第22話 歪な逃走の果てに――
コテージに入ったものの当然のように非常用の食糧も置き忘れていることもなく、電気も通っていない。僕の力を使えば、電気ぐらい確保できる気がするが、これ以上怪しい真似はできない。さらには、クローゼットの中で布団やベッドはそのままにはなっていたが、数年間放置されていたことで大量の虫の巣になっていたのでとても使えるような状態ではなかった。
季節は五月、夜はまだ少し冷える。
悪の組織としては矛盾しているかもしれないが、天次の傷だらけの足でひんやりとしたフローリングの床に寝かせるのは気が引けた。
奥の寝室に向かうとシーツ類は無いがダブルベッドが裸同然だとしても横になるぐらはできそうだった。すぐに僕は学ランを脱ぐと木目の剥きだしになった床板に置いた。
「天次、こっちだ」
「え、どこどこ……あいたっ」
「正義の味方ならしっかり歩け、ほら自分のスマホの灯りがあるだろ」
急に明るくなり目を細めると、スマホのライトを点灯させながら天次が廊下から顔を出した。
「わあ、ベッドだね。あれ、あの学生服て浅木君のじゃない?」
「木の板の上で横になるよりかはマシだろ」
「そうしちゃうと浅木君が寒いよっ」
「もう五月だ、半袖の連中も居る。僕はそういう寒さに強いタイプの人間だ」
実際、ある程度は体温調整できるからな。
「何でそんな無理しちゃうかな……。学校でも凄い我慢していたみたいだし……」
「我慢なんてしていない、あんなの気にもしていない。もう過ぎた話はいいから……あまり疲れは取れないだろうが、今日一晩だけだと思ってここで休んでくれ」
押し問答になりそうだったので、さっさと部屋から出ていく僕の袖を天次は引っ張った。
「ちょっと待ってよ、浅木君はどうするの!」
「僕はあっちの部屋で休むから、気にしないでくれ」
「でも、あっちの方が寒いよ。この部屋に一緒にいようよ」
ね、と催促する天次の手を僕は振りほどいた。
「馬鹿を言うな、君のワガママを聞くのはここまでだ。一人で考えたいことがあるんだよ。僕だって怒涛の展開で、いろいろ気持ちを整理したいし落ち着いて考えたいことだってある。……分かるだろ」
「あーえと、な、なら……私が寝るまで一緒にいるのは……ど、どうかな……?」
はっきりと物を言う天次には珍しく、やけに挙動不審だ。しかし、あまり考えたくはないがある結論に辿り着いた。
「まさか……怖いのか?」
「え、あ、はははー……」
残念ながら図星だったらしい。
くだらん、と無視をしようと考えたが、天次がこんな状態なら下手をしたら、僕の休んでいる居間までやってきそうだ。それに寝てくれないと困る。
待て、逆に考えれば、むしろこれは好都合ではないのか。天次を監視しつつ、彼女が眠ったのを確認したらテュルフィングを呼んで帰還をすればいいのだ。
「仕方がない、そこまで言うなら僕もこの部屋で休むよ。ただし、広いベッドがあるとはいえ一緒には寝ないからな」
「何言ってるの? 当たり前じゃん」
「……」
この時、ぶん殴って気絶させようかとも考えた。
※
寝息が聞こえてきたのをじっくり確認し、僕は腰を上げた。
どういう訳か最後は手を握って側に居てしまった。起こさないようにそっと天次の手から逃げ出す。
しばらくくだらない談話をしていた僕達だったが、話が途切れてようやく寝落ちしたかと思った天次がなんと寝ぼけて泣き出してしまった。動揺する僕に手を握るように求めてくる彼女を拒み切れず――今に至った。
足音にも細心の注意を払いつつ退室すると、ようやく安堵した。育児をしている親の気分が少しだけ分かった気がする。
(天次は何かに怯えるように泣いていた。暗闇にトラウマでもあるのだろうか)
考え込みそうになったので、僕は強引に思考を中断させた。
今がチャンスなのだ、敵であるはずの天次の事で悩んでも時間の無駄だろ。
「本当の僕は悪の軍団ヒュドロスの一員だ。彼女の友人じゃない、天次茅羽は敵だ」
己に言い聞かせた後に両頬を叩いて喝を入れる。
慣れあいもここまでだ、僕は僕の本分を全うする。
コテージの出口に真っすぐに向かい、少しだけ頭を横切るのは、目覚めて僕の居なくなったことに気付いた天次の反応だ。
悲しませてしまうかもしれない、いや、自意識過剰じゃないか。でも、もし悲しませるなら……まだ憎まれた方が良かったかもしれない。
(僕は何を考えているんだ)
気持ちを切り替えるように深呼吸をすると、コテージのドアノブを捻り、本来の僕に戻る為の一歩を踏み出した。
※
――ズドン。
もっと鈍い音かもしれない。
外に出た僕は迎えたのはソフトボールサイズの黒い塊だった。
脇腹に強い衝撃を受けて、先程までの慎重な時間は何だったんだと思うほど大きな音を立てながらコテージの扉を破壊しながら強引に室内まで戻された。
床に体を打ち付け、視界が二転三転しつつ廊下の最奥の居間の壁際でようやく僕の体は停止した。
(やられたっ……!)
