第11話 悪の雑用係達

 怒涛の一日が過ぎ去り、メンテナンスを受けたままの状態で眠ってしまった僕は覚醒した。

 肉体改造のお陰かここでの生活を始めてからの目覚めはすこぶる良い。体のほとんどが機械化されたという話を聞いた後なら、起床直後のだるさというものが一切感じられないのも納得だ。

 頭上のカプセルは既に開放されており、周囲にはペッサラの姿はない。時間の感覚が全く分からないが、あれから数時間以上は経過していると思われる。

 自分が下着一枚であることに気付いて服を探すが、それらしい物は見当たらない。さて、どうしてものかと首を傾げていると整備を受ける前には存在しなかった金属製のカゴがベッドの隣にあることを知る。


 「まさか、これが僕の服……?」


 カゴの中にはツナギのような上下一つになった服が入っていた。普通に着るなら、かなり大きなサイズになるので、服というよりも袋の中に体を入れている状態になる。そうなってしまえば、そもそも服として機能していない。まさか、宇宙人用のフリーサイズという物だろうか。

 広げ眺めていると、不思議とこの服は自分には着れる物だという気持ちになってくる。いいや、これは気持ちじゃない――知識だ。

 先程、整備を受けた時に何かしらペッサラが与えられた知識の一つかもしれない。たった数日間の付き合いだが、自然とペッサラならおかしな真似をしないだろうと信頼してしまう。

 僕はこの巨大なツナギ服を着れることを知っている。


 「よし、悩んでいても仕方がないし着てみるか」


 言い聞かせてツナギ服を着衣してみる。やはり布団圧縮袋に包まれたようにやたらとごわごわしている。

 記憶としては初めてのはずの服を知識として理解していた僕は、首の辺りにあった赤色のボタンに触れた。


 「お、お、おお!」


 子供のように歓声が漏れた。

 布団圧縮袋というのはあながち間違った例えではなかったかもしれない。

 赤色のボタンを押したことで自動的に服は収縮し僕にピッタリとフィットした服に変化した。


 「強化スーツ……宇宙服……パイロットスーツ……それと、ここでの制服みたいなもんか?」


 服を着たことで眠らされていた知識の蓋が開いた。

 どうやらこのスーツは身体能力の向上に加えてある程度の攻撃から身を防ぐようにできているらしい。少なくとも地球のピストルやマシンガン程度ではスーツの生地を貫通することは不可能だろう。それに、スーツの内側は自動洗浄機能が付いており、発汗しようが排泄しようがそれら全てを吸収し蒸発または浄水し飲み水に変えることもできるのだ。


 (まあ、飲料水にするのは本当に最後の手段になるだろうな……)


 興味はあるが実際に行うことを想像するとあまり気分は良くない。使う日が来ないことを祈ろう。



                   ※


 タイミングを見計らったように基地内にボスの声が響いた。


 『もしもーし、ヒイロー起きたかー。そっちの映像はこちらから見える。そのまま聞いていてほしい』


 とりあえず僕が頷くと、何処かにカメラがあるらしくボスの返事は早かった。


 『肉体の変化にうまく順応しているようだな、結構結構。それはさておき、せっかく我らの軍団に入ったからには仕事を与えない訳にはいかない。なので、これからお前に仕事を教える頼もしい先輩を向かわせた。よーく学習して仕事に励むように、以上』


 「こんな事をいちいち放送しなくても……」


 ついそんなことをぼやいていると――。


 「――しょうがないですよ、これがボスの性分なので」


 突然の声にドキッとして振り返ると、全身緑タイツの女と、緑のタイツの女よりも頭一つ分は身長の低いこれまた全身ピンクタイツの女が立っていた。

 全身というのは、本当に全身という意味であり、頭の上まですっぽりとヘルメットのように覆われていた。ヘルメットにはLEDライトのように光る二つの目が付いていた。この二つの目から、外の視界を確保しているのだろうか。


 「す、すいません、失言でしたっ」


 さすがに全身タイツアンドヘルメットぐらいの格好ではもう驚かないが、 紛れもなく直前の僕の発言は良いものではないだろう。

 身構えているとびっくりするぐらい気の抜けた雰囲気でタイツの女は僕の肩に手を乗せた。


 「気にしないでください、ああいうお方なんで下っ端の私達も言いたいことは言ってますから。影でのそれですら、全て許容してしまう器の大きな方なんですよ」


 「何となく納得できてしまいますね」


 「ええ、とても侵略を生業にしているとは思えないお方なんです。……さあ、貴女も挨拶しなさい」


 緑タイツの女はどんな顔をしているのか見えないが、恐らく優しく目を細めているような気がする。そして、小柄なピンクタイツの女の背中を押した。


 「……よろしく、仕事の付き合いだけだから、あまり慣れ合う気はないよ」


 「こら、そんな言い方することはないでしょ。――あ、ちょっと待ちなさいっ」


 煩わしそうにその場から反転したピンクタイツ女、いや、声は思っていたよりも幼い女の子は緑のタイツ女の制止も無視して、後はよろしくとばかりに背中を向けてその場から離れていった。

 困ったように緑タイツの女はヘルメットを掻けば、呆然とする僕に向き直る。


 「失礼な態度を取ってすいません、普段はもう少し聞き分け良いのですが……あの子はライア、私の妹です。そして私の名前は、ミルヴィア。お恥ずかしながら、さっきの放送の先輩は私達のことです」


