第18話 変わる状況変わる情報

 怪しまれないように仮初めの学生生活を過ごしつつ、僕は天次茅羽の過去の調査を開始して一週間が経過した。

 最初は平行線ではあるものの、甘次の近しい人達へ近づいている気配すらあったのだが、急にパタリと甘次の過去を知る人物達の足取りは途絶えた。

 敵も馬鹿じゃないようで、僕の動きに感付いているようだ。さて、どう動いてくるのだろうかなんて内心悠長に構えていた僕の思惑はここにきて覆されることになる。


 「僕が考えているよりも、敵の動きは早いようだ」


 他人事のように呟くが、今回は僕は当人である。

 腕を組んだ僕の目線の先には、泥が詰め込まれた僕の下駄箱があった。横を通っていくクラスメイトは誰一人として気にしている様子はない。

 どうやら、最初から派手に動き過ぎたらしい。これは恐らく、僕への警告と思われる。

 それ以上詮索するな、そう言われている気がしてくる。


 「だけど、この程度で怖気づくような僕じゃない」


 泥を手で擦ると辛うじて奥から僕の上履きらしき物体がほんの少し見えてくる。

 化石を発掘するように泥を掘り削りながら、そもそも泥の下の上履きが処分されたパターンではなくて安堵した。

 想定よりもかなり早い内に天次は僕を敵として見定めた。

 ボスからは調査をするように言われていたが、こうなってくると天次は黒だろう。もしも天次を捕らえて連れ帰れば、幹部候補じゃなく幹部に昇進できる日も近づくはずだ。

 緩む表情筋を何とか押さえて、僕は転校生からいじめっ子への立場の変化を喜んで受け入れた。


             ※


 それからは陰湿ないじめの連続だった。

 教室から僕の机は無くなり、担任の北原先生は無関心。もちろん教科書も無くなっているので、何もなくなった空間であぐらをかいて授業を受けた。

 授業終わりもクラスメイトからゴミを投げつけられたり、わざと僕に体をぶつけてくる生徒も居た。

 体育の時間では僕の体操服はボロボロのぼろ雑巾以下の状態で発見されたので、仕方なく制服で参加した。これは可愛いものだが、二人一組での体操の時にハブられてしまったので、その間は好きな特撮番組の悪の怪人の敗北シーンのモノマネをして過ごした。その際も、誰一人として僕に関心を持つことはなかった。


 その後も細かな陰湿ないじめはあったが、いやがらせに慣れてしまっている僕からしたら参考書でも売ってあるのかというぐらいお決まりのいじめ程度でそう簡単に挫けたりしない。

 何より、顔見知りになって一週間程度の連中にいやがらせを受けたぐらいでは響くものはない。それよりも気になっていたのは、この空間での天次の反応だ。


 天次が関係しているのは間違いないが――彼女はいつも通り過ぎる。いつもの品行方正な彼女で、当たり前に授業をして休み時間が終わっても騒ぐ男子を注意し、教室に落ちているゴミも息を吸うように拾ったりする。まるで、僕なんてこの教室に最初からいなかったかのように天次の時間は過ぎていっている。

 最初は大した女優だと感心していたが、ある時、僕の足元に彼女は消しゴムを落とした。間近で甘次のリアクションを確認できる良いチャンスだと考えた僕は消しゴムを拾い彼女に差し出した。


 「どうぞ」


 「あ、どうもあり――ごほごほ」


 目線を合わせて僕に礼を言おうとした彼女は咳き込み、消しゴムを受け取ろうとした手を引っ込めた。天次の反応に、僕は上手く言葉が出てこなかった。

 それはショックを受けたとか傷付いたからという訳ではない、手を引っ込める間際に僕と目が合った時に彼女は辛そうな顔をしていた。どうして、僕に対してそんな表情をしてしまうんだ。

 混乱する思考の中、僕の手の中には天次に渡しそびれた消しゴムだけが残った。


               ※


  

 昼休みになった。

 いつもなら教室で済ませるところだが、自分の机も無いので、どんな嫌がらせを受けるか分かったものではない。

 仕方がないので、僕は屋上に向かっていた。

 便所で飯を食べるという案もあったが、さすがにそれは最終手段だ。長期化したら、そういう展開もありだが、この学校のトイレの清掃が行き届いていない場合はただの地獄でしかない。いじめ経験者の僕からしてみたら、せめて飯の時間だけは最後の砦にしたい。何より、トイレは逃げ場がない。上から水なり泥なりゴミなり放り込まれたら、せっかくの食事の時間が台無しだ。


