第四章 悪の軍団での日常

第10話 メンテナンスタイム

 歓迎会を終え、ヒョウリの言いつけ通りに僕はペッサラの待つ医務室に向かった。

 入室した僕が最初に目にしたのは、美味しそうにバナナを頬張るペッサラの姿だった。


 「なんだい、思ったより早かったじゃないか」


 恥ずかしそうにペッサラはバナナを急いで食べ終わった。

 少し可愛く見えてしまうのは、いよいよ僕も人間離れした思考になってきたのかもしれない。それとも、ペッサラに脳をいじられてチンパンジーに性的興奮を覚えてしまう改造をされてしまったとか。

 一瞬で立ち直った僕の妄想も実に逞しい。


 「そこに腰かけてくれ」


 はい、と返事をして椅子に腰かけたペッサラと向かい合うように椅子に座った。


 「ヒョウリから話は聞きました。僕は人間じゃなくなったらしいですね」


 「宇宙規模なら、そう珍しい話じゃない。肉体と精神を切り離して生活している連中だっているんだぞ。それに……これから先の事を考えたら人間だとかそうじゃないとか本当にどうでもいいことなんだ。何より、これから危険に立ち向かうっていうのに人間のままなんて自殺行為さ。あの時、君が死なずにここまでやってこれたとしても、私は間違いなく肉体の再構築と改造を勧めるね。むしろ、もっと凶悪な姿に改造するのもありだよ」


 「びっくりはしましたけど、感謝してます。僕自身、単なる人間でいるというのはかなり心細かったので……」


 「だね、人間というのは本当に弱過ぎる。……さ、そこに横になって」


 細長い手で指したのは半分ほどカプセル型の機械に埋まった寝台だった。

 歩いて近づくと自動的に透明の半透明のカプセルの半分が開いた。一切の警戒心を抱くこともなく僕は寝台の上に横になった。

 内部は外で見たよりも広く感じ、不思議と閉塞感はない。正直、僕が三人ぐらいは普通に横たわることはできそうな広さはある。


 「整備といっても難しいことはしない、ただ恐怖を感じる場合は眠った状態で終わらせることもできるが、どうする?」


 「やってください。僕は今の自分の状態をよく知らないといけない」


 仕方がないといった様子でペッサラは宙に指先を伸ばすと、先程までは何もなかった空間に立体映像で細かいパネルが出現する。 


 「君の肉体は他の人造人間とは違い特殊な構造になっている。今は外見が人間なだけの強靭な肉体を持っているが、精神的な部分によって能力のふり幅が大きくなるようにできている。あ、これはミスじゃない。わざと、だ。それに……まだ地球の人間にどんな言葉で説明していいのかよく分からないが、ヒイロの心のありようで己の機械の体は強くも弱くもなるということだ。……まあ口で言っても仕方がない、作業をしながら好き勝手に話させてもらおう」


 半分ほど開放されていたカプセルの開閉扉は頭の上までスライドすると閉ざされた。

 完全に密封された空間の中、足元の辺りから伸びてきたのは二本の細長い機械の手だった。指が五本あると便利というのは宇宙共通の認識なのか、左右から伸びてきた機械の腕には人間と同じように五本の指をしていた。


 そんな僕の感慨なんて無視して、右側の腕の五本の指が変形し合体するとボールペンのような棒状の形になった。

 ペン型のそれが先端からライトグリーンの輝きを放ったかと思えば、意識から外れていたもう片方の機械の腕が僕の腹部を勢いよく――裂いた。

 程度の差こそあれどそれなりに心の準備をしてきたつもりだったが、イメージしていた手術のような手順を全てすっ飛ばして腹を開かれていると言葉はもちろん反応もまともにできない。これは本当に人形とか機械とかと同じ扱いだ。

 幸いと言って良いか謎だが首だけは動くので、今裂かれたばかりの腹部に注目する。


 血肉、臓物の代わりに、僕の腹の中には銀色のチューブがアンモナイトの化石のように渦を巻き、さらにチューブの先には歪な形のガラス瓶のような球体が幾つか繋がっていた。神経質な人間なら、これが自分の体内の状態だと言われれば常人なら失神してしまう可能性もあるだろう。