 宇宙にも握手という文化はあるらしく、差し出されたゴムのような素材のスーツ越しの手を僕は握った。

 ここまでの印象で考えるとミルヴィアは二十代中頃から後半、思春期的な反応と背格好からライナは中学生ぐらいに思える。これも完全な主観なので、実際は百歳とか二百歳かもしれない。それにタイツの下は、触手だらけの可能性だってある。だって、ここは異星人の集まりなのだから。


 「では、これから向かいましょう。ライアは先に行ってしまったようなので、説明しながら向かいますね」


 はい、と返事をしたらミルヴィアも足早に歩きだす。僕も彼のスピードに合わせて、歩調を速くして続いた。


 「これからの仕事は……まあざっくり言わせてもらうなら、雑用ですね」


 「雑用、ですか」


 「ええ、ヒイロの事を過小評価するわけではありませんが初日なんで雑用の中でも仕事をお願いするつもりです。あの、それと……お尋ねしたいことがあるのですが……」


 小気味の良いブーツ音とは反対に気後れしたように歯切れの悪いミルヴィアに、僕は彼女の目を見て頷いた。何を心配していたのか、ミルヴィアは安心したように疑問を口にした。


 「ヒイロは、既に専用のマキナソルジャーをいただいていますよね?」


 「ええ、まあ……」


 専用のマキナソルジャーということは、量産型のようなタイプも存在するのだろうか。


 「原則として専用のマキナソルジャーを持つのは幹部の一員のみ。ヒイロはいきなり幹部になってもおかしくはないのに、何故か私達と同じ雑用係になっている……てのが本当に不思議なんですよ」


 「もしかして、ライアが怒っている原因てそれですか」


 言葉を詰まらせつつ、ミルヴィアは応答した。


 「さすが、察しが早い。……元々、ライアは幹部に憧れていました。いきなり現れた地球人、それも未開拓の星の人間に専用機が与えられるという事態が気に入らないのでしょう。……早くに両親を亡くしたせいで、あまり強く言ってこなかった私にも責任はあるのですが……」


 何年も悪の軍団に憧れて下働きをしていて、自分にもチャンスが来たかと思ったら顔も名前も知らない奴が勝手にその席に座ったというのがライアの心境なのだろう。考えてみると非常に嫌な気持ちになるのだが、少し違うことがあるとしたら、僕なら悪の軍団の下働きでも満足してしまうという点だ。そもそも、僕の生きている世界には悪の軍団は架空の存在だったのだ、それが日常的に存在するだけでも涎が出そうになるぐらい羨ましい。

 そう考えてくると腹が立つ。僕なんかよりライナの方がよほど恵まれているじゃないか。よく考えると、この理屈もおかしい気がするが。


 「理由は分かりましたが、僕はここで遠慮をするつもりはありませんよ。自分で選択して命懸けでここまで来たんですから」


 「ええ、それがいいでしょう。下手に加減したらライアはもちろん幹部やボスの評価も悪くなる。ボスは真面目に仕事をしない奴は嫌いですから」


 (ボス、本当に真面目なんだな……)


 「ところで、その雑用係というのはミルヴィアとライア以外にも居るんですか」


 「もちろん、他の雑用係も各々の担当している場所に居ますよ。悪の軍団は幹部達も含めて約75人、増えても減っても75人になるようにボスは人員の入れ替えを行っている。その数が一番軍団を回しやすいのだとボスは言ってましたね。しかし、状況次第では自動で動く怪人や機械の兵士を仲間に加えることもあるので、一応の75名と覚えていただければありがたいです」


 75人という数字に何か意味があるのか不明だが、戦闘して移動し居住もできる巨大な基地をたった75人で動かしていることに素直に驚愕してしまう。いくらか自動化されているだろうが、そこはやはり並大抵の科学力ではないからだろう。

 あの幹部達を抜いて、他にいくつか担当があるとしても、下っ端というのは組織のピラミッドの中でも大多数になるはずだ。75人の内、50人ぐらいだろうか。宇宙から集めてきた様々な人種の彼らはボスを信奉しているところをみると、悪の軍団のボスというのは伊達ではなさそうだ。

 

 「雑用係の私達は悪の軍団スーツを着るように決められていて、組織の一員としての自覚と団結力を高めるためだってボスは言ってました。もちろん、このスーツの実用的な面も知れば、ボスが本気で私達の事を考えてくれているのだと感じます」


 「ああ、僕もその衣装は凄くいいと思うよ。逆にそれを普段着にしたいぐらいだ」


 本気だったのだが冗談と受けたのか、ミルヴィアは口元に指を当てて笑った。


 「ヒイロは少しボスと似ているかもしれませんね。真っすぐでありながら、どこか遊び心を持っている」


 「まあ、遊び心だけでこの軍団に入ったようなものなので」


 それもまた冗談に捉えたのか、ミルヴィアは堪えきれないといった様子で笑った。

 会話のやり取りが終わる頃には、僕らの足は格納庫の方に向かっていた。




                     ※



 格納庫に到着すると、ライアは既に仕事に取り掛かっていた。

 イガルフの操縦していたマキナソルジャーの足元から伸びた配線をタブレット端末に繋げて難しい顔をして何か操作をしていた。


 「機体の整備をするんですか」


 格納庫の角にあったロッカーを漁っていたミルヴィアの背中に問いかけた。


 「期待しているところ悪いけど、その仕事はまだまだ任せられません。ヒイロが専門的な知識を頭に入力しているとはいえ、経験が不足している。まずは、外側からでもマキナソルジャーを知るべきです。ということで、はいこちらをどうぞ」


 ミルヴィアの差し出した物を見て僕は一瞬言葉を失った。だって、そうだろう、あまりに慣れ親しんだそれをこんな場所で目にするなんてあまりに空気が読めていないだろ。――それはモップとバケツだったのだから。

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