第9話 僕が地球人を捨てた日
仕切りなおした歓迎会で用意されていた料理は、僕が想像していたよりもずっと慣れ親しんだ味付けのものが多かった。見てくれも地球の料理を真似て作っているような物も多く、これをバルムクルスが気を回してくれたのかと思うと僕が今まで考えていた悪の軍団のボスから大きくかけ離れた面倒見の良い人だった。
食事もそれなりにして、歓迎会は第二幕。手品が得意だというルローサのマジックショーを始まりに得意の出し物ショーが開催されていた。
事前に打ち合わせしていたのかマジックショーのアシスタントとして照れくさそうなバルムクルスが選ばれたが、手品ではなくルローサに騙されて催眠術を掛けられるバルムクルスの姿に仲間達は大盛り上がり。四足歩行で前進を始めた我が軍団のボスで爆笑する幹部達の姿に苦笑し、僕はこっそりと賑やかな広場から通路に出た。
通路の窓から外を眺めると見慣れてしまった分厚い雲のカーテンが広がっていた。最初はびっくりしていた雲の壁だったが今ではさほど珍しいものではなくなっていた。ペッサラが退屈な景色だと言っていたが、今はその言葉の意味を噛みしめている。
気を抜いていて良いものだろうかと心配になるものの、この厚い雲に覆われた空間は雲ごと移動しており、敵がよほど高性能なレーダーでも持っていない限り簡単には見つからないと言う。
じゃあ、何で見つかったんだと訊ねると、あっさりと答えは返ってきた。僕ごと地上から転送させた時に、転送装置にちょっとしたバグが発生したらしく、その特異な電波を傍受した地球人達に襲撃されたらしい。
「地球人か……それにしても、あんなロボットいつの間に……」
「――そうだな、不思議だ」
独り言を聞かれていたらしい、声に反応すると、そこにはヒョウリが立っていた。
「ヒョウリ……さん」
「呼び捨てでいい、幹部と呼ばれているが、たまたまこの組織で力を持つ者に必要な仕事を与えられているだけだ。ここには、上も下もない。ボスとその仲間がいるだけだ」
頷いた僕にヒョウリは紫色の液体がグラスに入った飲み物を差し出した。
喉も渇いていたこともあり、ヒョウリに礼を言うと僕は得体のしれない飲み物を受け取り口を付ける。
ぶどうジュースのような甘い果物のジュースをイメージして飲んでみたが、刺激の弱いミントのような清涼感だが後味は口内に不思議な甘みが広がった。
「ありがとうございます、少しすっきりした気がします」
グラスを窓際に置いた途端、ヒョウリは急にあどあけない表情を浮かべた。
「ヒョウリの優しさに感謝するんだよ! 難しい話は面倒なんで、後の事はヒョウリが話すからねー」
「リュミカ……」
どうやらもう一人の人格が出てきたらしい。名前を呼んでみたが、次に瞬きをする時には落ち着いたヒョウリの表情に戻っていた。
「リュミカも喋りたさそうにしていたから、特別に入れ替わってみたよ。どうやら、彼女も君という新入りの活躍に少し浮足立っているらしい」
「嫌われていないならいいですけど……」
「そこは安心していい、本気で嫌っているなら絶対に表には出てこない。彼女はそういう性格なんだ。……それよりも、今回の襲撃の件で地球人の君から意見を聞きたい。率直に言うが、君はあのロボット達に見覚えはあるか?」
首を横に振る僕の反応を予想していたのか、短い溜め息の後にヒョウリは頷いた。
「公にはなっていない科学兵器か……。もしかしたら、私達側の人間達が一枚嚙んでいる可能性があるな」
「私達側……てことは、異星人が地球人に協力しているってことですか?」
「そうでも考えないと、説明ができない点が多い。分かりやすいところだと、あの人型兵器だ。ヒイロを転送する時に微細なバグ程度では発見されないつもりだったが敵に発見され、なおかつ私達と戦えるだけの戦力を持っていた。私達が来るよりもずっと前から、何らかの異星人との交流があったのだと推測する方が自然だろ」
