4 始まる新生活
隣に女性がいるという緊張感に打ち勝ち、やっとのことでアパートに到着する。
そして、部屋の前にはスーツケースを傍らに置いた黒服の男が立っていた。かなり筋肉質だが、首から上は善人のそれで、これなら裏社会の人には見えないだろうな、と令は感心した。
裏社会の上層部の人間は、無駄な争いを防ぐため、街中では善人の仮面を被っているという。彼もそうかはわからない。しかし、仮にそうだとしても令には判別できないだろう。
その辺にいるお兄さんと何ら変わらないんだよなぁ。
お兄さんは令の顔を見るや否や、美しい動作で跪いた。
そして、令のことを見上げて、
「お初にお目にかかります、頭領殿。そんなガキの時分から頭領になれちゃうとかくっそ羨ましいですね、俺もそういう血筋に生まれたかったわぁ〜。
ご同居の件、大家様からは許可を得ております。『物を壊さないようなら大丈夫』とのことです。チッ、女と同居のオプション付きとか酒池肉林かよ」
と、途中、声を二転三転させながら言った。
話せば判る。令は確信した。
そんなことよりも、だ。令の耳には『女と同居』という言葉が聴こえた気がするが、気のせいではないだろう。
ちらり、と横目で花乃を見る。にこやかな笑みが返ってきた。
令も迂闊だったと言えるだろう。教室で話していたときから、花乃はそれを匂わせるようなことを言っていたのだ。
今夜から花乃と同居……令はその先を想像してみた。
「(確かこの人、健康がどうとか言ってたよな。食材買い込んでたり夕食が回鍋肉なあたり、食事には期待できる。
けどね!ウチは狭いぞ!そんな中に夜、男女二人きりって、あわわわわ)」
爆発した。ついでに本当に爆発しやがれ。
ともあれ、いつまでも入口であわあわしていてもどうにもならない。渋々ではあるが、令は二人を部屋に通すことにした。
「あ、俺は結構です。別の任務もありますしね。ぐへへ、見ものだぜ」
約一名、不気味な笑い声を漏らしながら退場したが。
おどおどしたリア充男とそよ風を感じるほど落ち着き払った女が部屋に入る。二人の同居の、記念すべき一秒目である。
令の頭の中でのみ、寝床、着替え、荷物や衣服の保管場所といった問題が渦巻いているが、花乃は着々と回鍋肉を作成する。
そういった問題は食後でもいいか、と思うことにして、令はひとまず肩の力を抜くことにした。……のだが。
「視線を感じる……」
花乃からのものではない、露骨すぎる視線を感じていた。
視線の主の見当はつく。だが、どこから見ているのかわからないから対処のしようがない。それに。
「ん?臭い……?」
何やら命の危機を感じる異臭が立ち込めてきた。
「うわ、あれだ。絶対あれだ」
令の視線の先には厨房で慌てふためくレディがいた。
「ちょっ、待てお前何入れた!?これ『IYAN COOK』だろ?調味料は整ってるのに、なんでこんなGがヤれそうな臭い紡ぎ出せるの!」
統領大激怒。一刻を争う事態なので、呼び方も口調も気にしない。
謎多き調味液から哀れな食材たちを救い出し、しゅんとしてしまった花乃を慰めながら、ありあわせの調味料で野菜炒めを作成し、事なきを得たのであった。
令は『作れないから作らない勢』ではなく、『面倒くさいから作らない勢』だったのだ。
「ほんと、大丈夫だから。あんな失敗、誰にでもあるから、ね?」
「でもさっき、ありえないみたいなこと……」
「あ、あれは!その場のノリで……その、ごめん」
そこはかとなくしょんぼりしている女の人と囲む食卓。
暗い。前途多難だ。
そんな中でも、どこからか注がれる好奇の視線は、途絶えることはなかった。
「あいつめ……」
覗きもいいけど、ご飯をしっかり食べよう。
続
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます