第8話 疾走テュルフィング

 カタパルトから飛び出した先は、雲に覆われた上空。

 厚い雲に覆われているので、断言はできないものの、そこは紛れもなく空中だった。

 はて、とどうやってここに立っているのかと気になり足元に視線をやるが、僕とテュルフィングは空中を漂っていた。詳しい理屈は分からないし説明されても理解はできないだろうが、確かに僕の知識の中にはテュルフィングをはじめとした悪の軍団のマキナソルジャーには空中を移動する機能が備わっていることが当然のように理解できていた。

 今さらながら僕はとんでもない場所に来てしまったのだと実感する。そういえば、自分がどんな建物に居たのか知らなかったので、背後を覗き見た。


 「――」


 想像を上回り過ぎて、言葉が出なかった。――それは、巨大な怪獣のロボットだった。

 いいや、巨大な怪獣というのは曖昧過ぎる。今までの知識の中で怪獣と呼ぶに相応しい存在を探せば巨大な恐竜と呼んだ方がいいかもしれない。

 パッと浮かぶ印象は、特徴的な部位を合成した恐竜だ。ティラノサウルスをベースにプテラノドンの翼と長い口ばしを付け、それだけでは飽き足らないとばかりにトリケラトプスの三本のツノを口の下に一つ、頭の上に残りの二つ生やした恐竜デザイン。さらには、ゴツゴツとした機械的なボディに加えて紫と黒というどぎついカラーが、まさに僕が幼い頃に考えたさいきょうのきょうりゅう。


 「最っ高だ!」


 こんな子供の考えたような怪物が宇宙を渡って来たと考えるだけで、心の底から愉快な気持ちになる。

 カタパルトの発射口だったらしい怪物の胸の部分が閉じていく姿が、またシュールで苦笑してしまう。


 『マスター、状況を説明いたします。現在、当艦は正体不明の敵に襲われています。敵の数は六機、一機一機は大した戦力ではありませんが、統率の取れた動きで先に出撃した味方機は翻弄されています』


(そもそも、敵てどういうことだ。敵の宇宙人の兵器か、いや、まさか地球人に彼らと戦うほどの科学力が?)


 すぐにその疑問は解決する。程なくして、僕は六機の人型ロボットと交戦するイガルフとダイクレオスの二機を発見した。

 敵対する六機ともデザインは同じだが、交戦する味方の二機と比べると一回りは小さい。

 ルービックキューブを組み立てる途中のような凹凸の多いデザインのくせに、頭部はしっかりと二本の角に二つ目にスリムなデザインはアニメの主人公機のようで、おまけに背中にはジェット機の翼を背中に差し込んでいるような少し大げさな両翼が生えていた。考えたやつはロボットアニメ好きなのだろうか、と思うぐらいカラーリングは青と白をベースとして頭部に混ざる赤と黄色がなおさらデザイナーの趣味を感じさせた。


 「うへぇ」


 カラフルな六機のロボットに僕は顔をしかめた。

 青と赤と白のカラーバランスは、僕の苦手なロボットアニメの主人公の配色だった。しかし、問題は派手な色合いではない。

 統率の取れた動きだ、とフィンは言っていたが、確かに彼(彼女?)の言う通りだった。一撃でも喰らえば致命傷だと思われる重たい攻撃を繰り返す味方機に対して、時間を掛けて倒す前提で手に持った銀の槍と剣で二機を傷付けていた。今はさほど大きなダメージにはなってなさそうだが、このままの状況が続くならいずれは……。

 最悪の展開を予想して、僕はテュルフィングを走らせた。


 「――え」


 様子を伺いつつ前進しただけのつもりだった。それなのに、僕の眼前には謎の敵機の一機が居た。

 ほんの数秒、思考が停止したが、動揺したように急停止をした敵機を前に程なく答えは出てきた。僕の操縦するこのテュルフィングという機体は、少しばかりの前進で一瞬で間合いを詰めれるほどの高速移動をしてしまったらしい。


 『な――』


 おそらくそれは、目の前の敵機に乗るパイロットの声だったのだろう。

 槍を構えた状態で動きを止めたまま、テュルフィングとにらめっこをするような状態になっていた。


 『やれえぇぇぇぇ! ヒイロッ――!!!』


 ダイクオレスの声にはっと我に返る。

 運が良かった、こちが攻めている側だったからこそ、ほんのちょっとだけ素早く反応することができた。そのほんの一息程度の判断が、戦場では生死を分けるのだと学んだ。

 躊躇なく僕は機体の腰を軽く捻りキックを敵機の脇の辺りに放つ。

 ぎしゃぎしゃと自動車を潰すような音が響くと敵機の体は横にくの字に曲がり、歪な流れ星のように視界の外へと落ちていった。


 『終わりじゃない、すぐに立て直せ』


 静かだが溝を殴るような圧のあるイガルフの声だ、考えるよりも先に僕はその場からテュルフィングを動かす。ほんの僅かな隙を突くようにして敵機が突撃してきたのか、次に僕が目にしたのはさっきまで僕が居た場所に二機の敵機が槍と剣を空振りしているシーンだった。

 大振りする二機の姿は紛れもなく僕を倒しに来ている、あのまま棒立ちの状態なら出撃した数分で僕の悪の軍団人生は終了していたことだろう。


 「危なかった……!」


 距離を置くテュルフィングの両脇を固めるようにしてダイクレオス機とイガルフ機が横に並ぶ。


 『さすが期待の新人だな、いきなり敵の目の前に登場なんてなかなかできるもんじゃねえぜ』


 「無我夢中だったんで……」


 『二人とも、今はまだゆっくりお喋りしている余裕はない。すぐに敵に備えろ』


 『へへへ、イガルフ悪ぃな。奴らが虫みたいにぶんぶん飛び回るもんだから気が抜けちまったぜ!』


 『それなら、さっさと払うぞ。来い、新入り』


 やはり外見の通り狼のような俊敏な動作で敵機へと突進をするイガルフに続いて、


 『いいか? よおく俺達の動きを見てお勉強しなぁ! さっさと終わらせて、歓迎会の続きでもしようぜ!』


 ダイクレオス機もワンテンポ遅れたスピードで続いた。

 よほどこういう状況に慣れているのか、敵に対して一切の疑問すらなく戦い没頭する二人が少し羨ましく思う。

 余計な思考は邪魔になるだけだろう、恐怖を切り替えよう。僕は恐怖という感情を今この瞬間に捨てて、これから戦場に立つ時の感情は快楽に置き換えるんだ。

 不安からの鼓動を興奮の鼓動へ変換して、僕は真っすぐに敵地へ突っ込む。


 イガルフ機もダイクレオス機は大振りな動作で敵を払っているようだが、彼の攻撃は重く当たれば撃墜必死。しかし、それはミスリード。ダイクレオスの言葉を反芻する。

 俺達の動きを見てな、その意味を僕は理解する。

 味方の二機が大胆に攻撃するほど、敵機の移動範囲を絞りやすくなる。奴らはやけくそになっているぐらいに考えているだろうが、それは違う。作戦プランの一つとして、僕に運命を委ねたのだ。


 「フィン、僕がやろうとしていること分かるな!?」


 『ええ、マスター。常人なら、マスターの望みは叶えられないでしょう。しかし、マスターなら常人の、いえ、地球人の限界を超えることができます』


 「嬉しいことを言ってくれるじゃないか! だったら、今から僕がカウントする。三、二、一……」


 「――行くぞっ」


 刹那、テュルフィングはその空間から掻き消えた。


 『――あがっ!?』


 どこか間の抜けた声が戦闘宙域に響いた。声のした敵機の内一機の頭部はテュルフィングの拳の形で変形していたが、既にそこにはテュルフィングの姿はない。

 それもそのはずだ、僕は高速で移動して敵の一気にパンチを放ったのだ。一度想像通りに言ったなら、ある程度の要領は掴めた。


 一機目のパンチを反動にして、身近な一機に接近をする。ほんの一瞬で敵との距離は縮まるが、僕の感覚も慣れてきたのか最初よりも無駄のない動作で二機目の横腹付近にも右フックを撃ち込む。勢いを殺すことなく反転して空中を蹴った。

 カタパルトから射出された時と同じように僕はもう一度発射するイメージで次なる一機に突撃する。

 次の一機は二機を倒して反転した時点で、剣を構えて倒したばかりの一機がいた方向を見据えていた。


 (そう簡単に捉えられるかよ。それならそれで、考えがある!)