ヒョウリの推理に静かに僕は唸っていた。
もし彼女の推察が合っているなら、自分の知っている常識が世界の一部分だけだとは知っていたが、まさかとっくの昔に異星人と交流し人型ロボットの実用化まで至っているなら愕然とする。
考え込む時のクセなのか窓枠を爪で擦りながらヒョウリは訊ねる。
「これから君が戦うのは、同族だ。同じ地球人との命の奪い合いをすることになうるかもしれない……。本当に、その覚悟はできているのか」
そんなもの、あの日屋上で飛んでからとっくにできていた。
「はい、もちろんです。これは僕が望んで選んだ道です。同族と戦うことが、人の道に反しているなら、僕はそれも喜んで受け入れます。自分の欲の為に我が道を進むことこそが僕の憧れた悪の軍団です」
ふっとヒョウリの頬の筋肉が少し緩んだ気がした。
「そうか、それは良かった。すまない、もう一つ言い忘れていたことがあった。……ペッサラが呼んでいたぞ、整備をするらしい」
「整備? ……僕のマキナソルジャーのことですか」
「多少の手作業は必要になるが、マキナソルジャーの軽いメンテナンスなら整備は自動化されている。内蔵された人工知能が私達の基地と繋がって修復更新を行ってくれるんだ」
「じゃあ……誰?」
首を傾げる僕の真似をするように、ヒョウリも首を傾げた。その数秒後、状況を理解したらしいヒョウリが傾げた首の位置を戻しながら驚きの声を発した。
「なんてことだ、誰も話していなかったのか。ヒイロ、実は……君には整備が必要なんだ。私の口から言っていいものか悩むが黙っているよりはいいだろう、驚かないで聞いてくれ……既に屋上から飛んだ時点で君の人間としての生は終わったようなものだ」
「え、え、え、え」
「そもそも、不思議に思わなかったのか。音速で移動するマキナソルジャーに搭乗して内部の人間が無事な訳が無いだろう。それを可能としたのは、ヒイロの肉体を改造したからだ。……ヒイロの肉体は機械と人工細胞によって構成されている。幸いにも脳は無事だったので、ヒイロという人格を失わずに済んだのは大きいだろう」
ヒョウリの言葉の途中から、みっともないくらい狼狽してしまった自分に気付いて気持ちを切り替えるように努める。
誰一人として話をしてこなかったのは――忘れるほど大きな話題ではない、という事だ。ここでは、脳以外を新しい肉体に作り上げることはさほど驚くようなことではないのだろう。これぐらい、あっさり受け入れてしまわないと僕はこの先やっていけないのだ。
こっそりと深呼吸をした。
「僕の機械の割合はどのくらいなんですか」
「六割は機械化しているらしい。残り四割は宇宙のあちこちの種族の細胞を繋ぎ合わせて人間らしく形成させた。もしもペッサラが下手な医者なら、今頃はそんな綺麗な体じゃ再生できなかっただろう。良くて醜い怪物、悪くて息をするだけの液体だろうな。拷問にも使われる手術だから、ほとんどの奴らはどちらの姿になっても最後は死にたくなってくる」
スライム状になって呼吸だけを繰り返す自分の姿を想像すれば、さすがの僕も死にたくはなるだろう。僕にとっての生存とは、ただ生きているだけでは意味がない。思考し活動し夢に燃える、これが僕の生存理由だ。
「……嫌になったか?」
気遣うヒョウリに対して僕はしっかりと首を左右に振った。
「いいえ、常人なら皆さんと共に進めないと思っていました。何もせずに人間を超えられているというなら、僕にとってこれほど嬉しいことはないです」
彼女の希望通りの言葉を出せたのか、僕には分からないが、ヒョウリは変化の少ない表情で微笑んだ。
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