第5話 悪の幹部メンバー紹介①

 身体が自由に動けるまでそう時間はかからなかった。

 二度ほど深い眠りをすると腕に繋がれたチューブは外れて口を使った栄養補給に変わった。嬉しい、よく知っている食事だ。宇宙での食事がSF映画のように液体だったり錠剤だったりしなくて良かったとこれだけは心底嬉しくなった。

 未知の果物や何かの肉を焼いた物に変わった。外見だけなら牛肉似のその肉を最初は訝しいと思ったが、一度は死んだはずの肉体を復活させた経緯を考えたらおかしな食品を出すことはないだろうと考えて口にした。

 最初はゴムのような食感に不快感を覚えることもあったが、慣れて来ると噛めば噛むほど味が出て来ることに気付き塩味のホルモンを食べているようだった。

 部屋に時計が無いのではっきりとは分からないが、目覚めてからおよそ三日ほど経過していた――。


 「おめでとう、君の肉体はほぼ完治した」


 さも当然な様子でペッサラは、先程まで僕の胸に押し当てていた聴診器を机に置きながら言った。


 「それは良かったです」


 「どうした、快復した割には気のない返事だが」


 指摘されるまでそんなつもりはなかったが、どうやら誤解させてしまったらしいので弁解をする。


 「正直、自分の体に異常があったという自覚もな感じないですし、ここ三日間は寝て食っての生活しか送っていなかったので現実感が全く湧かないんです」


 「馬鹿かお前は、この私こそがお前にとって現実感を与える存在だろ」


 そういえばそうだ、僕の記憶の中には喋って人間以上の治療を施せるチンパンジー似の種族は存在しない。

 悪の軍団の基地に僕が居て、その組織の一員から治療を受けている、これだけが僕にとって信じられる現実なのだ。


 「では、そろそろ他の者達との顔合わせに行こうか」


 「あ、はい」


 「素直でよろしい」


 「ところで……ここはどこなんですか?」


 説明するより見た方が早いとばかりにペッサラは部屋の扉の横のボタンを押すと自動で通路への扉がスライドした。

 好奇心の赴くままに先に部屋の外に出たペッサラの後に続いた。


 「ここは……」


 部屋の外に出ると四角い窓が視界に飛び込んでくる。ここを端的に言えば――雲の中だ。

 綿菓子を強烈な白で色付けしたような綿毛のような壁に囲まれた空間の中央に自分が居ることに気付き、ペッサラの存在すら忘れて窓の外に釘付けになった。周囲を見回してみるが、一面を覆う雲以外の物体はない。ただただ、四角い雲の箱の中に僕がいる建物が浮いているような状態だということは認識できた。


 「巨大な雲の中に私達の基地がある。……まあ人工的に作り出した雲ではあるがな」


 「こんな景色見たことありません……」


 「人為的なものなんて、すぐに見飽きるさ。この星は雲の中から見下ろせば、驚くぐらい神秘に満ちている。私達からしてみたら、君が過ごしていた地上の景色の方がずっと美しいよ」


 人間よりも細く長い指に背中を押されて、僕は促されるまま窓から離れて通路を歩き出した。



                 ※



 暗い通路を直進しいくつかの扉と通路を過ぎると、僕とペッサラの前には僕の身長の倍ぐらいの高さがある大きな扉の前で足を止めた。よほど大きなものが出入りするのか、横幅も軽自動車ぐらいは余裕で行き来できるほどの広さがあった。取手らしい取手はなく、扉の横の壁には20㎝程度の機械のパネルが設置されていた。

 疑問を挟む時間もないままペッサラはパネルに触れた。


 『認証完了しました』


 機械的な音声がパネルが響いた。


 「今のスピーカーの音声は分かったか?」


 質問の意図が理解できなかったが、扉のロックが解除されたのは分かったので頷いた。


 「そうか、なら実験は成功だ。さあ、行くんだ……この先に我が悪の軍団のボスと幹部達が待っているぞ」


 もちろん拒否権もなければ踵を返す理由もないので、促されるままに扉に近づけば自動で左右にスライドした。自動扉の発想は宇宙共通らしい。


        ※


 開いた扉の先は深い闇に包まれていたが、腹を括って歩き出す。

 二、三歩ほど前進するとセンサーが反応したのか天井と周囲の壁に紫色の灯りがぼんやりと点灯した。ふと足元に冷気を感じて視線を下げると何やらドライアイスを連想させるスモークが足元に漂っていた。この煙が何なのかはとても説明できないが、僕の神経や視覚に影響を与える特殊な仕組みのものだと推測される。


