第3話 夢の始まりは命懸け

 巨大なハニワロボットは僕が考えていたよりもずっと遠くに居たようで、自転車で漕いで向かっても三十分以上はかかってしまった。

 まだ暴れていてくれるか不安だったが、ようやく出動したらしい自衛隊のヘリを細長い腕で追い掛け回していたところだった。


 『ふん! ふん! この! このお! ……誰か変わってくんない?』


 少しイメージと違うが、どうやらこのハニワロボットは複座型らしい。


 『はーいはい、分かりましたよー』


 男と同乗しているらしい女の声が響いた。

 まる聞こえの操縦席内のやり取りは絶対に改善した方がいいなと思った。

 もう既に避難しているのか、逃げる人達の姿は見当たらない。車やバイクはそこら中に乗り捨ててあるぐらい大慌てで逃げたのだろう。

 パッと見ても二十メートル以上はある巨大なロボットを前にして明確に破壊をしているのだから、こんな所で見学しているのは僕ぐらいか。

 途中、自衛隊が検問を敷いていたが急ごしらえの通行止めだけあって、地元民の僕からしたら穴だらけの封鎖に思えた。街中はそこら中に通り道はあるので、難なく自衛隊の封鎖は突破した。

 混乱の中で難なくハニワ型ロボットまで接近すると、近所のパチンコ屋の屋上駐車場まで自転車で駆けあがった。


 「おーい! こっちを見てくれぇー!」


 屋上に上がりながらハァハァとした荒い呼吸の間で呼びかけてみるものの、やはり上まで行かないと認識されるのは難しそうだ。

 操縦する人間が変わったのか、ハニワ型ロボットは無駄な動きを止めて、次に目の前にやってきたヘリを先程までのバタバタとした攻撃が嘘のように一撃で叩き落した。

 炎を纏うプロペラと共にヘリが視界の外れに落下していくのと同時に僕は屋上に到着した。


 「はぁはぁ……やっと、ここまで来た! おーい! こっちを見てくれー!」


 自転車を漕ぎ屋上の角まで近づいた。そして、自転車に跨ったままで大きく両手を振る。


 『うん……? おい、あそこを見てみろ』


 男の声が聞こえた。ハニワ型ロボットの目から発せられる赤いサーチライトが僕の視界を覆った。


 『何の用だ、小僧』


 (やった! 人生初の悪の親玉とのコミュニケーションだ。ていうか、日本語通じるんだな! ラッキー!)


 興奮しすぎて我を忘れそうになるが、これが最後のコミュニケーションにならないようしないと。


 「お忙しいところ、申し訳ございません! お初にお目にかかりますが、僕の名前は火彩征気(ひいろまさき)と申します! 単刀直入に申し上げます! ――どうか、僕を悪の軍団に入れてください!!!」


 『はあ?』


 心の底から意味が分からないといった男の声だ。


 『貴様は、我らがどんな存在か理解してそういう事を言っているのか。世界をぶっ壊して侵略征服して好きな世界に作り上げちゃおうぜガハハハハ、的な軍団なんだぞ。何なら、貴様の友人や家族もみんな死ぬかもしれんのだ』


 (悪役の割には、遠回しに諭してくれる?)


 即効でビームかなんか発射されて、消し炭になる覚悟までしてきたが、意外過ぎるぐらいに会話が成立している。


 「――いいえ、安心してください! 僕には身よりも無ければ友人らしい友人も恋人なんて影も形もありません! 正直、こんなヘイトの溜まる街なんてどうなっても知ったこっちゃありません!」


 『自分で言って悲しくならんのか……』


 どうしてだろう、見えないはずなのにハニワ型ロボットの中から同情的な眼差しを向けられている気がする。


 「ということで! 是非、仲間に入れてください!」


 『え~……』


 『ボス、もう無視しましょう。コイツ、絶対にヤバい奴です。サイコパス的なソレです』


 『あ、やっぱりそう思う?』


 ゴホンと咳ばらいをした男は言った。


 『聞こえていたかもしれないが、何かヤベェ感じがするので今回の話はなかったことにしてくれ。申し訳ございませんが、わが社とはご縁がありませんでした』


 「イヤです!」


 『何でそんなに元気なのかな』


 「逆に考えてみてください! 僕がヤベェ奴なら、ここで放置しておけば将来的にもっとヤベェ感じでボスの前に現れるかもしれませんよ! サイコパス風味の僕なら、今回の一件を根に持って後で何するか分かりませんよ!」