 見えない壁でもあるように剣を振り上げた一機に接触する直前で左側の空中を蹴る。急な方向転換が成功したことで、敵機が剣を振る直前にテュルフィングは敵機の左方向へと移動し、再度地面を蹴って、敵機の背後に回り込む。足を止めている時間ももったいないと考えた僕は、背部のジェットの部分に背を向けてキックをして攻撃兼足場として四機目に前進する。――残りは後一機。

 さすがに最後の一機だけになるとこちらをかなり警戒してか背中のジェットを噴射させて僕らから距離を離そうとする。

 ダイクレオスの発言が思い出される。巣を覆われた蜂のように大急ぎで逃げようとするその姿は、まさしく虫のそれだった。羽音が騒がしいだけで――遅い。


 「お前で最後だっ――!」


 一気に間合いを詰めたテュルフィングは両手の指を絡めて、正義のヒーロー面をした顔面に鉄槌を喰らわせるハンマーのように拳を振り下ろした。

 テュルフィングによって殴られた反動で空中をぐるりぐるりと回りながら地上へ落下していく姿に、僕の胸の内はすかっと清涼剤が体に流れるような気分になってくる。


 「やった、やった……! やった!」


 我に返る、無意識に僕は喜びの声を発していた。恥ずかしくなり、目線を変えると僕の周りにダイクレオスとイガルフの両機がやってきていたところだった。


 『敵は撤退した、よくやったな新入り……いや、ヒイロ』


 こんな風に素直に褒められたのは久しぶりな気がして、先程とは別の意味でこそばゆい気持ちになってくる。


 『マスター』


 フィンに呼ばれて顔を上げると二機の後方から、遅れてもう一機やってきたことに気付いた。

 先にやってきた二機が当然のように背中を見せているところを見ると敵ではないのは明確だろう。


 『すまない、遅くなった』


 女性の声、まだ日が浅いせいか、その声がヒョウリのものだと気づくのに少し遅れた。

 遅れてやってきたマキナソルジャーはひょろっとした非常にスリムな体型をしていた。全身はスノーホワイトを基本としたカラーに部分部分に濃い青色が塗装されている。顔は爬虫類のような大きな両目、ご丁寧に背びれのような物まで付いており、背びれの先にはドリルが装備されていた。このドリルを接近して攻撃するとは考え辛い、ミサイルみたいに発射するのだろうか。

 次に目を引いたのは、右手には武器として鍔のないサーベルを握っており、半透明のサーベルの刃かは何か蒼炎の炎のようなオーラをまとっていた。


 『いいや、こっちも今終わったとこだ。さあ、帰るぞ』


 あっさりと帰還しようとするダイクレオスに僕は咄嗟に声を掛けた。


 「逃げていく奴を追わなくていいんですか!? またやってくるかもしれませんよ!」


 『同じ地球人が相手だってのに容赦のねえ奴だなー……。いいんだよ、俺達は征服したいんであって虐殺をしたい訳じゃねえ。またやってきたら、ぶちのめせばいいんじゃねえか。……ヒイロ、そもそもお前に同じ人間を殺す覚悟はできてんのか? 俺達が意図しなくても、偶然誰かが死ぬこともあんだぞ』


 (人間を殺す?)


 心の奥に強い存在感を残すようなダイクレオスの一言に僕は同じ人間を嬉々として殺そうとしていたことに気付いた。

 驚くべきことに、言われるまで人殺しをするという感覚は頭の中には無かった。


 (そうか、僕は人を殺そうとしていたのか)


 ただそれは、単なる事実だ。

 この生き方を選んだ以上は、その事実を受け入れていかなければいけないだろう。

 自分でも少し早すぎるぐらいの覚悟をあっさりと決めて、仲間達から少し遅れてから帰還した。

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