 次第に目が慣れてきた。扉のサイズから考えても想像通り部屋は広い。部屋全体が暗いので、はっきりとした部屋の全体像は分からない。ただ、まずは部屋の全体像よりも意識を向けなければいけないのは、部屋の奥中央の玉座に頭から十センチ程の角を左右に二本生やした褐色の男が椅子に座っていた。椅子の作りは肘掛けに蛇のような装飾に背もたれの背部には神話の悪魔を彷彿とさせる禍々しい翼が生えていた。この目立つ装飾から察するに、恐らく彼がこの悪の軍団のボスだろう。


 何故、彼がボスなのだと僕の中で断言できたか。それには、もう一つ理由がある。

 ボスの両脇を固めるようにして、左に三人、右に二人の計六人の人物が立っていた。六人とも身長がバラバラだったが体をすっぽりと覆うほどのローブを着ていたせいで詳細なことまでは分からなかったが、彼らがその幹部達だというのは間違いなさそうだ。信頼関係がなければ、ボスも傍らに彼らを置くことはあるまい。

 

 こっそりと深呼吸をして僕なりに挨拶をする為に片膝をついて頭を垂れた。


 「火彩柾気と申します、この度は私を助けていたきありがとうございます」


 「楽にしろ」


 はっとして顔を上げたが、すぐに視線を戻す。

 この声には聞き覚えがある、あの時、ハニワ型のロボットを操縦していた男だ。ただのあだ名じゃなくて、あの時ボスと呼ばれていた男は本当にボスだったんだ。

 楽にしろと言われてそうあっさり楽にする奴はそうは居ない、僕はその頭を垂れた姿勢のままで次の言葉を待った。


 「……地球を侵略しようとする我らに躊躇なく頭を垂れるか。地球人にしては、話の分かる奴だな」


 「お褒めに預かり光栄です」


 ちらりとボスの様子を確認してみたが、非常に満足そうに頷いていた。


 (外見は黒い長髪の若い青年て感じだけど、やはり悪の軍団のボスだけあって威厳があるじゃないか。地球で遭遇したあの気の抜けた空気は何か間違いだったんだろう)


 個人的にはこういう怪しい雰囲気はかなりツボで、次の瞬間にボスの機嫌を損なって消し炭になっても満足して死ねそうだった。そんな悪の軍団らしい空気を裂くように気だるそうな少女声が聞こえた。


 「――ボス、いつまで続けるんですか~?」


 立ちっぱなしが疲れたのか足踏みしながら小柄なローブの一人が言った。


 「ずっとだ」


 「はあ? ふざけないでくださいよ、ボスのおままごとに付き合うこっちの身にもなってくれませんかねぇ?」


 「こ、こら、せっかく新人が居るんだぞ。我はそもそも、こういう雰囲気がしたくて悪の軍団を名乗っているんだ。それなのに、お前達は我の目指す悪の軍団の雰囲気をことごとく粉砕する。地球の皮まで食べれると評判のバナナと引き換えに、ペッサラにもかなり協力してもらってるんだぞ」


 「またそうやって……ふわっとしているから、侵略した星でも子供に絡まれたりするんですよ?」


 「あ、おい! それは絶対に言わない約束だろ! 今日の夕飯から一品抜くからな!」


 「大丈夫です、ボスから一品頂くので」


 「我をいじめすぎじゃない!?」


 もしかして これが素なのだろうか。これが素じゃないのなら、この組織のボスはよほど役者だろう。

 いや待てよ、これはこういう新手のテストじゃないのか。

 とても悪の軍団のボスとその幹部の会話とは思えないやりとりに既視感を覚えながら、下げていた頭を上げた。


 「あー……」


 先程からボスと口論になっている少女と思われる小さいローブの幹部がボスを足蹴にしていた。

 輝きを失っていく僕の眼差しにようやくボスも気付いたようで、あ、と声を発した後に取り繕うとする。


 「はっはっはっ! 部下の不平不満を聞くのもボスの役目! こうやって息抜きをさせることにより、作戦を円滑に進めやすくするのだ! つまり、我の手の上で踊らされているようなものだなっ。めっちゃ舞い踊ってんのな、コイツら!」