 熱意が伝わったのか、その場に静寂に包まれた。

 ぽつりとハニワ型ロボットの内部から女の声が漏れる。


 『……脅迫してる……。ボス、やっぱりヤベェ奴みたいなんで、無視するか始末しましょう』


 大変だ、操縦席の一人が極論を言い出した。熱意を込めたつもりが、相手に大きく誤解されてしまった。

 どうにかしてこの窮地を脱しなければ、そうだ僕の悪っぽさが足りないんだ。

 すぐさまポケットの中を探すと、何となく勇気が出るのとカツアゲ対策でいつも持ち歩いているカッターナイフが出て来る。刃を折るタイプの刃先を出すとさすがに危ないので、黄色のプラスチックでできたグリップの部分を僕はぺろぺろと舐めて、いかにも極悪な表情で言った。


 「ヒャハァー、俺のナイフで街中の人間を切り刻んでやるぜぇ! ヒャハァヒャハァ!」


 『すいません、ボス。こいつ、アホです』


 『サイコパス寄りの阿呆だな。……む?』


 ハニワ型ロボットの二つの目が、僕からさらに先の方に向いた。その先には、ぎゅるぎゅるとキャタピラ音を轟かせながら近づいてくる戦車が数台視界の中に飛び込んできた。


 『思ったよりも登場が早いな』


 『確か近くにこの星の軍隊の基地ありましたよね』


 『そういう情報伝達は大事にな。よし、帰還したら仲間達に報連相を徹底させるぞ』


 一戦交えるのかと思えば、ハニワ型ロボットの頭上にぽっかりと黒い穴のようなものが出現する。呆然と見ていると、ハニワ型ロボットから重力が消えて無重力空間のようにして宙に浮いた。


 『さらばだ、小僧。お前がまともなままで我らに征服される日がくることを祈っておるぞ』


 「あ……あぁ……そんな……!」


 どうやら、上空に出現した大穴が悪の軍団のアジトに繋がっているらしい。

 予感がした、このままここで彼らを逃したらもう二度と仲間に入れてもらうようなチャンスは来ない、と。

 幼い頃から憧れ続けた彼らが目の前にいるのだ。生きる世界が違う、僕には何の力もないからとここであっさり足を止めてしまったら、絶対に一生後悔する。


 「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……絶対に嫌だ! 何のために子供の時から変わらずに生きてきた! この為に、この瞬間をずっと待っていたんだろ!?」


 自転車の向きを方向転換させて、大急ぎで自分が居た場所から数十メートルほど先で停止した。そして、もう一度方向転換をして前輪の先をある位置に位置どうする。その方向ではハニワ型ロボットが暴れたお陰で屋上のフェンスの一画が崩れていた。囲いの消えたそこからは――ハニワ型のロボットが上空に向かっているところだった。


 「僕はやれる、僕はやれる、僕はやれる……僕は絶対に届く!」 


 気を失いそうなほど高所から跳ぼうというのに僕の精神状態はハイなままだ。呼吸を落ち着ける時間も惜しい、僕は全力でペダル漕いだ。

 ここで全力を出さなければ、今までの僕を否定することになる。歪んだ趣味が決して愚かじゃなかったと誇る為に僕が飛ぶんだ。例えこれで死んだとしても僕には後悔はない。


 「うおおおぉぉぉぉ――!!!」


 地面が崩れた場所から自転車を踏み台にカエルのように両手を広げて大きくジャンプをした。そうやって、屋上から僕は上空へダイブする形となった。

 ダメだ、前に出した手はロボットに掠りもしない。たった二、三メートルが僕には数百メートルに感じる。

 ただ落下していくだけかと覚悟を決めたが、まだチャンスタイムは終わっていないようだ。

 僕の肉体は今一度重力に逆らった。僅かに上空に出来た大穴が僕にも影響を与えたようで、ほんの少しだけ体が軽くなったことに気付き、両手足をぱたぱたと飛び方を練習する雛鳥のように必死にもがいて手を伸ばす。

 せめてロボットに触れてから死にたい、せめて悪の軍団に殺された一人の人間として終わりたい、でも叶うなら――僕は生きて、生き抜いて、悪の軍団として僕を――。


 「――ぁ」


 だが、そんな僕の願いも虚しく、バスケットボールサイズの瓦礫の一部が僕の体を直撃すると同時に意識を失った――。

  

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