 屋上の入り口の前には踊り場があり、立ち入り禁止の張り紙が扉に貼ってあった。試しにドアノブを回してみたが当然ながら鍵は掛かっていた。

 無理やり鍵を壊すこともできたが、ここで目立つのは得策ではないだろう。


 「目立ちたくない僕はスマートに行かせてもらう」


 ドアノブ――の鍵穴に人差し指を密着させた。脳内のスイッチを入れ鍵穴の構造を探りたいと思考した。

 眼球の裏側に映像が映し出され、鍵穴の内部が分解した立体映像のように浮かび上がる。しかし、鍵穴の構造が分かっただけでは意味がない。ここを解錠することが、そもそもの目的なのだ。

 一度、頭の中から鍵穴の情報はシャットアウトさせてから周囲を主に背後に意識を配るが人の気配は感じられない。

 これからすることを目撃されたらマズイことになるのは明白だ。

 念入りの周囲の様子を確認してから、僕は指先に指示を送った。


 人差し指の関節部分がガチャリと金属音と共に――ぱっくりと開いた。

 割れた指先からは血飛沫が出ることもなく、ドライバーのような細い棒状の工具が伸びていた。そのままシリンダーに潜り込むと、程なくして鍵が解錠された。

 次にドアノブに手をかける時には指は元通りの人間の手の形に戻っていた。そして、さっさとドアノブを捻ると屋上に入り施錠した。


 一人で使うにはもったいないぐらい広い屋上で、僕は入り口のある壁の角に背中を預けて座り込んだ。


 「こういう分かりやすいのを見ると、人間じゃなくなったんだと実感するなぁ」


 サイボーグになってから、今の僕ができるようになった幾つかの便利な機能を教えてもらっていた。

 その内一つが、ああいう鍵開けの機能だ。

 今回はシンプルな鍵穴だったので、普通にそのテの技術がある人間なら難しくはないだろう。本来なら、もっと困難な状況にある特殊な扉を開放する為に使うものだ。高度なパスワードの電子ロックや一度鍵を無くしてしまえば半永久的に解錠できないような高度な扉や金庫などを解錠するのに使用する用途で考えられている。

 今回は僕の希望に沿った練習になった。ここでなら、ゆっくり食事をしつつ今後の事を考えられる。

 授業の合間の休み時間の間に抜け出してコンビニで買ってきた弁当とお茶を地面に置いたその時だった。


 「――足音?」


 どうやら物好きは他にも居るらしい、足音が一人、いや、二人分聞こえてくる。

 踊り場で食事をするのだろうかと耳をすませた。足音の中にキーホルダーが擦り合うようなじゃらじゃらとした音も混ざっていることに気付いた。

 まさかと思い、僕は咄嗟に屋上の扉の壁を蹴ると踊り場がある部屋の屋根の上に跳躍した。


 「うーん! やっぱり屋上は気持ちいいね!」


 間一髪、僕が上がったのと屋上のドアの鍵を開けて二人の生徒がやってきたタイミングは僅かな差しかなかった。

 危ないところだった、もう少し上に行くのが遅くなったら下からやってきた生徒達と遭遇していた。


 「でも、よく屋上の鍵なんて持っていたわね」


 「えへへ、日頃から先生達の印象は良くしておくものよ。仕事で連絡を取るのに使いたいて言ったら理由も聞かずにかしてくれたわ」

 「あらあら、悪い優等生ですね」


 聞き覚えがある気がする、特に片方。屋上という異空間に弾んだ声で喋っている。

 フェンスの方で食事をするつもりなのか足音が離れていくのを耳にして、僕はそっと下を覗き込んだ。


 (何となくそんな気がしたんよなぁ……)


 そこに居たのは――天次茅羽とクラスメイトの女生徒だった。

 確か女生徒の名前は、杉谷恵都すぎやけいとだったはずだ。天次茅羽の近くにいつも一緒に居るので、二人はそれなりに仲の良い友人関係のはずだ。


 「ところで、茅羽。相談があるて言ってたけどなんなの? 恋バナ……な訳ないか」


 あちらは僕に気付いている様子はない。これはチャンスじゃないか。。

 天次がいじめの首謀者なら、信頼できる友人の前では今回の僕に対する嫌がらせ行為の真実や首謀者を知ることができるかもしれない。

 逸る気持ちを抑えて、そっと耳を傾けた僕に予想外の声が届いた。


 「――浅木君のいじめを止めたいの」


 神妙な顔つきで天次が放った第一声はそれだった。

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