第二章 悪の軍団ヒュドロス
第4話 進化の分岐がチンパンジーだとして
目覚めは悪くはなかった。
意識を取り戻した僕の視界の中に最初に飛び込んできたのは見慣れない天井だった。ふと意識を手放していたということは、意識を失っていたという事実を少し遅れて理解した。
メタリックな金属質な色をした天井には大きな暖色系の円盤状のライトが部屋を照らしていた。
「ここは……」
身体の内側に流れる血液が全部砂や泥にでも変わってしまったかのように全身が重たい。
僕の体はどうなってしまったのだろうかと考えながら気配を感じて首を横にすれば白衣を着た小柄な人物がそこには居た。
「――起きたようだな、バナナ食べるかい?」
その声は落ち着いた女性の声、振り返ったあまりに小柄すぎた白衣の人物の姿に驚愕した。
目の前の白衣の人物の姿は全身毛むくじゃらで大きな二つの目をくりくりとさせた――チンパンジーだった。
「僕は、まだ夢の途中なのか……」
「現実よ、その様子だとまだバナナは食べれなさそう」
チンパンジーの白衣の下は何故か明るいピンク色のナース服を着ており女性の声で話しているので、性別は恐らくメス。それだけしか情報がなく、白衣にナース服のチンパンジーを前にして僕の頭はうまく状況を整理しきれずにいた。
オーバーな動作で肩をすくめたチンパンジーは胸元からペンライトを取り出すと、僕の両目に光を当てて歯茎がニィを見せた。
「経過は順調なのようだ、体は動く?」
「え……えーと……動かないです……」
「予定よりもずっと早く目覚めているのだから、仕方ないだろう。今は安静に休むことだ」
ペンライトを懐に戻して、そそくさとどこかへ行こうとするチンパンジーを呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待ってください。僕何も分からなくて、今どんな状況なんですか。それに、貴女は……」
「記憶に少し問題があるようだね。……分かった、この状況を説明しようと思う。自分でも思い出しながら聞いてくれ」
「は、はい……」
腰を浮かせていたチンパンジーは近くの椅子を引き寄せるとベッドの横に腰かけた。
「ここは悪の軍団の秘密基地だ。重傷を負ったお前は、私達の秘密基地に運び込まれたんだ」
頭の奥で光が放つように失われた記憶を思い出した。
そうだ、屋上からハニワ型ロボットを追いかけた僕は届くことなく瓦礫に激突したんだ。しかし、そこから先の記憶が綺麗に抜け落ちていた。
「どうやら、記憶を失う直前くらいまでは思い出したようだな。体の中も外もボロボロだった、あのまま放置していたら地球のどんな病院に連れて行っても助からなかっただろう。それに、あんな死体が辛うじて生にしがみついているような状態、治療もさせてもらえなかっただろうね」
「その瞬間の記憶は僕にもあります。僕に直撃した瓦礫は、僕の体を粉々にした……。あの時、僕は僕の体が裂けるのを感じた……そのはずなのに……」
視線だけ自分の首から下に向けた。
失ったはずだった肉体は五体満足でそこにあった。それとも、外見上は完治していても何か後遺症が残って体が動かないのか。
「私はボスからお前を生き返らせろ殺すなと命令された。だから私は、その命令に従ったまでだよ。この組織のドクター兼科学者のプライドにかけて、ボスの命令は絶対に遂行するつもりだったからね」
「僕が助かった経緯は何となく分かりました。……その、すいません、野暮と思われるかもしれませんが……どうして、そういう姿なのですか」
「そういう、とは? ……ああ、なるほど」
訝しそうにする僕の眼差しを辿ったことで疑問の理由にチンパンジーは気付いたようだ。
別に何か禁句に触れた様子もなく、チンパンジーはあっさりと真実を語る。
「この姿は、私のありのままの姿だよ。君はボスが招いた客人扱いだからありのままに教えるが、この悪の軍団は異星人達が集まってできた組織なんだよ」
「異星人! てことは、つまり貴女も?」
「その通り、私は地球外生命体ということになる。私はペッサラ、諸君らの住む地球とは別の進化体系で発展した星から来た」
「やっぱり、侵略に来たんですかっ」
「何でそこで元気がいいんだ。まずは、この組織のことについて説明する必要があるだろう。この悪の軍団に所属する者達はいずれも自分の星に居られなくなった者達が集まってできた組織だ」
「それと侵略とどういう関係が?」
質問に対してペッサラは鼻の穴を膨らませて笑った。
「簡単だ、自分の星ですらうまく生きていけなかった者達だぞ。他の星で生きていけるはずがない。だから私達は侵略して仲間が生きやすい星にするんだ」
横暴。だが、悪の軍団らしくて、非常に好感が持てた。そんな僕の内内心を分からなかったのだろう、付け足すようにペッサラは言った。
「一応、そちらの星には交渉の連絡をしたぞ。談話の結果の決裂だ」
「随分と平和的な悪の軍団ですね……」
「地球の半分を領土によこせと通信した」
「あ、そういう部分はちゃんと悪の軍団なんですね」
「我が悪の軍団のメンバーが例え一人でも地球に移住したいと言えば、私達は仲間の為に徹底して地球を侵略する。仲間にとっての悪が居れば、殲滅し仲間が住みやすい環境整備をする。結果として、これが侵略になる。悪の軍団となるのは、ボスの趣味だが」
「素敵な趣味をお持ちですね」
「皮肉か」
「いや至って真面目なのですが」
どこか遠くの方をペッサラは眺めながら、ため息交じりに呟いた。
「争いの始まりなんて、どれも勘違いみたいなものだろう。正直、地球の者達は好戦的過ぎる気もするが」
異星人からの耳に痛い言葉に、地球の人間の争いの歴史を思い出して深く溜め息を吐いてしまう。
「豊かな惑星を持つくせに、同族で争うことの愚かさにまだ気付かんのか、お前らは。くだらん争いさえなければ、今よりももっと進化した種族になれるというのに……」
「ぐうの音も出ませんです……はい……」
場の空気を変えるようにして、気だるそうな溜め息を吐いた。
「とにかく今は休むんだ、腕にチューブが繋がっているだろう。そこから栄養は補給されるから食事も必要もない。要を足したい時は、そのベッドが判断して洗浄してくれる。体が元通りに活動できるようになるまでは、ゆっくり休んでいてくれ」
喜んでいいものか羞恥心で悲しむものなのか複雑な心境で席を立つペッサラに声をかけた。
「僕は、これからどうなるんですか」
「最終的な処遇を決めるのは私じゃない。しかし、近い内に幹部達には挨拶することになると思うよ」
(挨拶?)
まだまだ訊ねたいこともあったが、これ以上喋り続けていては快復も遅くなるだろうと判断して口を閉じた。
静かになった僕を見て退室しようとするペッサラに僕は最後に言った。
「ペッサラさん」
「なんだ、まだ何か用があるのか」
「命を助けてくれて、ありがとうございます」
びっくりしたように黒い宝石のよう目をまばたきさせたペッサラは歯茎をみせて返事をした。
「礼を言われるのは久しぶりだ。……そうか、感謝の言葉はボスにも伝えるようにな」
懐からバナナを取り出したペッサラは踵を返すと横たわる僕の顔の横にバナナを置いた。
「バナナはいい、バナナには食物繊維やビタミン、ミネラルが豊富に入ってるんだ。……動けるようになったら食べな」
親愛の証なのだろうか。
その場からペッサラが去った後もしばらく僕は黒い斑点の混ざるバナナを眺め続けた。
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