第20話 しくじり侵略者は遊具の中で頭を抱える

 学校から逃げ出したはいいが、逃走経路に僕は頭を悩ませていた。


 これはただの無断欠席じゃない、ただ教師や学校関係者や警察に追いかけられるのとは訳が違う、敵に回した組織は大きすぎる。

 考えるにブルーガイアは既にこの日本を掌握していると言ってもいいだろう。

 組織にまで僕の話が回っているなら、監視カメラが設置してある場所は避けた方がいい。たった一人の学生が天次の秘密を尋ねて回っていただけで、学校に圧力をかけることができるのだ。日本中の公的なカメラを監視できていてもおかしくはない。


 しばらく悩んだ後、僕は学校からそれなりの距離のある場所で小ぢんまりとした公園を見つけ、半球体の遊具の中に身を潜めることにした。というか、ここぐらいしか落ち着いて隠れられそうにもなかった。

 カラフルなトンネルの中は想像していたよりもずっと狭かったが、薄暗い空間の中に居ると落ち着いて考えることができそうだった。


 ズボンのポケットからヒュドロスデバイスを取り出した。これなら、 通信を傍受されるような心配もないだろう。

 教えてもらった通りのやり方でヒョウリに通信を行う。


 『――なんだ』


 程なくしてスマホ型デバイスのスピーカーからヒョウリの声がした。


 「すいません、しくじりました」


 ヤクザ映画のチンピラのようにすまなさそうにヒョウリの姉貴に告げた。

 そうか、とだけ短く返事をしたヒョウリのリアクションは予想に近いもので特別驚くことなく劇的な事の顛末を告げた。


 「――という訳で、僕はこうやっておめおめと醜態を晒しています」


 さすがに叱責されるかと身構えてしまう。


 『いいや、良くやったよ』


 「は?」


 予想していなかった言葉を前に間の抜けた声を上げた。


 『ブルーガイアの現地での組織力、天次茅羽の調査、そのどちらも達成している』


 「僕が逃げ出したことでヒョウリさんの身に危険はないんですか。一応、堂々とヒョウリさんのマンションから通学していた訳ですし……」


 『それは問題ない、書類も経歴もなるべく複雑に偽造しているので、そもそも偽物という事実に気付くまでに時間がかかるはずだ。それに目撃者が心配なら、あの周辺の監視カメラは全て事前に私達が用意した映像が流れるように細工してある。ヒイロの居場所を探っても、学校周辺ぐらいまでしか追うことはできないはずだ』


 ずっと気になっていた心配事が解決し少しだけ気持ちが軽くなった。とりあえず、ヒョウリまで危害が及ぶような最悪の事態にはならなさそうだ。


 「これから、どうしたらいいでしょうか」


 『追って連絡をする、と言いたいところだが……。ゆっくりしている余裕はなさそうだな。あちらこちらにブルーガイアの監視の目はある。いくらそこに隠れていようとも時間の問題だろ。当面の目標は、そこから逃げ出してからのテュルフィングとの合流だな。テュルフィングの機動力なら、逃げるのも困難じゃないはずだ』


 「そうですね、このまま逃亡してしまった方が都合がいいかもしれません」


 『遠隔操作でテュルフィングを呼ぶことも可能だが、街中では目立ちすぎる。ボスはこれからもヒイロを地球に潜入させたいと考えているから、先の事を考えるとあまり目立たない方が良いだろう。それは最終手段に取っておけ』


 言われなくても百も承知だった、

 昼休みの思い詰めた様子の天次に気付きながら対策を講じなかったのは自分のミスだ。

 ヒョウリはああは言ってくれたが、上手く誤魔化すことに成功していたら組織へのもっと価値のある情報を収集できる可能性だってあった。

 これ以上、失敗に失敗を重ねないためにも衆人環視の中でテュルフィングを呼び出すような真似はしたくなかった。


 「了解です、このままヒョウリのところには戻らずに基地への帰還を目指します」


 『まだ潜入中である以上、私からの協力は不可能だが、基地には連絡を入れておこう』


 「頼みます」


 夕陽が遊具の穴を抜けて中まで照らした。時間を掛ければ掛けるほど、僕を追い詰める包囲網はできてくるのかもしれない。

 行動を起こすのは暗くなるのを待ってからにしようかとも思ったが、時間を掛けると大事になりそうなので動き出すことにしよう。


 『行くのか?』


 「はい、簡単に情報を操作する連中が相手なら時間を掛けない方がいいでしょう。急いでテュルフィングの元へ向かいます」


 『普段なら潜入任務はリュミカと二人だったが、お前との潜入の日々は楽しかったぞ。必ず、無事に帰れよ』


 「俺も楽しかったです。リュミカもそう考えてくれてますかね?」


 「愚問だ、心の中でリュミカはヒイロとの別れを悲しんで泣いて――」

 「――いうなぁ!」


 声は同じヒョウリのものだが、最後の喚くような語尾はリュミカのものだろう。短いやり取りに僕の肩の力は抜けていた。


 「じゃあ、行きます」


 『――気を付けてな』


 プツンと通話が途切れた。

 耳にした最後の言葉は、ヒョウリが放ったものかそれともリュミカからの言葉だったのか、いずれにしても彼女達は嘘を口にはしない。どちらかの意思に反した発言はしないようにできているのだから。



           ※


 ヒョウリとの連絡を切った直後だ。

 ジャジャジャ、と足音が聞こえて体が硬直した。誰かが遊具の側に近づいてきている。


 (待て、冷静になって考えてみろ。ここは公園だ、学校が終わった子供が遊びに来てもおかしくはない)


 耳を澄ますと足音は一人分だけだ。もしも本格的に僕を捜索しているなら、足音は一人分だけでは済まないだろう。

 たまたま通りかかっただけだろうか、とも考えたが、その足音は真っすぐに僕の方に向かってきていた。


 この遊具に用事があるのだろうか、それなら、大人じゃなく子供だろう。幸いこの穴だらけの遊具には足音の方向と反対側にもう一つ出入りができる大穴が空いてある。天井付近にも無数の小さな穴が空いているが、僕が通ろうとしてもつっかえてしまう子供用の大きさだ。なら、こちらの大穴から脱出するしかないだろう。

 近づいてくる謎の足音が遊具の前まで来たタイミングに合わせて、僕は反対側の穴から抜け出した。


 「――あ、やっぱりここにいた!」


 ドキッとして飛び出した僕は足を止めた。背後から聞こえた声に、ゆっくりと振り返ると――天次茅羽が僕を指さしていた。

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