 クールなボスが素だと勘違いしそうになったが、どうやらハニワ型ロボットの中で見た妙な話しやすさと人間臭さを持っていたボスが本当に素らしい。

 悪の軍団の正式な名称が無いのも衝撃的だったが、理想像と本来の人物像のギャップがありすぎて幻滅しそうになる寸前で気持ちを切り替えることにする。

 こういう時は良い部分だけを見つめることにしよう、何はどうあれ僕は念願の悪の軍団のボスと幹部達と対面することに成功したのだ。 ……今はそこだけを見ていよう。


 「あーもうやめだ、やめだ! こんなの我らしくない!」


 「自分でやっといて何言ってるんだか……」


 さっきの口論していた幹部の一人とは別の一人が小さく呟いたが、ボスの耳には届いていないようで、自分の顎を撫でながら値踏みするように僕の姿を上から下まで眺める。


 「少しばかり状況が変わってしまったが……尋ねよう――我ら悪の軍団に入る気はあるか?」


 ボスから感じる無言のプレッシャーを前に愚痴っていた幹部も先程まで騒いでいた幹部の少女も静かに返答を待っているようだった。

 喉元に突き刺さるような数人の品定めをするような無遠慮な視線を感じつつ生唾を一度だけ飲み込み、僕は頷いた。

 僕のリアクションに嬉しそうにボスは立ち上がる。


「うむ、脆弱な地球人の身でありながら命懸けで我らの組織に入ろうとしたその覚悟を聞き受けた! 我ら悪の軍団は、己が求めるまま、欲するままに絶対的な力で全てを支配する! 善悪で決めつけるな、善意も悪意も定義するのは我らだ! 我らは悪意としての最善、最悪の地獄の軍団である! ――歓迎しよう、お前は今日から我が組織の一人ヒイロとなる!」


 よく通る声でボスが僕を歓迎するように両手を広げた。この状況に僕のテンションは否応にも上がったまま恭しく頭を下げる。


 「はっ――ありがたきお言葉! 誠心誠意、貴方様のお役に立てるように頑張ります!」


 「うむ、期待しておる。……さて、では自己紹介と行こう」


 つい数秒前までの威圧的な雰囲気は置いといてという感じで、ボスは転入生を紹介する学校の担任教師のような口ぶりで周囲の幹部達に顎でしゃっくてみせた。

 最初にさっきまでボスのことを足蹴にしていた幹部が一歩前に出た。


 「ボス、邪魔だからこれ外すね」


 「おう、ノリで着けさせてるものだから好きにせえ」


 (ノリでこんな怪しい格好をさせていたのか……)


 ローブを邪魔そうに外すと最初は少年かと思うほど金色の短い髪型をした少女が立っていた。外見的な年齢では12、3歳ぐらいだろうか、最初は地球人かとも思ったが、自分の知っている人間とは違いファンタジー小説に出て来るエルフのように両耳は尖っていた。いや、特徴はそれだけではない、広い額の真ん中には二つの目とは別にもう一つ額を占領するほど大きな目が付いていた。


 「アタシの名前は、ファリネ。ペッサラがどこまで説明したか知らないけど、アタシも異星人よ。……あ、アタシの目をジロジロ見んなよ。地球人で言うなら、鎖骨を見られるようなものだかんなっ」


 「分かりました?」


 (鎖骨フェチじゃないので、いまいちピンとこない。誰だよ、地球人が鎖骨フェチだと間違った情報教えたの)


 「ちょっと、何で少し疑問形なのよ! そもそもね、アタシはあんたを認めたつもりは――」


 「――はいはい、このままだと話は進まないから、次」


 「て、こらああぁ――!」


 獰猛な野犬のようなファリネを手で制するボス。舐められてもそこはさすがにボスなのか、隣の二回り以上大柄な人物が前に出ると不満そうに二歩ほどファリネは後退した。


 「では、次は拙者の番か」


 (拙者?)


 ローブを外すと、直前にファリネを目にしていたせいか極端に大きく見える生き物が姿を現した。

 一見するとソイツは像だった。ただし、二本の円形の大きな足で立ち、両手は新たに進化した形だろうか、人間のように長い五本の指を持っていた。しかし、いずれも人間と比べるにしては三倍いや五倍以上は大きな体の一部ばかりだった。


 「拙者の名前は、悪の軍団幹部の一人ガシャド」


 大きな耳をピンと張り、鼻をぶおぉと鳴らしたガシャドはそれだけ言うと後退した。そして、そのまま目を閉じると起きているのか寝ているのか電池の切れた機械のように動きを止めた。

 ボスも少し驚いたようだが、ガシャドには珍しい事ではないらしく、うむ、と頷いてから次の一人に目配せをした。


 「おいおい! ガシャドの旦那は相変わらず物静かだな! まあそれが旦那の良いところだと評判だ! 俺の中での寡黙で良い奴な幹部ランキングのトップだな!」


 (そりゃこの人数なら上位に入るだろう)


 ほんの耳を澄まさないと聞こえないようなガシャドの声とは真逆の大音量のスピーカーのような声が響いた。

 静かな声の後に耳に入れるには鼓膜が痛くなるようなボリュームは、まるで深夜に突然スイッチの入った心臓をドキリとさせる声の大きさだった。

 ガシャドよりも一回りほど小さい巨体はさっさとローブを脱ぎ捨てた。――その下は、途中で角が折れてしまっている二本足で立つカブトムシだった。


 「新入りよりしくな! 俺はダイクレオス! 地元の惑星じゃ、少しは名の知れた傭兵だったんだぜ! ……お、どうした、その何か訊ねたいて顔をしてるな?」


 少年の心をくすぐられるシルエットでつぶらな瞳が僕を見下ろす。


 「……あの、角が……」


 質問の全文を全て口にする前にダイクレオスが言った。


 「おお、よく聞いてくれたな! ダイジェストに教える方と一から十まで教える方、どっちがいい!?」


 「他の先輩幹部の方々も待っているようなので……手短に」


 「はっ、せっかちだな! でも、嫌いじゃない! 俺の調べだが、仕事のできる奴はせっかちな奴が多いからな。実はな、このツノはガシャドの旦那にへし折られた!  どうだ、驚いたか!?」


 カブトムシ特有、いや、甲虫らしい手の爪の先で折れたツノの部分を指しながらダイクレオスは言った。


 「もともと、ガシャドの旦那はボスと一緒に旅をしていたんだ。傭兵の俺は賞金首のガシャドの旦那とボスを襲撃したら返り討ちにあっちまったのさ。傭兵は仕事に失敗すれば死ぬ運命……生きることを諦めた俺を救ってくれたのがボスだったて訳だ。爆破したり、人質とったり、不意打ちしようとした俺をボスは許して看病してくれたんだ! こんなありがてぇ話は他にあるのかいやないね! だから、俺はこのツノを治さないことに決めた。このツノは、俺とボスと旦那の絆なんだ。この折れたツノを見つめて、自分の弱さとあの日の誓いを思い出すようにしてんのさ」


 (壮絶な過去の前にダイクレオスの姑息な部分が気になるな……)


 だばだばぁと両目から号泣するダイクレオスは殺虫スプレーを掛けられた虫のように小刻みに震えて地味に気色悪かった。

 話の中心人物であるガシャドに目をやると、相変わらず静かなものだが、鼻の根元の10cm程の傷跡はまさかダイクレオスに付けられたものだろうか。

 二回、手を叩く音が響いた。


 「そこまでにしろ、ダイクレオス。お前の思い出話は長くなる」


 「おっと、すまねえなボス! さあ、次はどいつだ! 出てこいやっ!」

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