丈夫な肉体を頂いたことで痛みは皆無だが、全身から噴き出すように冷や汗が流れる。自分の油断から発生した緊急事態に、まだ未熟な僕の思考は搔き乱された。
歯を食いしばり、コテージの入り口の方から視界に入らない場所に身を隠した。
「な、何の音っ!」
廊下の真ん中辺りに位置する寝室から出てこようとする天次に怒鳴る。
「出てくるな! 天次!」
開きかけた天次の扉が外側から粉砕し、鉄球が顔を出した僕の眼前を通り過ぎて突き当りの窓を破壊した。
「きゃあぁ――!」
「大丈夫か!?」
「……う、うん」
(……て、僕は何を心配しているんだっ)
天次が大人しく寝室に頭を引っ込めたのを確認して、自分の状況を再確認する。どう考えてもここで攻撃してくる連中といえばブルーガイアしかいない。僕の脇腹にも、どうやらさっき飛来した物と同じ鉄球が直撃したのだろう。
あんな鉄球、まともな人間なら体に穴が空いているぞ。
直撃した場所は服が破れているが、肉体には傷一つない。事前に敵が待ち構えていることが把握できているなら、もしかしたら戦えるかもしれない。
(駄目だ、リスクの方が圧倒的に上だ。賭けをするには判断材料が少なすぎる)
「天次、外から攻撃された。あれは、お前の仲間か?」
「ブルーガイアてこと……。私、そんな話は聞いてないよっ」
信じてほしそうな声色に溜息が出る。
「そりゃそうか……。短い付き合いだけど、そういうのできるタイプじゃないよな」
「浅木くぅん……」
「泣くんじゃない、そういう組織の仲間ならもっと凛としてくれ」
「いやぁ、信頼してもらえてるのが嬉しくてねぇ」
「随分余裕だな」
「うん、もしブルーガイアなら私が説得して浅木君に危害が及ばないようにするよ」
どうやら天次は、既に僕が危害を受けていることは知らないようだ。話し合いでどうにかなると思っているようだが、問答無用で人間を砕くことのできる砲丸をぶち込んでくる時点で対話が成立するとは信じられなかった。
「なら、さっさと連絡をしてくれ。そして、僕が怪しまれる人間じゃないことを証明してほしい」
やけくそで僕は天次に言葉を投げた。
「うん、任せてよ。もう浅木君は友達だもんね」
友達、耳慣れない一言に僕は何故か息が詰まりそうになる。うそ偽りのない彼女の言葉に、胸の奥はざわめいた。
危険な状況だというのに、僕の耳には風で揺れる木々の音と共に彼女のそんな言葉が――それは、おかしいだろ。
「ちょっと待て、何か外が静かすぎる。天次は部屋の奥で――」
――ガッン!
無遠慮な金属音が突然と床を叩いた。
音の原因を目で追えば、水筒のような金属の塊が目に留まる。続いて、濃い煙を筒の先から放出後、目を焼くような強い閃光が僕らを襲った――。
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