第三章 求婚をかわす者

11 来ちゃった♪.

 私服に着替え、料理を作っていた花乃は──


「って、ちょっと待て!なんで!?帰ってきてるかな、とは思ったけど、なんで着替えた上で料理までしてるの!?」

「買い物も済ませてきましたよ?どうせ慌てて帰ってくると思って。あるいはもう私がここに常駐する生活に慣れたのかも、とも予想していました」


 動揺を隠せない令に、淡々と告げる花乃。もちろん、この早業は超人的なエージェントだから為せる業であるが、いずれにせよ圧倒的な力量の差を窺わせるやり取りである。


「司道様が仰ろうとしていることなど──仰ろうとしていることはわかります。ですが、せっかくのお夕食が冷めてしまいますので、先にご飯にしましょう」

「……」


 全身で不満を表しながらも、令は食卓についた。


「あれ?今日のすごく美味いな」

「うま味調味料です」

「潰れかけのラーメン屋を救っただけはあるな」


 花乃の目がギロリと光る。


「あー!いやいやいや、普通がすごく美味しいになったってことだよ!」

「むぅ……」

「ぐっ、いつも美味しい……よ?」

「なぜ疑問形なのですか?」

「……」


 令はマインスイーパーのような夕食を食べることにした。


「ところで花乃さん」

「なんでしょう?」

「今何時?」


 まるでこれが何かの呪文であるかのように、花乃の時が止まる。

 ギコギコという効果音が聞こえそうな動きで、花乃は時計を見た。


 午後4時30分。

 司道家の夕食は基本的に6時だ。


「──っ」


 声なき叫びが聞こえた……気がした。



「んで、そろそろそれいいからさ、事情説明してくれない?」

「いえっ、生活を改善すると宣っておきながらこの失態、どうお詫び申し上げたらいいか……」

「明日から味の○を有効に活用してくれたらそれでいいから、ね?」

「……わかりました。○の素を多用するとお体に障りますので、料理が得意な者を手配いたします」


 そう言うと、花乃はいそいそと荷造りを始めようとする。


「えっと、花乃さん?じょ、冗談に決まってるでしょ?だから荷物まとめようとしないでくれ。花乃さんは有能な秘書だよ!」

「私なんて……私なんて、初日からお料理大失敗するし、あの日は司道様のお布団を占領してしまったし、独断で行動するし、お料理得意じゃないし……思えば全然秘書できてうあぁぁん!」


 自責スパイラルに押し潰された花乃を、令がなだめる。


「あぁほら泣かない泣かない。いつも僕が寝たあと、夜中まで仕事してくれてるだろ?今日の編入だって、何か意図があるんだよな?」


 しばらく後。


 見事に復活した花乃は、令に重大な報告をした。

 内容は、調査の結果学校内に厄介な人間が紛れており、令や『紅の冠』に仇為す存在である可能性がある、というものだ。

 重大過ぎて、令が早く言えと怒ったことは言うまでもない。


「──それで、自ら監視するために高校に潜り込んだ、ということか」

「司道様がきちんと学業に励んでらっしゃるかを監視するためでもあります」

「信頼がないな……」


 令の学生生活に秘書が加わった。

 しかし、それが波乱の予兆であることに、令はまだ気付かない。


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