 悪いが、それは常人の話だ。

 自分が改造人間になった、正義のヒーローなら悲観し人間として生きてきた過去と決別し悪と戦うことを決心するだろう。だが、僕は違う。――変貌した己の肉体に熱狂している。


 (ああ、ようやく僕はこれで”仲間”になれた気がする)


 ずっと組織の一員になれるか不安だったが、少しずつ雪が溶けるように悩みが液状化し心の中の認識できないどこかへと流れていってくれたようだ。

 浮かれた気持ちの僕のことなどお構いなしに”整備”は続いた。


 ぱっくりと開かれた腹部からさらに上、厳密には首の下まで僕の体内が開放された。首から下も同じく精密な電子機器のように幾つもの導線と金属製の板状の物体が埋め込まれていた。心臓があるはずの場所に注目すると、そこは水風船のような物体が上から赤色の液体、下部からは緑色の液体の流れを受け止め別の管に押し流していた。派手な色の液体を循環させている水風船がしぼんだり膨らんだりしているところから察するに、やはりコレが心臓の代わりになっているらしい。どんな作りになっているのか気になるが説明を聞いたところで、地球人の高校生程度の知識しか無い僕には到底理解できないだろう。仕方がない、考えるのを放棄しよう。

 機会を伺っていたらしいペッサラが立体映像のモニターから首を伸ばして喋りかけてくる。


 「部品が無くならない限り、ヒイロは生き続けることができる。楽観的に考えたら不老不死と呼べるかもしれない。しかし、ボスの指示に従って実行したことだが、ヒイロの脳は人間のままだ。地球人の脳がどれだけの丈夫にできているかは分からないが、何年も何十年も経過したら脳は劣化していくことだろう。そもそも、君らは生と死を繰り返すことで最終進化になろうとしている種族だ。終わることが到達地点である以上、現在の肉体にヒイロの脳の部分がどれだけ適応できるかも未知数だ」


 ペッサラは未だに悲観的な様子で喋っていたが、相変わらず僕の心模様は青空のように晴れ晴れとしていた。


 (悲しい声で語らないでくれ、憧れるだけで滅んでいくしかなかった僕が夢を追う権利を手に入れることができたんだ。この変化に僕は満足しているんだよ。いいや、もしかしたら、この瞬間も夢を叶えているのかもしれないんだ)


 恐らく整備中の影響か僕の口は声を発することはできない。もしかしたら、僕が強がっているのだと勘違いしているのかもしれない。整備が終わったら、僕が満足していることを伝えよう。


 「誤解がないように伝えておくが、私達は未開拓の土地の生物を捕獲して身勝手に改造しようとするような胸糞悪い組織ではない。攻撃するにしても殺すにしても、非道な真似はしない。ただの殺戮者に成り下がれば侵略は成功しても征服することはできないからな」


 噛みしめるようなペッサラの発言に逆に僕は申し訳ない気持ちになる。

 本音を言うなら、勝手に人類を捕獲して人体改造しても構わなかったし身勝手に地球で暴れてくれても文句ないし加担してもいいぐらいだった。しかし、個人的な欲を言ってしまうなら、そこに一つまみでも良いから――ロマンがあればいいと思った。

 一般的な倫理観ならロマンがあっても悪事は許されない、人死にが出るならなおさらだ。それでも、僕はそれを許容する。そこにロマンがあるなら、他人が罵声を浴びせて背筋を凍らせる程の悪事もやってしまうことだろう。

 ロマンは言い訳でも建前でもない、暴力からの侵略と破壊と征服というプロセスを追う者達にロマンがあるなら、それら全ては正解し肯定されるべきだと僕は考えている。


 「さあ、後は脳神経周りの調整だ。さすがにここは意識を遮断しないと整備することはできない、少し怖いかもしれないが、しばらくは休んでいてほしい」


 自分の肉体の隅々まで見れないのは残念だが、僕は心の中で頷いた。

 こうして意識が穏やかな闇に落ちていく中で少しだけ考える。これは、ほんの少しだけだ。――この組織は、少し優しすぎる気がする。

 もし僕が彼らのボスなら、もっとロマンに満ちた侵略ができるかもしれないのに、と。

 それはほんの僅かな気の迷い、ああ、これを何と例えらたら良いのだろう――そうあえて言うなら、蝶の羽ばたきのような……。

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