第2話 歓喜の襲来

 僕の名前は火彩柾気ヒイロマサキ

 高校二年の春、僕は学校帰りにふらりと全国チェーンの大型書店に立ち寄った。しばらく物色し、最後に足は漫画コーナーに向かった。そこで平積みされた一冊の表紙のロボットのイラストが気になり手に取った。


 (駄目だ、絵はいいのにな)


 性癖に刺さらないというやつだった。

 表紙の中央に鋭い二つの目ロボットがビーム状の剣を振り上げている。他のロボットが出てくる作品と差別化を図ろうとしたのかよくあつ二本足ではなく、蜘蛛のように六本の足でその体を支えていた。個性的なデザインで気にはなったが、あらすじを目にしてすぐに平積みの上に戻した。


 (見た目が少しカッコいいと思っていたけど、コイツも正義のロボットか。……もうお腹いっぱいだよ)

 

 よくアニメ好きの友人にも誤解されるが、悪役が好きだからといって決してバッドエンドが好きな訳ではない。ただ、敗北する事が義務付けられている悪役側を倒した作品を見ても楽しくないだけだ。

 正義のロボット達は、積み重ねた悪の軍団の屍の上でよくあんなに笑えるものだと失笑してしまう。

 僕が正義の側なら、あんなことはしない。いいや、そもそも僕が正義の側じゃない方がいい。正義の美学は、どこか陳腐だ。

 それならいっその事、僕が悪の軍団を結成して――。


 ――ズウゥン。


 どこか遠くでビルが崩れるような音が聞こえた。いやいや、そんな訳はないだろう。ビルが崩れるような地震が起こるなら異変に気付かない訳が無い。どれだけ集中的な震源地なんだ。

 続いて断続的に低いズンという音が耳に届いた。

 ズン、ズン、ズン、とそれはさながら怪獣映画の足音のような、大型トラックを地面に叩き付けるような大きな音。

 音は次第に大きくなってくる、ふと、辺りを見回すと他の客達は窓の方に張り付いたり、慌ただしく書店の外に出て行こうとしている様子だった。


 やはり、何らかの災害か。それとも、大きな事故か。

 野次馬になるのは好まないが、尋常な雰囲気じゃない。瞬きもせずに、マネキン人形のように硬直して外を眺めている人も居る。ただ事ではない雰囲気に僕の窓の前に立った。


 『ハーハッハッハッ!!! 見たか、これが我が悪の軍団の科学力の賜物だぁ――!!!』


 「ぁ――?」


 息を吸うような吐息が漏れた。


 (今……何と言ったんだ……? あくの……え? いや、それより――)


 僕が心底驚いたのは、音質の悪いスピーカーから発せられたような野太い男の声だけではない。

 街の中、騒ぎの中心地では空に届きそうなほど高く伸びる土煙が上がり、覆い隠せないほど巨大なシルエットが見え隠れをしていた。


 そこには、巨大な怪物――いや、先程の声が人間の物なら有人式――巨大なロボットがいた。

 一見するとハニワ型の巨大ロボットだ。ハニワらしいくびれのない長い胴体には、やはりハニワのようにぽっかり空いた大きな口と赤く光る二つの目が輝いていた。両手足に指は無くミミズのように取って付けたように細長く、この細い手足でどうやって体を支えているのだろうと不思議に思うぐらいだ。


 「何アレ……」


 どこからか聞こえてきた声は畏怖の対象へのものではない、嘲笑混じりのストレートな感想だろう。

 子供の夏休みの宿題でハニワのような物を作り、その場の閃きで付け足したような手足を伸ばしたり縮めたりするその姿に嘲笑してしまうのも無理はない。


 「どうして……なんで……」


 窓から背を向けて、誰にも見えないように本屋の角に腰を下ろして顔に触れた。


 (何で、僕は泣いているんだ)


 両頬からは自分でも信じられないほどの涙が溢れていた。

 あのハニワのロボットを見ていると、心を鷲掴みにされて涙腺を酷く刺激される。


 (ロボット……そうだ、アレはロボットなんだ……)


 涙を制服の袖で拭い、僕はもう一度あのハニワのロボットに目を向ける。

 よほど大暴れしているのか土煙の中で、ダンスを踊るようにして手足がぐにゃぐにゃと揺れていた。


 あのどうしても正義のロボットには向いていない製作者の思考を疑うようなトんだ姿形、極めつけはあのハニワのロボットの操縦者が自分のことを悪の軍団と名乗ったのだ。

 ぞわぞわっとした、居るのだ、ここに、この世界に悪の軍団、悪の組織、明確な世界の対立組織が――。


 「やったあああぁぁぁ――!!!」


 あまりの世界の代わりように気でも触れたのかと思われたのか、奇声を発する僕を驚いたように目を向ける客達を無視して走り出した。

 制服のボタンを引きちぎるように脱ぎ、本屋の外に出るとすぐ近くのごみ箱に投げ捨てた。自転車のカゴに入っていた通学鞄もゴミ箱に突っ込んだ。

 ポケットの中には財布とスマホと食べかけのガム、それと、ひとまとめにした自宅と自転車の鍵、これだけ揃っていれば充分だ。どうせ、こんなところに未練はない。

 自宅の鍵に付けた戦隊モノの悪の首領のキーホルダーが僕の背中を押しているようだった。


 「待っていてください、悪の軍団! 必ずそこに行きますから!」


 自転車に跨ると大暴れをしてビルや建物を倒壊させている巨大ハニワの元まで漕ぐことにする。

 家族の心配? 倒壊する瓦礫の下に居る人々を助けに? それとも、意思疎通ができるかも定かではない悪の軍団とやらを説得に? ――馬鹿な、そんなものナンセンスだ。


 ――悪の軍団に入団させてもら為に僕の足は動いているんだ!

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