5 平和な朝
夜。洗い物が片付き、宿題を気合いで張り倒すと、その時間はやってくる。
『就寝』という、悪魔の時間が。
「(料理騒動で遅くなって、宿題も駆け足だったからなぁ。寝る場所とか着替えとか、まったく考えてなかった)」
畳に布団がひとつ。仕方なく着替えは互いにそっぽを向いてやったが、着替えるときにポケットから取り出した花乃の名刺(帰り道で渡された)が、余計に令を緊張へいざなった。
「じゅう、ろく……?」
16歳。名刺にはそう書かれていた。
誕生日が不明なので詳しくはわからないが、令のひとつ下、あるいは同学年である。
てっきり成人だと思っていた。が、しょげ方やこの低身長、スレンダーな肉体を見れば、確かに頷ける話ではあった。
「何じろじろ見てるんですか」
いつの間にか花乃を凝視していたようだ。
この目力は、令の目にはとても16のそれには見えなかった。恐いおなごだ。
布団はひとつ。
どうぞどうぞ合戦は熾烈を極めたが、結果的に花乃が布団、令はひざ掛けをかけて畳ということで話がまとまった。
◆ ◇ ◆
朝起きると、令は全身がバキバキになっていることに気がついた。畳で寝たからだろう。疲れもさして取れた気がしない。
令がよろよろと立ち上がると、先に起きていたらしい花乃がおろおろした。
「あぁ、司道様。やはり私が畳に寝るべきだった。上司を床に寝かせるなど、昨夜の私はどうかしていました……」
「いいや」
令は力強く言い切った。
「確かに僕は今めっちゃつらい。布団で寝たかった」
「なら」
「でも、よく考えてみてくれ。こと”組織”の活動について僕はからっきしだ。だから全力でサポートしてもらわないといけない。トップが能無しだからって理由で暗殺とかされたくないし。花乃さんには元気でいてもらわないと困るんだ」
「……司道様!かしこまりました。お布団で寝かせていただいた分まで、誠心誠意、全力でサポートいたします!」
花乃の瞳がこれ以上ないほど輝いている。
非常にちょろい。正直、令は組織についてなど微塵も考えていないし、花乃にがんばってほしいわけでもない。
ただ、花乃が引き下がってくれるであろう口上を並べただけである。
令は内心でカエルのようにジャンピング土下座を乱射していた。
「しかし、やはり私用の布団を購入すべきでしょう。これが続けば司道様の健康を害してしまいます。それでは本末転倒です」
――そういえば、そんな理由で我が家に押し入ってきたんだったか。
花乃用の布団は、令が学校に行っている間に自分で買ってくるそうだ。
◆ ◇ ◆
朝食は花乃が作った。きわめて一般的な出来である。
「つまらな──」
「はい?」
「いえ、なんでもないです」
昨日のようなハプニングを期待していたわけではないが、特に何があったわけでもない。
令が思わず口を滑らせると、花乃におっかない目で睨まれた。恐い部下だ。
――普通に料理ができるのか。
では、昨日はなぜあんな奇跡的な錬金術を披露していたのだろうか?
「(ハッ!まさか計算!?)」
……なわけがあるまい。
「そういえばさ」
久しぶりの暖かい朝食を噛みしめながら、令が問う。
「花乃さんは学校行かないの?」
言いながら、令は花乃の服装を見る。
黒いビジネススーツ。今日はズボンではなくスカートの日らしい。ただでさえ綺麗な脚を、これまた黒いタイツが引き立てている。
学生服には、見えない。
令が学校に行っている間に布団を買ってくると言っていたが……。
「義務教育は済ませていますよ。組織での活動のため、高校は断念しました」
「それは……まあ、おかげで僕らが出会えたと思えば……僕は嬉しいかな?」
「……」
「……」
ガツン。と痛々しい音を立てて、令はちゃぶ台の上で頭を下げた。
「ごめん。今のちょっと無神経だった」
「いえ、そこは全く気にしていません。慌てる司道様が可愛かったもので、黙って見つめてしまいました。」
「……」
「……」
朝っぱらからいちゃついてんじゃねえ。
微妙な空気のまま支度は進み、令は花乃に見送られて学校へと向かうのであった。
チャプター1 完
■キャラ紹介■
□
主人公。17歳の高2。成績は全体的に中の下とちょうどいい位置にいるため、恰好ないじめの的となっている。
世界を裏で牛耳っていた
□
16歳。現在学校には通っていない。頼りないこと間違いなしなニューヘッドのために、本来存在しない補佐役集団、『チーム令』を結成し、秘書のような役割を担っている、令の直属の部下筆頭。
□語り□
本来人格など必要ない。何かの手違いで魂が入ってしまい、たまによくわからないナレーションをする。
■ ■ ■
学校に着いた令は、そこで自分の持つ権力の大きさを知る。司道令の支配者生活が始まった。
続
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