろんだよ! 私が責任を持って浅木君の身の潔白を証明するよ」
「頼もしいな」
照れ笑いをみせる天次に微笑みかけると、僕はさっさと最初に解錠したコテージの方へと歩き出す。
「あれ、一緒にいないの?」
「……せっかく、二つとも鍵がかかっていなかったんだ。一緒の空間にいるよりも、別々に休んだ方がいいんじゃないのか」
「え、何で? それに暗いし危ないからっ」
無視して歩き出す僕の腕を早歩きで近づいてきた天次が握った。
「暗いとか危ないじゃない、男女が同じ空間で過ごすのは……天次だって嫌だろ」
「え、全然嫌じゃないよ! それに、浅木君は私に嫌なことするの?」
どんだけ無垢なんだよ、それとも通り越して馬鹿なんじゃないか。
「するわけないだろっ」
「ほらねー」
しまったと思った。もう少し僕に人生経験があれば、ここで彼女を引き下がらせることもできたのかもしれなかった。それなのに、僕はつい我慢できずに口車に乗ってしまった。
「さっさっ、早くコテージ入ろうよ。少しだけならお菓子もあるから、それも食べようよ」
「なんだか学校と雰囲気違うな」
「学校はブルーガイアの目もあるしね……。それに、逃亡者さんには私の体裁なんて関係ないよね」
「困った正義の味方だよ……」
天次が寝静まった時にテュルフィングに乗って逃げ出す僕の作戦は彼女の強引さのせいで、完全に失敗することになった。
次の作戦を考えるしかないとうなだられる僕の背中を嬉しそうに天次が押すのだった。
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