7 予想外

 放課後。

 同じ班の生徒たちのあまりの手際と連携に若干引きながら掃除を終わらせた令は、可能な限り急いで自分の教室に戻った。

 ちなみに、掃除に要した時間は、実に5分強である。


「いや、ちょっと早すぎないか!?なんでこんな整っちゃってんの……。

 あの人たち、こいつらに一体どんな教育を施したんだ?」


 教室で宙と合流して、令たちは学校の最寄り駅の近くにある喫茶店に向かう。



「……つまり、星影は僕に惚れちゃったと」

「ええ」

「まぁた、しれっと……。嘘だろ」

「いえ、本当よ?」

「じゃあ、僕のどんなところに惚れたの?ねぇ言ってみてよ」


 あのとき放っていたオーラといい、この明らかにポーカーフェイスな態度といい、宙の説明には信憑性しんぴょうせいがなさすぎる。なので、令はあえて挑発をしてみることにした。

 ……のだが、これはウザい。今どきこんなチャラ男はどこにもいない。昔もいなかっただろうが。


「え、キモ、え」


 いきなりの豹変はもちろん、その言動の気色悪さに、思わず身体を守るようにして身を引く宙。

 誰であれこういう反応になるだろう。この言葉によって真意を探ることはできないだろうが、宙の精神を大いにかき乱すことができたので、令の勝利と言えよう。


「ほらね。やっぱり惚れてなんかいないじゃないか」


 突つくべきはそこじゃない。


「あー、星影ってそういう一面もあったのね」


 そこでもない。


「うるさいよ!」


「……私は別に何も言ってないのだけれど?」

「ご、ごほん!で?実際のところなんで、今になって、僕をロックオンしたのさ?」

「やだ、あなた自分が私から好意を向けられていると思っているの?自意識過剰?」


 宙がジト目で令を見る。学校では絶対に見せない表情だろう。


「いや、お前が言ったんだろ!?あーはいはいわかりました。僕は星影に惚れられたわけじゃないのねわかったよ!」

「あら、そうとは言っていないわよ?」

「めんどくさいな!じゃあどこに惚れたの?言ってみなさい」

「お金と権力」

「ど直球!」


 令はそのときになってやっと、彼女が『そちら側』の人間なのだと気づいた。

 そして、彼女は令の権力を狙っている。それは否定しようのない事実だった。


「(でも、星影はなんで僕が絶大な権力を握っていると知っている?朝のあれか?いや、あれだけじゃ不十分なはずだ。なら、つまり……)」


「星影の家ってさ、あの、『星影』?」

「そうよ。星影グループのあの、星影」


「え、うそ、星影グループって『ホシカゲフーズ』とかカフェ『シューティングスター』とか、『星影不動産』とか『スターソフトウェア』とか、とにかく手広くやってるあの星影だよな!?僕『セイクリッドナイトシリーズ』の大ファンなんだよね!星影があそこの大元の人だったなんて!もっと早く言ってくれればよかったのに!」


「緊張感!?……はぁ、こうなるから極力カミングアウトは避けていたのよ」

「なるほどね。たしかに、あんなに射程が広範囲にわたるグループの元締めの娘さんだって知られたら、みんながこんな反応するだろうからな」


「……で、もう僕の正体がわかってるんだろ?『紅の冠』の、家の金と権力を得るために、お前は何がしたいんだ?」


 令は努めて平静を装いつつ、平坦な口調で問うた。

 そして、次の瞬間に宙の瑞々しい唇の隙間から放たれた言葉が、物語の始まりを告げるブザーとなる。


「私を、あなたの嫁にしない?」

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